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番外編

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 ルディとの婚約が決まって少し経ったある日、ディアナ姉様から子供たちに会いにおいでとお誘いを受けた。
フィエロ殿下も後から来るというので、執務室から近い中庭でお茶をする。

「アンジー」
ニコロとサーラが駆け寄ってきた。ニコロが私の胸に飛び込んでくる。遅れてサーラが。三人でぎゅうっと抱き合っていると、ディアナ姉様が笑いながらやって来た。

「ふふふ、相変わらず二人ともアンジーが大好きね」
「うん、だってアンジーは僕のお嫁さんになるんだもん」
「サーラも」
うーん、今日も可愛い。

「アンジー、あんぽんたんじゃない婚約者が出来たって本当?」
ニコロが首を傾げて聞いてくる。
「え?」
「サーラの侍女たちがいっぱいアンジーの事言ってたんだ。第二王子の婚約者候補だったくせに横からルドルフォ副団長かっさらっていったって。あんなアバズレに騙されるルドルフォ副団長もクズだって……アバズレってなあに?」

ああ、ディアナ姉様のこめかみがピクピクしている。
「ニコロ、そのお話をしていた侍女たちって誰かわかる?」
「うん。あそこの三人」
「ああ、なるほどね。わかったわ、ありがとうニコロ。さ、まずはお茶にしましょう」
「うん、アンジー、僕の隣に座ってね」
「サーラも」

ディアナ姉様が怖いので見ないようにしながら席に座る。
「これじゃ、アンジーと遠い」
「ふふ、じゃあこれでどう?」
ニコロのイスを私のイスにくっつけるようにした。
「わーい。ラブラブだね」
「うん、そうね。ラブラブね」
「サーラ、ここにおいで」
私の膝をポンポンと叩いて見せると、それはそれは嬉しそうによじ登ってきた。

「それにしても、あの三人は何回注意してもお口が緩くて困ってしまうわ」
「私は別に気にしてないわよ。かっさらったっていうのも嘘ではないし」
「ふふふ、そういう問題ではないのよ、アンジー。私の可愛い妹を悪く言っている時点でアウトなのに、それを子供たちがいる所で平気で口にする浅はかさ。もうダメね」

「何がもうダメなのかな?」
フィエロ殿下だ。ジル兄様とライ兄様、そしてルディがいた。
「あら、フィエロ。早かったのですね」
「なんてったって、部下が皆優秀だからねえ。で、何がダメなの?」
皆がそれぞれ席に着く。ルディは当然のように私の隣に座った。

「サーラの侍女の三人です。前々から注意してきたにも関わらず、お口にチャックが出来ないようで」
「あのね、僕が聞いたの」
そう言ってニコロが先程と同じ話を皆に聞かせる。

「それはもうアウトだねえ」
「私が切り捨てましょう」
ジル兄様のこめかみに青筋が立つ。
「ジル兄、落ち着いて。王子と王女の前だからね」

すると、私の隣からペキッと何かが折れたような音がした。
「ええええ?スプーンって折れるの?曲がるんじゃなくて折れちゃうの?」
ライ兄様が言う。今の今まで青筋を立てていたジル兄様までが窘めるように言う。
「少し落ち着いてください。あなたのせいで私の怒りが静まってしまいました」
「落ち着けだと?俺の事はなんと罵ろうが構わんが、アンジーの事を悪く言うのは許せん!」

「ありがとうございます、ルディ。私の事でそんなに怒ってくれて。でも私は全然気にしてないから大丈夫ですよ」
「しかし……」
「ふふ、大丈夫ですから、ね」

みるみる大人しくなる彼を見てフィエロ殿下とライ兄様が
「アンジーってさ、ジルの怒りをよく収めてくれるよね」
「それを言うなら父上もですよ。どんなに荒れ狂おうが大人しくなるんですよ」
「なにそれ?アンジーって猛獣使いなの?」
などと話している。

「そこのお二人、私の可愛いアンジーの事何か話してます?」
超笑顔のディアナ姉様が二人の前に立ちはだかる。
「そ、そんな。何も言ってないよ。アンジーは凄いなって話してるだけだよ」
「そ、そうだよ。だからディア姉、座ろう。座ってお茶しよう」

そんなやり取りをしている間、ニコロがずっとルディを見ていた事に気が付いた。
「どうかした?ニコロ」
「ねえ、あなたがルドルフォ副団長?」
「そうですが」
「アンジーの事ちゃんと好き?」
「はい、愛しております」
「ふーん。まあ、あんぽんたんよりはずっといいかな。仕方ないから僕がアンジーと結婚するまで貸してあげる」
「え?」
「僕がアンジーより大きくなったら結婚するんだ。だからそれまでならいいよ」
「あ、りがとうございます?」
「うん、いいよ。あなたなら強そうだし、カッコいいからアンジーに釣り合うしね」

言うだけ言って満足したのか、ニコロはお菓子をいくつか掴んで
「アンジー、あそこのマットの上で本読もう。今日は僕の好きな絵本だよ」
そう言ってイスから降りる。
「ふふ、そうね。じゃあサーラも一緒に行きましょうか?」
「うん、行く。抱っこ」
「ふふ、抱っこね」
サーラを抱っこして、ニコロと手を繋いで木陰に作られているマットへ向かった。


王子たちが去ったのを確認すると、今まで肩を震わせて堪えていた面々が解き放たれたように大笑いし出した。
「ククク、良かったじゃないかドルフ。ニコロの許可が下りたぞ」
「あははは、そうですよ。今まで誰も許されなかったんですから。大いに誇れますよ」
「ククク。流石、ドルフ殿」
「ちょっと、皆、笑い過ぎよ……ぷ、ふふふ」

「……喜んでもらえたようで」
俺が溜息交じりに言うと、いち早く平常に戻ったディアナ妃が言う。
「ごめんなさい、笑ってしまって。あまりにもあなたとニコロのやり取りが可笑しくて。でも本当に、ニコロがアンジー絡みで異性を褒めたのは初めてなのよ」
「そうそう。アンジーに近づくものには本当に容赦なかったからな。因みにルイージ団長もダメだった」

「はい?」
「冗談で俺はどうです?って団長がニコロに聞いたら、いかついオジサンはダメだって」
「はあ」
「ニコロの身長が早く伸びない事を祈るばかりですね……クク」
「笑うのを我慢しながら言うな」
「すみません……ぶはははは」
こうしてお茶会は、ライ兄が笑い過ぎて死にそうになるまで続いたのだった。

後日、あの三人の侍女はディアナ妃の怒りの書状と共に、実家へ帰されたらしい。
今は、ディアナ妃の侍女たちに負けず劣らずの、素晴らしい侍女が付いたそうだ。あの三人の娘は、ディアナ妃の怒りを買ったという話が貴族の間であっという間に広がり、以降、結婚相手を見つけることが困難になったのはいうまでもない。
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