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王子は腹黒?
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「サーラ」
トンマーゾは何事もなかったかのように、普通に私の名を呼んだ。
「ここ数日、見かけなかったけれど。休んでいたのかい?」
逃げ出したい。そう思うけれど、身体が動かなかった。彼が私に向かって手を伸ばす。今にも私の肩に手が触れそうになった瞬間、彼の手首を掴んだ人がいた。
「トンマーゾ。いくら幼馴染みだからって、もう婚約者ではないのだから気軽にサーラに触れないでくれるかな?」
彼の手首を掴んだ殿下はもの凄いいい笑顔だった。
「え?」
トンマーゾがキョトンとした顔をする。
私も驚いて殿下を見上げてしまった。
「ふっ、王家の情報網を軽く見てもらっては困る。あ、言っておくけれどサーラからは何も聞いていないよ」
「え?トンマーゾ。サーラ嬢と婚約解消したのか?」
「本当に?サーラ嬢はフリー?僕にもチャンスが?」
「なんで言ってくれなかったんだよ。サーラ嬢、俺はバヤルディーネ侯爵のー」
トンマーゾと一緒にいた令息方の、予想外のざわめきにちょっと引いてしまった。
「ストッープ。サーラが怯えてしまう。それに私が絶賛アピール中なんだ」
私の肩を軽く抱いた殿下。
「ずるい!いくら王子だからって抜け駆けなんて。はっ!休み時間ごとにいなくなっていたのはサーラ嬢に会いに!?」
「ふっ、早い者勝ちだよ」
「うわぁ、出た。腹黒」
「殿下ってこの通り、腹が真っ黒の嫌な奴だから、やめた方がいいですよ。サーラ嬢」
「ちょっと、変な情報をサーラに吹き込まないでくれ」
「変な情報じゃないよな。正確な情報だ」
「うるさい!大体お前ら、いきなりサーラ嬢などと。名前で呼ぶんじゃない」
「殿下だって呼んでるじゃないか。そんな事で目くじら立てて、器が小さいぞ」
「なんだとぉ」
トンマーゾ以外の令息方と殿下との、会話のやり取りがおかしくて、硬直していた身体はいつの間にかほぐれ、気持ちも軽くなっていた。
「ふふ、ふふふ。皆様、おかしい。あはは」
殿下が絡むと、どうやら私はよく笑えるようだ。
「ヤベえ」
「可愛すぎか」
「可憐だぁ」
ポカーンとした表情の令息方を見て、尚も笑ってしまう私に釣られて殿下まで笑っていた。トンマーゾだけは、複雑そうな顔をしていた。
「はは、とにかく。トンマーゾはもう婚約者ではないのだから、気安くサーラに触れないように。幼馴染だから名前で呼ぶのは仕方ない。でも触れるのは絶対にダメだ。おまえは自分の彼女らしき令嬢にだけ触れていればいい。おまえ達も見張っていてくれ」
殿下がわざとなのか、周辺にいる人たちに知らしめるように大きな声で言った。
友人の令息方も心得たと、大いに意気込んでいた。
彼らと別れて教室へ向かう。中庭に行く時間はないが、焦るほどの時間ではなかったので、ゆっくりと歩いた。
「殿下。ありがとうございます」
「当然のことだよ。アイツの勝手で婚約を白紙に戻せと言ったくせに、アイツの勝手でそれを隠してくれなんて、都合が良すぎるだろ」
「殿下?どうしてそこまで知っているのですか?」
私はお母様にしか話していない。
「え?えーっと……」
口ごもる殿下。聞いてはいけない事だったのだろうか。
気のせいだろうか、殿下が少し悪い顔になった。
「実はね、これは内緒なのだけれど、学園のあちこちに王家の影が潜んでいるんだ」
「え?」
それは初耳だった。
「スプレンドーレ学園は王立だ。貴族専用の学園でもある。それに成人した翌年まで学園にいるだろ。情報の宝庫なんだよ。世の中の貴族全てが善ではないからね。善ではない大人たちというのは、皆狸になってしまう。だがここに通っている子供たちはまだ狸ではない。だからここでの情報は貴重なんだ」
確かに、貴族であるが故に金の亡者となって、悪い事に手を出す人たちはいる。そういう人たちは打算的で狡猾で、なかなか尻尾を出さないだろう。だからと言ってその子供たちまでそうだとは限らない。彼らはまだ世間慣れしていない分正直だ。ポロっと何かヒントになるような話をしてしまうこともあるかもしれない。
なるほどと感心していると、殿下の表情が更に悪くなった。
「ねえ、サーラ。今、君は城でも数人しか知らない情報を知ってしまったんだよ」
「え?」
「だって、影の事なんて父上と私と、あとは宰相殿と父上の側近、ああ君のお父上だね。それくらいしか知らない。きっと母上も知らないんじゃないかな」
さぁっと顔が青ざめた。
「ああ、でも大丈夫。私と結婚してしまえばいいんだよ」
「え?」
「だって、王家に嫁げば知っていても何の咎にもならないだろ?」
……笑顔が黒い。そういえば、先程誰かが腹黒と言っていた。本当の事だったようだ。私は眩暈を覚えた。
