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第3章 少名毘古那の神

9,花を咲かせる少年

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(このキスに深い意味はないんだよね?)

 少名毘古那から離れた詩は、小さく息をついて胸のドキドキを落ち着かせる。

「オニーサンこっちこっち。こっちに美味しいアイスクリームがあるんだよ」

 その少名毘古那はキラキラと瞳を輝かせ、詩を手招きしていた。

(もう、切り替え早いな……)

 どちらかというと気をつかう性格の詩は、自由すぎる彼が少しだけうらやましい。

「アイスクリーム、オニーサンは何味が好き?」
「うーん、チョコとかバニラとか……わりとなんでも食べるよ」
「ここはね、ストロベリーのが美味しいんだよ。手作りの味がして」
「そうなんだ」

 そんな話をしながら歩いていくと、すぐに目的の店に到着した。
 アイスクリーム屋かと思ったら軽食も出しているカフェである。

(落ち着いた雰囲気で、居心地がよさそうな店だな)

 そんなことを思いながら、詩は少名毘古那とアイスクリームのケースの前に並んだ。

「じゃあ、僕はおすすめのストロベリーにする」
「僕はミルクとブルーベリーとピスタチオと……」
「相変わらずいっぱいたべるんだね……?」

 ハンバーガー屋での彼を思い出す。
 しかし今回はアイスクリームだ。食べきる前に溶けてしまわないのか?
 詩が心配していると……。

「オニーサンにもわけてあげるね♪」

 少名毘古那はキラキラの笑顔で言ってきた。
 それからひとくち食べて、

「ん~っ、美味し! オネーサン、いっぱい商売繁盛させとくね」

(え、御利益の大盤振る舞い!?)

 詩にはその結果が想像できるけれど、オネーサンと呼ばれた店員は不思議そうな顔をしている。
 売り上げ計算の時に、腰を抜かさないといいけれど……。

「行こ、オニーサン。河原で食べよ♪」

 少名毘古那は両手にアイスクリームを抱えて店を出ていってしまう。

「ああっ、お会計……!」

 詩はあわててお金を払い、彼を追いかけた。

 *

 アイスクリームを食べながら少し歩くと、何分もかからずに多摩川の河川敷に出る。

「いいかぜ~♪」

 少名毘古那はスプーンを持った手で伸びをして、土手のコンクリートブロックの上に座った。

「いいお天気だね」

 詩も彼の隣に座る。土手に咲く花々が風でいっせいに揺れていた。

「なんの花だろう、小さい紫色がきれい」

 詩がつぶやくと、少名毘古那がアイスクリームのスプーンをくるくる回す。

「何してるの?」
「オニーサンにサービス♪」

  つぼみがポンポンッと弾けるようにして開いた。
 目の前の景色に、小さな紫色が次々と散りばめられる。

「すごい……!」
「えへへ、こんなの朝飯前だよ~」

 少名毘古那はくすぐったそうに笑っていた。

「昔は田んぼでこれやると、農家の子供たちがきゃっきゃと笑って喜んでくれたんだよ。今はこの辺じゃ、田んぼも畑もすっかりなくなっちゃったけどね」
「そうだったんだ」

 彼の横顔がどこか寂しそうに見えてドキッとする。

「けど、今は美味しいアイスクリームが食べられるし。遊んでいる人がいっぱいいるから悪くないな~」

 土手の下では、野球やサッカーをする子供たち、散歩やサイクリングをしている人たちが大勢見えた。

「豊かになったってことなのかな?」

 詩は河原の景色を眺めながら、思いをせる。
 他人事みたいに言っているけれど、少名毘古那は神として、人の暮らしを豊かにしてきたんだろう。そして生活は様変わりした。
 いいことも、悪いこともあったかもしれない。けど……。

「豊かさっていうのはものや娯楽があふれてることじゃなくて、好きな人と笑顔でいられることだと思うよ」

 少名毘古那がそんなことを言ってきて、詩はまたドキリとさせられてしまった。

「そうだね……!」

 こう見えて彼はすごい神さまだ。
 見つめていると、少名毘古那が顔を近づけてくる。

「……え、なに?」
「なんか、オニーサンにちゅーしたくなった」
「ダメだよ」

 条件反射みたいに拒否するものの、輝く瞳に見つめられ、耳の中が熱くなった。

「うそだ、キスしてほしそうな顔してる」
「してないよ」

 とはいえ自分の顔は見えないからわからない。

「祓戸とはちゅーとかするの?」
「えっ……」

 不意打ちの質問に、思わず何度もまばたきする。

「あれっ、そうなんだ? わかりやすい反応ありがとう。じゃー僕とはもっとすごいことしなきゃね」

 少名毘古那がニヤリと笑った。
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