笑い方を忘れた令嬢

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義憤

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 溜め息を吐き出したジルヴァーノは、アリアンナに目を向けたまま声を発した。
「今日の私は、アリアンナ様の護衛の為に来ている。アリアンナ様から目を離すような事はしない」
それだけ言うと黙ってしまう。冷たく言い放ったにも関わらず、何故か令嬢方の心には響いたようだ。

「素敵……」
「アリアンナ様が羨ましいです。あのジルヴァーノ様を独り占め出来るなんて。一度でいいから私も護衛されてみたいわ」
「お席に座るのが無理ならそのままでいいですから、お話にだけでも参加してくださいませんか?」

ジルヴァーノは首を横に振るだけでもう何も言わない。
「それも無理なら相槌だけでもいいですわ。一緒にお話しましょうよ」
めげずに誘い続ける令嬢たちに、ジルヴァーノがイラついたのを感じたアリアンナは、慌てて間に入り彼女たちを懇請する。

「陛下から直接依頼されたお仕事ですので、どうか全うさせてあげてくださいませんか?」
アリアンナの発言に、ジルヴァーノの銀の瞳が一瞬だけ見開かれた。しかし反対に、令嬢たちの目は半目になる。

「そんな。私、ずっとジルヴァーノ様とお会いして、話したいと思っていたのです。でも話す事はおろか、お会いする事もほとんどなくて……こんな機会なんてもうないかもしれない」

「そうですわ。アリアンナ様はご存じないのかもしれませんが、ジルヴァーノ様は王太子殿下とお話するよりも難しい方だと有名なんです。どんなにお茶会にご招待しても受けてくださらないし、夜会にも滅多にお顔をお出しにならない方なんですのよ」

「そんな方を護衛などにして……ズルイです」
三人の令嬢に責められてしまう。それでもジルヴァーノが否としているものを覆したくはないと思ったアリアンナは、なんとか彼女たちを説得しようと口を開いた。

所が一足先に、言葉を発したのはビガーニ伯爵令嬢だった。ニヤリと下卑た笑みを見せる。
「いくら陛下から言われたからって、ここでは誰も見ていないのですから少しくらいいいじゃないですか。王女殿下だからってアリアンナ様ばかりズルいわ。それに……王女と言っても本物ではありませんでしたわよね。だって陛下の本当の娘ではないのだから」

思った事をすぐに口にしてしまうと言っても、これは完全にアウトだった。彼女の無駄によく通る声は広間中に聞こえてしまった。
広間中がピシリと凍ってしまったかのような空気になる。

「最悪だな」
そんな中、ジルヴァーノがぼそりと呟いた。彼の声はまるで凍って静まり返った広間に、追い打ちをかける吹雪のようだった。

誰もが微動だにせず、ジルヴァーノの動きに集中する。アリアンナでさえも、どうしたらいいのかわからずに、ジルヴァーノを見つめているしかなかったのだが、次の瞬間ジルヴァーノに手を取られた。

「アリアンナ様、もう出ましょう」
先程の吹雪のような声とは違う、ふわりと優しさを纏った声色でアリアンナの名を呼んだジルヴァーノは、取った手を軽く引き彼女を立たせる。そしてそのまま自然に、アリアンナの腰を抱いた。

「先程から黙って聞いていれば。伯爵令嬢如きがアリアンナ様を侮辱するとはな。例え陛下のお子でなくとも、アリアンナ様は王弟であったダヴィデ様のお子。しっかりと王族の血が流れているのを知らないとは言わせない」

低く響く声に、ビガーニ伯爵令嬢が顔色を変えた。他の令嬢たちも俯いてしまう。

「今日の事は陛下にも、王太子殿下にも話をさせていただくからそのつもりで」
「殿下に⁉︎何故⁉︎」
青い顔色になりながら、金切り声のような声を発する伯爵令嬢。そんな令嬢をジルヴァーノが睨む。

「何故だと?自分が殿下にどれだけ迷惑をかけてきたのか忘れたのか?付き纏いや他の令嬢方への嫌がらせ。ああ、既成事実を作り上げようともしていたな。そんな女のいる茶会だ。殿下がアリアンナ様を心配するのは当然。報告するのも当然だろう」
ジルヴァーノは淡々と、しかし雄弁に語るとアリアンナを連れて歩き出す。

そんな二人を追うように、伯爵夫人が慌てて駆け寄って来た。
「申し訳ございません。どうか、子どもの戯言と恩赦を頂けませんか?」
夫人の言葉に、ジルヴァーノの銀の瞳がギラリと光った。

「子ども?19の令嬢が子どもだと?冗談も大概にしろ」
そう言ったジルヴァーノは、アリアンナの腰を抱いていた手に力を込め、そのまま彼女を連れてさっさと伯爵家を後にした。
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