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収穫祭

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 ニコニコ顔で私たちを見るスピナジーニ夫人。後ろではシシリー嬢もニコニコしている。
「していましたが、それが何か?」
答えたのはお父様だった。
「ふふ、テオドージオ様のような高位の貴族でも、お祭りに参加されるのですね?」
「高位の貴族だとか、そうでないとか。祭りに関係ないと思いますよ。王都の祭りは国民皆で楽しむものでしょう?」
穏やかな表情だけど目が笑ってないお父様の様子に、夫人は全く気が付いていない。
「うふふ、テオドージオ様のそういう所、とても好感が持てますわ」
なんて言っちゃってる。
「そうですか」
「あら?照れてしまったのかしら?」
答えるのが嫌になったのか、そっけない返事で終わらせたお父様にも動じる様子のない夫人。彼女の心臓は鋼で出来ているに違いない。更に夫人の話は続く。
「実は、私たちも行ってみたいと思っておりますの。ですから皆さんで一緒に行きません?女二人では危険なので是非、テオドージオ様とヴィート様に一緒に行ってもらいたいですわ」
「……わかりました」
そんな風に言われてしまったら、断る事など出来ない。確かに街には祭りの喧騒の中、隙を狙ってスリなんかも出没するからね。
「やったぁ。皆でお出掛けなんて初めて。楽しみ」
お父様の了承に、シシリー嬢も嬉しそうに言った。うん、これは簡単にスリに狙われそうだ。それどころが、誘拐されてどこかに売り飛ばされてしまうかもしれない。こうして仕方なく、スピナジーニ親子も交えて収穫祭へ行く事が決まった。


【義兄、義姉と共にやって来た収穫祭。街中にぎにぎしい様子に自然とシシリーの心も踊る。
「どうしてこの子も一緒に行かなくてはいけないの?」
最後まで一緒に祭りに行く事を反対していた義姉のミケーリアは街に入った途端、友人たちを見つけてそちらと行動を共にすると言って去って行った。
「私と回るのがそんなに嫌だったのかな」
ぼそりと呟いたシシリーの頭の上に、義兄ヴィートの手が置かれた。
「そんなに落ち込まないで。今日は私とデートを楽しもう」
ヴィートと楽しく歩いていると、何処かの店で時間限定の売り出しをすると大きな声で叫んでいた。聞きつけた人々が店の方へと一気になだれ込む。
「あ!」
人の波に呑まれヴィートとはぐれてしまう。
「どうしよう……」
こんな街の中で独りぼっちになってしまったシシリーは、急に不安になってしまった。
すると、後ろから彼女の名を呼ぶ声がした。
「シシリー嬢?」
咄嗟に振り返ると、アルノルド王子がこちらへやって来ている所だった。レンゾもいる。後ろにはミアノとパウリもいた。
「どうした?もしかして誰かとはぐれたのか?」
心配そうな表情で彼女を見つめる四人。
「実は、義兄とはぐれてしまって」
経緯を話すと、皆が揃ってヴィートを探してくれると言う。
「どうせなら楽しみながら探さない?」
レンゾの提案で、屋台で色々買ったりゲームをしたり、本当に楽しみながらヴィートを探した。すると向こうから慌てた様子で走って来たヴィートの姿があった。
「ああ、良かった。殿下たちに助けて頂いたんだね」
「お義兄様!」
嬉しくなったシシリーは、ヴィートに迷わず抱きついた。
「シシリー、本当に良かった」
ギュッと抱きしめられ、シシリーも抱きしめる腕に力を入れた。そして、そのままヴィートも交えて、シシリーは皆で祭りの続きを楽しむ事にした。】


 自室に戻った私は、本をパタリと閉じる。
「はあ、見事に侍らせるのね」
気の抜けた言葉に「そうですね」と素っ気なく返答するアネリ。私の寝室で肉の燻製を食べるのは止めて欲しい。匂いがこもっちゃうじゃないのよ。
『じゃあ、リアがそうなるの?』
クーまで燻製を食べている。
「いや、いや。ならないからね。そもそも私は迷子にならないし」
クーに返事を返すとアネリがキッパリ言う。
「私は同行致しません」
「わかってるってば」
お祭りの日は屋敷の者たちも、交代制で楽しむ事になっているのだ。
「アネリちゃん、あなたがいなくても私は迷子にならないよ」
この年齢で迷子になどなるはずがない。そう言うとアネリは、何かを思い出すように目線を上げる。
「左様ですか?あれは6歳の時でしたか……見事に人の波にさらわれて忽然と姿を消しましたよね」
「そんな昔と比べんな」
『大丈夫。リアが迷子になったら僕が助けてあげるから』
クーが胸を張る。金色の胸毛がふわふわしていて本当に可愛い。
「そうだよね。私にはクーと言う強い味方がいるもん。迷子になっても大丈夫」
クーを高く抱き上げて言うと、アネリが冷たく言い返した。

「やはり、迷子になると」
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