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加恵の救い2
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舶来品と見られる異色の装飾が施された壺、
からくり等の高級品がズラリと並ぶ部屋ーーー
増枝屋の一室に奉公人の柔弱な男が勢いよく足を
踏み入れた。
顔面蒼白で酷く狼狽えた様子で。
「壬生狼がご用改めに来よってはります。
店の周りを囲まれとりますが、どないします?」
額に冷や汗を浮かべる男、喜三太の声に部屋の奥から
よく通った声が返った。
「慌てることはないわ、喜三太。
何にも怪しいものは置いてはあらへんし。」
蔵山はにたりと笑みを浮かべて、喜三太に
「行ってこい。」と言った。
(ご用改めを拒めば後ろ暗いことがあると言うてるようなもんや。それにあそこが見つかるとは思えへんし。)
同じ頃、三番隊組長斎藤一は苦虫を噛み潰したような
面持ちで山崎からの報告を聞いていた。
「それは確かか。」
「ええ。入れる部屋という部屋は全部見たけれど
これというたもんは1つも見つかりまへんでしたわ。」
「くそ!」
斎藤は捨て台詞を吐いた後、店の柱に拳を叩きつけた。常とは異なるその様子に山崎らは呆気にとられた。
隊内において斎藤は無口・無表情・冷静沈着の印象で
通っていたので無理はない。
(らしくないな。)
人前でこれほど感情を露にしたのは何年ぶりだろう
かと斎藤は思った。
今日はどうも調子がおかしい。
斎藤は加恵を想うとその度に平静を失う自分に戸惑っていた。知らぬ間にすっかり加恵に惚れ込んでしまっていたようである。
(山崎さんにああ言ったが、俺はまだどこかで期待を
しているのかもしれん。)
未練がましいものだ、と斎藤は自身が酷く醜く見えて
ならなかった。勇んで出てきたものの、この哀れな様は
どうだ。
高ぶる感情の矛先を収める術が分からず、
苛々している斎藤に痩せぎすの男が声をかけてきた。
先程蔵山との取り次ぎ役として現れた店の奉公人で、
蔵山の返答を告げに戻ってきたようだ。
顔を上げると奉公人の男と目があった。
余程斎藤の切羽詰まった顔が恐ろしかったらしい。
男はびくりと肩を強ばらせて一歩後ずさった後、
おずおずと口を開いた。
「どうぞ中へ。蔵山はんがおまちかねです。」
斎藤は目を細めた。あまりにもあっさりと通された
ためである。
(何を企んでやがる。)
警戒心が胸に湧いたが表には出さずに、
店の周囲には配置せずに残しておいた隊士数人を伴い、
斎藤は男に着いて屋敷の中へと足を踏み入れた。
斎藤は邸内を歩く傍ら、ちらちらと各々の部屋へと
視線を走らせた。
調度品や置物の類いばかりで山崎さんの話した通り、
目ぼしいものは見つけることができなかった。
もっともあちら側も見られて不味い物を表に置いて
いないので堂々と中へ通したのだろう。
(しかし、何もないはずはない。)
新撰組副長の土方歳三は増枝屋が黒であることは
確実だ、と言い切ったのだ。
どこか目のつかない所に隠しているに違いない。
今新撰組の手元にある書簡に増枝屋の名前は書かれて
おらず、密売を裏付ける証拠を見つけられなければ
蔵山をしょっぴくことはできない。
絶対に証拠を見つけ出さなければならない。
こちらです、と男が告げた。
目の前には金箔があしらわれた豪華な襖。
「蔵山はん、お連れしました。」
「ご苦労さんやった、喜三太。
皆さんどうぞお出でやす。」
いかにも歓待、という空気が不気味だ。
斎藤は帯刀している太刀の鯉口に軽く手を添えた。
襖を開けた瞬間に襲われるというのも充分有り得る。