だが、悔しい事にそんな笑顔も素敵だと思ってしまう自分がいたのだった。
トンマーゾは何事もなかったかのように、普通に私の名を呼んだ。
「ここ数日、見かけなかったけれど。休んでいたのかい?」
逃げ出したい。そう思うけれど、身体が動かなかった。彼が私に向かって手を伸ばす。今にも私の肩に手が触れそうになった瞬間、彼の手首を掴んだ人がいた。
「トンマーゾ。いくら幼馴染みだからって、もう婚約者ではないのだから気軽にサーラに触れないでくれるかな?」
彼の手首を掴んだ殿下はもの凄いいい笑顔だった。
「え?」
トンマーゾがキョトンとした顔をする。
私も驚いて殿下を見上げてしまった。
「ふっ、王家の情報網を軽く見てもらっては困る。あ、言っておくけれどサーラからは何も聞いていないよ」
「え?トンマーゾ。サーラ嬢と婚約解消したのか?」
「本当に?サーラ嬢はフリー?僕にもチャンスが?」
「なんで言ってくれなかったんだよ。サーラ嬢、俺はバヤルディーネ侯爵のー」
トンマーゾと一緒にいた令息方の、予想外のざわめきにちょっと引いてしまった。
「ストッープ。サーラが怯えてしまう。それに私が絶賛アピール中なんだ」
私の肩を軽く抱いた殿下。
「ずるい!いくら王子だからって抜け駆けなんて。はっ!休み時間ごとにいなくなっていたのはサーラ嬢に会いに!?」
「ふっ、早い者勝ちだよ」
「うわぁ、出た。腹黒」
「殿下ってこの通り、腹が真っ黒の嫌な奴だから、やめた方がいいですよ。サーラ嬢」
「ちょっと、変な情報をサーラに吹き込まないでくれ」
「変な情報じゃないよな。正確な情報だ」
「うるさい!大体お前ら、いきなりサーラ嬢などと。名前で呼ぶんじゃない」
「殿下だって呼んでるじゃないか。そんな事で目くじら立てて、器が小さいぞ」
「なんだとぉ」
トンマーゾ以外の令息方と殿下との、会話のやり取りがおかしくて、硬直していた身体はいつの間にかほぐれ、気持ちも軽くなっていた。
「ふふ、ふふふ。皆様、おかしい。あはは」
殿下が絡むと、どうやら私はよく笑えるようだ。
「ヤベえ」
「可愛すぎか」
「可憐だぁ」
ポカーンとした表情の令息方を見て、尚も笑ってしまう私に釣られて殿下まで笑っていた。トンマーゾだけは、複雑そうな顔をしていた。
「はは、とにかく。トンマーゾはもう婚約者ではないのだから、気安くサーラに触れないように。幼馴染だから名前で呼ぶのは仕方ない。でも触れるのは絶対にダメだ。おまえは自分の彼女らしき令嬢にだけ触れていればいい。おまえ達も見張っていてくれ」
殿下がわざとなのか、周辺にいる人たちに知らしめるように大きな声で言った。
友人の令息方も心得たと、大いに意気込んでいた。
彼らと別れて教室へ向かう。中庭に行く時間はないが、焦るほどの時間ではなかったので、ゆっくりと歩いた。
「殿下。ありがとうございます」
「当然のことだよ。アイツの勝手で婚約を白紙に戻せと言ったくせに、アイツの勝手でそれを隠してくれなんて、都合が良すぎるだろ」
「殿下?どうしてそこまで知っているのですか?」
私はお母様にしか話していない。
「え?えーっと……」
口ごもる殿下。聞いてはいけない事だったのだろうか。
気のせいだろうか、殿下が少し悪い顔になった。
「実はね、これは内緒なのだけれど、学園のあちこちに王家の影が潜んでいるんだ」
「え?」
それは初耳だった。
「スプレンドーレ学園は王立だ。貴族専用の学園でもある。それに成人した翌年まで学園にいるだろ。情報の宝庫なんだよ。世の中の貴族全てが善ではないからね。善ではない大人たちというのは、皆狸になってしまう。だがここに通っている子供たちはまだ狸ではない。だからここでの情報は貴重なんだ」
確かに、貴族であるが故に金の亡者となって、悪い事に手を出す人たちはいる。そういう人たちは打算的で狡猾で、なかなか尻尾を出さないだろう。だからと言ってその子供たちまでそうだとは限らない。彼らはまだ世間慣れしていない分正直だ。ポロっと何かヒントになるような話をしてしまうこともあるかもしれない。
なるほどと感心していると、殿下の表情が更に悪くなった。
「ねえ、サーラ。今、君は城でも数人しか知らない情報を知ってしまったんだよ」
「え?」
「だって、影の事なんて父上と私と、あとは宰相殿と父上の側近、ああ君のお父上だね。それくらいしか知らない。きっと母上も知らないんじゃないかな」
さぁっと顔が青ざめた。
「ああ、でも大丈夫。私と結婚してしまえばいいんだよ」
「え?」
「だって、王家に嫁げば知っていても何の咎にもならないだろ?」
……笑顔が黒い。そういえば、先程誰かが腹黒と言っていた。本当の事だったようだ。私は眩暈を覚えた。
だが、悔しい事にそんな笑顔も素敵だと思ってしまう自分がいたのだった。
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