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第4章 疱瘡の乱
5,重すぎる気持ち
しおりを挟むその日の夜――。
詩は店を早めに閉めてしまい、自室へ駆け戻って荷造りを始めた。
「何やってんだ? 詩」
祓戸が姿を現わし、詩の手元を覗き込む。
「何って、見ての通り出かける準備」
「こんな時間からどこ行くつもりだよ」
冬に差しかかるこの季節、閉店後の外はすっかり暗くなっている。
詩はバッグのファスナーを引き、祓戸の顔を見た。
「それはもちろん、疱瘡さんを探しに」
見つめると彼は思案顔になる。
「……本気か」
「本気だよ。僕がこういうことで冗談を言うと思う?」
「思わねえよ。けどあいつを探すってことは、少名毘古那のやつとぶつかることになる。下手すると消されるのは疱瘡の神だけじゃなくなるぞ?」
祓戸のそんな言葉に、詩はなんと答えていいのかわからなかった。
「怖いけど、何もせずにはいられないんだ」
彼を潰すという少名毘古那の言葉を聞きながら、疱瘡の神を見殺しにはできない。結果がどうなるにしてもだ。
「詩……」
祓戸の手が近づいてきて、詩の顎を引き上げる。
悲しげな瞳に見つめられた。
「はらえど……?」
戸惑っていると、そのまま唇が重なった。
「なんで……、今キスとかするの?」
また角度を変えて唇が合わさる。
「わかれよ。俺はお前を守る立場にある。本当なら縛り付けてでも止めるべきなんだ」
「だからキスするの……?」
祓戸はそれには直接答えなかった。
ただ唇が擦れ合う近さで言葉を続ける。
「けど、俺がお前を押し倒してるうちに疱瘡が消されたら、お前は俺を恨むだろうな。そんでお前の中であいつが永遠になるのはイヤだ」
(僕が疱瘡さんを忘れられなくなるのがイヤ?)
彼の揺れる瞳に映る感情は、悲しみでなく嫉妬の炎なのか。
「だから正直迷ってる」
「だったら」
詩は自分から彼の唇にキスをした。
大切な相手を、そんな気持ちにさせたくない。
「祓戸、一緒に疱瘡さんを探しに行こうよ。もしかしたら手助けを必要としているかもしれない」
「……ハ、手助け?」
祓戸は呆れたように長いため息をついてから、顔を歪めて笑った。
「お前、どこまでお人好しなんだ! あいつのせいで店が潰れそうなんだぞ?」
「今さらだよ。今回のことがある前から潰れかけてた」
「俺たちみたいな“疫病神”とつるんでるから商売にならないんだって!」
髪をぐりぐりとかき混ぜながら笑われる。
「それでもご縁は大切だよ。蕎麦屋やってたじいちゃんばあちゃんが言ってた」
「そういや、お前のじいさんばあさんも商売下手だったよな~……。まー、俺を祀るくらいだもんな」
「そっか、祓戸はずっとこの家にいるから知ってるのか」
祖父母の顔を思い出し、詩は少しほっとした気分になった。
祓戸は髪に触れながら続ける。
「それは当然。詩のことも赤ん坊の頃から知ってたよ。よく抱っこされて来てただろ? お前は昔から可愛かった」
「……え、そんなこと、今まで一度も言わなかったよね?」
驚いて聞き返すと、彼は詩の髪から手を離し、視線を逸らしてしまう。
「それは……俺にとっては今さらすぎる事実だし……こっちの気持ちが、あんまり重すぎるのもイヤだろうから」
「えーっと、祓戸……?」
気持ちが重すぎるとか、祓戸がそんなことを気にしていたなんて意外だった。
見つめていると……。
「やっぱ今夜は押し倒すか!」
「えっ!?」
ぱっと目を上げた彼に、今度は手首をつかまれる。
「だ、だ、だめだよ……今日は疱瘡さんを探しに出かける……!」
「今日じゃなかったらいいんだな?」
「…………。たぶん……」
「……! たぶんってなんだよー」
祓戸は拗ねた口調で言うけれど、顔は耳の辺りまで赤かった。
詩は思わず口元が緩みそうになるのをこらえる。
(祓戸って、意外に可愛い性格なんだなあ。どちらかというと、僕の方が押し倒したいかもしれない)
「……? なんだよ」
「なんでもない!」
それからふたりは疱瘡の神を探すため、店舗兼自宅の建物をあとにした。
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