斎藤は空いた手で引き手に指をかけ、
後ろに控える隊士に一瞥を投げた後、
勢いよく襖を開け放った。
からくり等の高級品がズラリと並ぶ部屋ーーー
増枝屋の一室に奉公人の柔弱な男が勢いよく足を
踏み入れた。
顔面蒼白で酷く狼狽えた様子で。
「壬生狼がご用改めに来よってはります。
店の周りを囲まれとりますが、どないします?」
額に冷や汗を浮かべる男、喜三太の声に部屋の奥から
よく通った声が返った。
「慌てることはないわ、喜三太。
何にも怪しいものは置いてはあらへんし。」
蔵山はにたりと笑みを浮かべて、喜三太に
「行ってこい。」と言った。
(ご用改めを拒めば後ろ暗いことがあると言うてるようなもんや。それにあそこが見つかるとは思えへんし。)
同じ頃、三番隊組長斎藤一は苦虫を噛み潰したような
面持ちで山崎からの報告を聞いていた。
「それは確かか。」
「ええ。入れる部屋という部屋は全部見たけれど
これというたもんは1つも見つかりまへんでしたわ。」
「くそ!」
斎藤は捨て台詞を吐いた後、店の柱に拳を叩きつけた。常とは異なるその様子に山崎らは呆気にとられた。
隊内において斎藤は無口・無表情・冷静沈着の印象で
通っていたので無理はない。
(らしくないな。)
人前でこれほど感情を露にしたのは何年ぶりだろう
かと斎藤は思った。
今日はどうも調子がおかしい。
斎藤は加恵を想うとその度に平静を失う自分に戸惑っていた。知らぬ間にすっかり加恵に惚れ込んでしまっていたようである。
(山崎さんにああ言ったが、俺はまだどこかで期待を
しているのかもしれん。)
未練がましいものだ、と斎藤は自身が酷く醜く見えて
ならなかった。勇んで出てきたものの、この哀れな様は
どうだ。
高ぶる感情の矛先を収める術が分からず、
苛々している斎藤に痩せぎすの男が声をかけてきた。
先程蔵山との取り次ぎ役として現れた店の奉公人で、
蔵山の返答を告げに戻ってきたようだ。
顔を上げると奉公人の男と目があった。
余程斎藤の切羽詰まった顔が恐ろしかったらしい。
男はびくりと肩を強ばらせて一歩後ずさった後、
おずおずと口を開いた。
「どうぞ中へ。蔵山はんがおまちかねです。」
斎藤は目を細めた。あまりにもあっさりと通された
ためである。
(何を企んでやがる。)
警戒心が胸に湧いたが表には出さずに、
店の周囲には配置せずに残しておいた隊士数人を伴い、
斎藤は男に着いて屋敷の中へと足を踏み入れた。
斎藤は邸内を歩く傍ら、ちらちらと各々の部屋へと
視線を走らせた。
調度品や置物の類いばかりで山崎さんの話した通り、
目ぼしいものは見つけることができなかった。
もっともあちら側も見られて不味い物を表に置いて
いないので堂々と中へ通したのだろう。
(しかし、何もないはずはない。)
新撰組副長の土方歳三は増枝屋が黒であることは
確実だ、と言い切ったのだ。
どこか目のつかない所に隠しているに違いない。
今新撰組の手元にある書簡に増枝屋の名前は書かれて
おらず、密売を裏付ける証拠を見つけられなければ
蔵山をしょっぴくことはできない。
絶対に証拠を見つけ出さなければならない。
こちらです、と男が告げた。
目の前には金箔があしらわれた豪華な襖。
「蔵山はん、お連れしました。」
「ご苦労さんやった、喜三太。
皆さんどうぞお出でやす。」
いかにも歓待、という空気が不気味だ。
斎藤は帯刀している太刀の鯉口に軽く手を添えた。
襖を開けた瞬間に襲われるというのも充分有り得る。
斎藤は空いた手で引き手に指をかけ、
後ろに控える隊士に一瞥を投げた後、
勢いよく襖を開け放った。
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