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辛い

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 何処をどうやって馬車乗り場まで戻ったのか……ふと気付くと自分の部屋に帰っていた。もう夕暮れを過ぎているらしい。部屋は暗かった。

「私……一体彼の何を見ていたんだろう」
トンマーゾの穏やかな所が好きだった。ちょっと不機嫌になったりするけれど、そんな所も可愛いと思っていた。私に会いに来てくれる度に、好きと言ってくれる表情が好きだった。

「もう、私の好きなトンマーゾはいなくなっちゃった」
どうしてだろう?涙が出ない。こんなに悲しいのに、苦しいのに。涙が一滴も出ない。

「お嬢様、どうしましたか?真っ暗なまま……お嬢様?」
私の傍まで来た侍女は、私に何かあったのだと察知したらしい。パタパタと部屋から出て行った。

「サーラ?入るわよ」
次に来たのはお母様だった。
「サーラ?何があったの?」
ベッドに腰掛け、隣に座っている私の頭を優しく撫でる。

「お母様。私、トンマーゾとは結婚しない事になったわ」
「え?」
「でもね、社交界デビューが終わるまでは婚約者のままでいて欲しいんですって」
「……トンマーゾがそう言ったの?」

「ええ。好きな方が出来たのですって。家格差があるからすぐには無理って」
「そう……あなたはそれでいいの?」
「私?わからないわ。悲しいのに涙が出ないの。苦しいのに吐き出す事が出来ないの……どうしてなのかしら?」

「そうね。頭ではわかっているけれど、心が追い付いていないのでしょうね。サーラ、泣きたくなったらいつでも泣いていいわよ。その時が来るまで待ちましょう」
抱きしめられた温もりが暖かくて、そのまま私は眠りについた。


 翌日から私は食事が出来なくなってしまった。匂いを嗅ぐだけで気持ち悪くなってしまう。このままではいけないとわかっているのに、身体が全くいう事を聞いてくれない。

学園を休んで数日。部屋でぼーっとしていると、侍女が私を呼びに来た。
「お嬢様、お客様がいらっしゃっていますよ」
「私に?」
咄嗟にトンマーゾが浮かんだ。彼には会いたくない!

「嫌、嫌よ。トンマーゾだったら私は会わないわ」
急に呼吸が出来なくなる。焦れば焦るほど呼吸が出来ない。侍女が慌てて扉を開け大声を出した。

「大変です!!お嬢様が、お嬢様が。誰か来て!お嬢様を助けて!!」
すると誰よりも早く到着した人がいた。その人が私を抱いて優しい声で謝った。
「ごめんね、応急処置だから」
視界がブレて誰だかわからない。優しい声のその人は、私の口を柔らかくて暖かい何かで塞いだ。何度かそれを繰り返され、気付けばちゃんと呼吸が出来るようになっていた。

ブレていた視界が次第にクリアになる。
「……で、んか?」
「うん、気分はどう?」
「だ、いじょ、ぶ」
「良かった。一日早いけど、誕生日おめでとう。明日になったらまた言うから、覚悟しておいて」

私を抱いていたのはアダルベルト殿下だった。彼の金色の瞳がキラキラと陽に当たって輝いている。その光を見た途端、何故か涙が溢れ出した。あんなに流れなかった涙が……
「辛かったね。泣いていいよ。私が全部受け止めてあげるから」
アダルベルト殿下にキュッと抱きしめられた私は、子どものように泣き崩れてしまった。

「ん……」
目が覚めると部屋は暗くて、窓には星が煌いていた。
「私……スッキリしてる」
目が開いていない感覚がするが、それはきっと泣き過ぎて目が腫れているのだろう。だけれど気分はいい。

「アダルベルト殿下のおかげ、なのかな」
ベッドから起き上がり、窓辺へと近づく。トンマーゾの事を考えると、やっぱり心は苦しいけれど、少し前までの辛さはない。
「お腹、空いたかも」

部屋の扉を開けると屋敷はまだ明るかった。それほど遅い時間ではないらしい。階下へ降りると居間の明かりが付いていた。

「姉様!」
私の存在に一番に気付いたのはエルコレだった。
「姉様、元気になったんだね」
私の腰にギュッと抱きついたエルコレの頭を撫でてやる。

「サーラ、良かった。起きたのね。気分はどう?」
お母様がくっついているエルコレごと私を抱きしめた。
「気分はとてもいいの。瞼が重いけれど」
「ふふふ、たくさん泣いたもの。おかげで辛い気持ちが全部流れ出たようね」

私の頭を撫でるお母様の優しさが再び私の涙腺を刺激した。
「あらあら」
そう言って笑ったお母様と、エルコレの二人に頭を撫でられてしまった。
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