笑い方を忘れた令嬢

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日記3

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 12月24日
鞭で打たれた傷のせいで、私は熱を出してしまった。流石にマズイと思ったらしいお義母様はお医者様を呼んだ。

屋根裏部屋、しかも外鍵が付いている部屋ではよろしくないと、急遽部屋を移された。

「これは一体どういう事ですかな?」
初老のお医者様が、私の傷だらけの身体に声を荒げた。
「これはどう見ても、鞭打ちで出来た傷、しかもつい最近つけられた傷だ。ここから菌が入り感染症を起こしている。今夜一杯で熱が引かなければ命に関わる」

おぼろげな意識の中、お医者様の話を聞いた私は喜んでいた。このまま熱が下がらなければ、私はお父様とお母様の元に逝けるのだと……

どうかこのまま、逝ってしまえますように……


 12月25日
夢を見た。お父様とお母様が遠くから私を呼んで手を振っていた。私は嬉しくて二人の元へ一生懸命走った。でも距離は離れて行くばかり。
「お父様!お母様!」
どんなに泣いて叫んでも、二人は私に手を振っているだけだった。

それでもなんとか二人に追いつこうと、再び走り出そうとした私の肩を誰かが掴んだ。大きくて熱いくらいの手。その先を見ようと振り返ると、目を開けていられない程の光が溢れ出し、私の意識は遠のいた。

目を覚ますと、医者を呼ぶために連れて来られた部屋だった。生き長らえてしまったのだとすぐにわかった。

「ふっ」
自然と涙が流れる。死にたかったのに死ねなかった。お父様達に追いつくことが出来なかった。

お父様が亡くなった時以来の涙だったと、後で気が付いた。


 3月30日
今シーズンも、お義姉様の元には1枚も求婚の手紙が来ていない。片っ端から茶会やら夜会やらと行っているらしいのに、何故か求婚者は現れない。曲がりなりにも公爵家であるというのに。

侍女達の噂で理由を知る事が出来た。没落寸前の男爵家だった二人には貴族としてのマナーがまるでなかったらしい。目の色を変えて男漁りに来ている親子として有名になっていたそうだ。

そのせいで私の背中や足にはたくさんの傷が出来ていた。八つ当たりと言うやつだ。最近は、鞭で打たれてもなんとも思わくなった。どうやら感情が欠落してきているらしい。それが面白くないのか、お義姉様はヒールのかかとで私の腹を蹴った。それでも私の感情は動かない。

生き延びてしまってから、私は何も感じなくなってしまった。もう悲しいのかすらわからない。今、思う事はただ一つ。次に死ねる機会はいつだろう、という事だけだ。


 4月4日。
伯父様がドレスを持ってやって来た。
「アリアンナの誕生日まで半年を切った。このドレスは誕生日の時に着てもらうつもりで作ったんだ。少し早いけれど、待ちきれなくてね」
習慣のように私を抱きしめる。

「ああ、アリアンナ。あと半年だよ。半年経てば君は成人するんだよ。そうすれば心置きなく私の元に呼べる。君専用の屋敷ももうすぐ完成するからね」
その言葉に全身を悪寒が走った。

このままだと私は、成人した後に伯父様に飼われる事になる。薄々感づいていた予感が、いきなり現実として目の前に叩きつけられた。

恐ろしくてその晩は、寒くも無いのにガタガタと震えが止まらなかった。恐ろしいという感情だけが私に戻って来た日だった。


 4月27日
屋根裏部屋から一切の物がなくなった。私は死にたいという思いのみで、机や棚を使って天窓を登ろうとした。天窓から空へ飛ぼうと思ったのだ。

ところが、あと少しが届かなくて背伸びをしたら崩れ落ちてしまった。物凄い音で気付かれ、お義母様に鞭で叩かれ、部屋の中にある物という物を全て撤去された。残されたのはマットレスと毛布だけだった。

もう死ぬ方法すら消えてしまった。この地獄から私はどうやって逃げたらいいのだろう。


 5月20日
助けて。助けて。誰か助けて。


 6月1日
死にたいのに。死にたいのに……


 6月5日
お父様、お母様……
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