笑い方を忘れた令嬢

Blue

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休息

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 社交シーズンももうすぐ終わる。学生たちもあと数日すれば長期の休みに入り、王都が少しだけ静かになる季節がやって来ようとしていた。

「冷たくて気持ちいい」
アリアンナは、銀の竜の空の散歩に付き合っていた。勿論、ジルヴァーノが傍にいる。今は、王城から南東にある森の中。綺麗な泉が湧き出て出来た小さな池で、涼むために足を浸けていた。

銀の竜は、二人の傍で丸くなって寝ており、他のついて来た竜たちも、思い思いに過ごしている。

「ここは静かですね」
アリアンナの言葉に、一緒に泉に足を浸からせていたジルヴァーノが答える。
「そうですね。何度か上は通っていましたが、泉が湧いている事は知りませんでした」
「ふふ、ロワに感謝です」

お茶会や夜会に引っ張りだこだったアリアンナにとっては、久々にのんびり過ごせる時間だったのだ。

「あと少しでシーズンも終わります。そうなれば、もう少しゆっくり出来る時間も取れるでしょう」
アリアンナを気遣ってくれるジルヴァーノの言葉に、微笑みながら礼を言う。
「ありがとうございます。私よりもジルの方が大変でしょう」
竜騎士は訓練や空からの巡回、北の岩山の様子見もしている。国の端から端まで見回る事も多々あるのだ。飛ぶのは竜だが、操作する人間にも相当の体力が必要になる。
「当然の事ですから。別に大変だとは思いません」
表情を変えることなく言うジルヴァーノに、アリアンナが小さく溜息を吐いた。
「ユラ様が零してらっしゃいましたよ。全然、屋敷に戻って来ないって。せっかく領地からやって来ているのにつまらないって」

あれからアリアンナは、ジルヴァーノの屋敷にちょくちょく遊びに行っているのだ。
「私がお邪魔させて頂いている時は、いつも会えるのに。不思議ですね」
悪戯っぽい笑みを浮かべたアリアンナに、ジルヴァーノが少しだけ頬を染めた。
「それは……アンナ。あなたに少しでも多く会いたいと思うからです」
照れながらも、しっかりアリアンナの目を見て言ったジルヴァーノ。予想していなかった答えに、今度はアリアンナの頬が真っ赤に染まる。
「あ……そうですか……あの、その……嬉しいです」
吃りながら下を向いてしまうアリアンナに、ジルヴァーノが笑った。
「ふ、はは。可愛らしいですね、アンナ」
恥ずかしさで頬を覆っていたアリアンナの手を、ジルヴァーノが覆うようにそっと握った。真剣な表情になる。                                                                                                    
「初めてあなたを見た時から、お慕いしております。あなたがたくさんの男たちに囲まれているのを見たあの瞬間、私の心が全てあなたに向かって行ったのです。あなたを守るのは私でなければならないと、そう思ったのです」
銀の瞳はキラキラと輝きを放っていた。輝きに魅入られるように、アリアンナは彼の瞳に釘付けになる。
「願わくば、あなたの宝石のような青に映るのは、私だけであれと。そんな欲を胸に抱きながらあなたに接してきたのです。そんな私は嫌ですか?」
言葉と共に、キラキラしていた銀の瞳が不安そうに揺れた。

『どうしよう。顔だけじゃなくて全てが熱い』
そう感じながらも、アリアンナは銀の瞳から目が離せない。彼女の指が銀の瞳のすぐ傍を撫でた。
「私の方こそ、あなたの熱い手に包まれた時、とても安心感を覚えたのです。あなたなら私を守ってくれるって」
ジルヴァーノの手に触れた瞬間、彼の熱に包まれた瞬間。彼なら大丈夫だという不思議な確信を持ったのだ。

「アンナ……」
ジルヴァーノがアリアンナの手をそっと引く。二人は自然に抱き合う。アリアンナの銀の髪が夏気を帯びた風に揺れた。ジルヴァーノは彼女の銀の髪に手を通し、そのままスルリと一房を手に取りキスを落とす。

そしてそのまま……銀の竜を見た。銀の竜は丸くなったままスヤスヤ寝ている。

『今しかない』
ジルヴァーノはアリアンナの頬に手を置き、自身の顔を近付ける。アリアンナもゆっくりと青い瞳を瞑った。

もうあと僅か……という所で、フンと鼻息が二人の隙間を通り抜ける。
「やっぱり……」
すぐ横にある銀の鼻先を押しとどめながら、ジルヴァーノが呟いた。
「ふふ、ロワったら」
アリアンナはそんな光景を、楽しそうに笑いながら見ていた。
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