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48,ラムレーズン

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「類さん、朝ですよ」
「うーん、帝さん……?」

 まぶしい朝日に目を開けられず、類は部屋へ来た彼の気配だけを探る。
 昨日も持ち帰り仕事で遅くなってしまった。PCでの書類作りにはまだ慣れない。

「はあ。朝から手のかかる……。社会人1年生で秘書付きなんて、きっとあなたくらいですよ?」

 やわらかな唇がこめかみに当たった。

「帝さん……」

 最近の帝は優しい。声も触れ方も前と違って、あたたかな感情がこもっているようだ。
 シャツのすそから潜ってきた彼の手が、類の胸の先をとらえた。
 けれども以前のように爪を立てられることはない。
 指先で優しくこねて、それでも類が起きずにいると、さらに舌での愛撫が加わった。

「やん、帝さん……それダメっ、感じちゃう……」
「だったらいい加減、起きたらどうですか?」

 今度は耳元にキス。

「それとも本当は、もっとしてほしいんですか? ほら、乳首立ってますよ。それにこっちも」

 乳首をこねているのと逆の手が、類の急所をやわやわと刺激し始めた。

「だめ……、そこ、おしっこ出ちゃう」
「もっと別のも出そうな気がしますが」

 尿道を甘い痛みがせり上がる。このまま腰を振って出してしまえば気持ちいいということは、当然類も知っていた。
 でも今ここで、そうするわけにはいかない。

「ごめ、ホントに……」

 体をひねって彼の手から逃れた。
 それから目を開けて顔を見ると、帝も熱っぽい瞳をしている。ふたりきりの空気がとても甘かった。この空気に一度流されてしまったら、お互いに歯止めが利かなくなってしまう気がした。
 それくらい自分たちの関係は不安定だ。

 けれども帝は息をつくと、さっと眼鏡を押し上げて自分を切り替える。

「やっと目が覚めたようですね。おはようございます、類さん」

 ベッド脇に立つ帝は、黒のスーツをびしっと着込んでいた。
 髪のセットも完璧だ。ペンギン型獣人特有の飾り羽根が、モノトーンのいでたちに鮮やかな色を添えている。

(相変わらずカッコいいなあ、帝さんは……)

 朝っぱらから性的ないたずらをしかけてきた人にはとても見えなかった。

(ぼくもシャキッとしないと!)

「トイレ行ってくる!」

 類もベッドを下りる。

「では私は車でお待ちしています」

 それはこれから着替える類への配慮だろう。帝は白手袋をはめ直し、小気味いい足音を響かせて寮の階段を下りていった。



 会議で企画が通ったアイスクリームは、開発部のキッチンで試作を繰り返し、詳細なレシピを決めていく。

「類、ちょっくら食べ比べしてくれよ」

 類が開発部の調理室をのぞくと、虎牙が何度目かの試作品を持ってきた。
 ステンレスのバットには、チョコレートでコーティングされたアイスバーが2本。見た目の違いは何もないように見えた。

「これは何が違うんですか?」
「チョコレートの純度が微妙に違う」

 そう言われると、確かにチョコレートの色の濃さが微妙に違うかもしれない。気のせいレベルで。

 類は冷気を放つ2本のアイスバーを持ち上げて、それをひとくちずつ慎重にかじった。

「……いや、ぼくの舌じゃ違いがわかんないですよ」
「だよなあ。俺にもわかんねーよ」
「ええ……?」

 それなら類にもわかるはずがなかった。
 虎牙が笑って続ける。

「でもうちの部の若いのは、それ食ってああだこうだと言ってたよ」
「大鳥さんですか? オウム型獣人の」

 類もそろそろ開発部員たちの名前と顔を覚えてきた。

「そうそう。あの種の鳥たちは恐ろしく味覚が敏感で」
「だったら大鳥さんにお任せでいいんじゃ?」

 類は一旦アイスバーを置く。

「消費者は鳥だけじゃないからさ。人間代表として、類の意見が聞きたかったわけ」
「ぼくが人間代表……」

 なんだか荷が重いけれど、社内にほかに人間はいないし、全国に向けて販売するならボリュームゾーンにいる人間の意見は大切だ。

「わかりました! しっかり食べ比べて意見をまとめるので、少し時間ください」
「ああ、頼んだ」

 類はコップの水で口をゆすぎ、深呼吸して再びアイスを口にした。

「ふふっ」

 真剣に食べる類を見て、虎牙が笑う。

「え、なんですか? 顔に何かついてます?」

 類は調理室にある流し台の鏡をのぞき込んだ。
 チョコレートでもついているのかと思ったが、何もついていない。

「悪い、おまえの顔見てたら、愛おしさがこみ上げて」
「ぼく、これでも真剣に仕事してるんですけど」
「知ってる。けど試食で眉間にしわ寄せるやつ、初めて見た」

 頭のてっぺんにキスが来た。
 鏡越しに見る虎牙の顔は、まだ少し笑っている。

「もう……」

 なんだか類は恥ずかしくなってしまった。

「おまえホントに可愛いな」
「虎牙さんがぼくのこと見過ぎなんだと思います……」
「赤くなった」
「あっ、赤くもなりますよ。そんなに見られたら……」

 胸に甘い想いが広がって、口の中に広がるチョコレートが、甘いんだか苦いんだかわからない。

「虎牙さんのせいで、味わかんなくなっちゃいました……」
「それは困ったな」

 人目を盗んでキスをする。
 好きな人とのキスは、チョコレートより甘いんだということがわかった。
 甘いため息がひとつ。

「これのキス味も作りましょう。一番甘いやつ」
「ナイスアイデアだな。そうだ、リキュールかラムレーズンを入れよう」
「どうして?」
「おまえとのキスはアルコール入りだ」

(それは酔っちゃうってこと?)

 鏡越しに見る虎牙の頬も、類と同じくらい赤かった。

 そんなこんなで、ようやく開発メンバーみんなが納得するレシピができあがり……。

「よし、次は工場での試作だな!」
「はい!」
「試作用にライン確保するよう頼んであるから、類はこのレシピを工場長に届けてくれ」

 虎牙に言われ、類はできたてほやほやのレシピを手に工場へと向かった。
 ところが……。

「ラムレーズンはダメだ。比重が違うから製品にばらつきが出る」

 ロビーでレシピを見た工場長は、はっきりと首を横に振った。

「でも、虎牙さんは大丈夫だって……」
「開発じゃ機材のことはわからないだろう。俺がダメだと言ったらダメなんだ」

 レシピを胸に突き返される。

「待ってください、何かやり方があるはずです! 少しくらい試してみてくれても!」
「試作のラインは一旦バラシだな。通常商品に切り替えよう」

 追いすがる類を無視し、工場長は部下に指示を飛ばした。

(そんな……ぼくはどうしたら……)

 開発は順調だと思っていたのに、こんなふうに簡単に行き止まりにぶつかってしまうなんて……。
 レシピを開発部に持ち帰ろうかとも思ったけれど、調整に調整を重ねたものをイチからやり直すなんて、簡単には言えない気がした。
 それに、今あるこのレシピは完璧だ。できることならこれで挑戦したい。
 様々な思いが渦巻く。

 そして類は工場のロビーでひとり、身動き取れなくなっていた。
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