44 / 63
42,歯型
しおりを挟む
どこかでドアのブザーが鳴っている。
まただ。
(ん~……)
「類さん? まだ寝てるんですか? 朝ですよ!」
(帝さんの声だ……。ってことは、この部屋の?)
「いないんですか? 開けますよ?」
玄関の鍵が開く硬い金属音がした。帝は寮のマスターキーを持っている。
(起きなきゃ……!)
「類さん」
目を開けると、ちょうど帝が部屋へ入ってきたところだった。
「ん……。帝さん、おはよ……」
類はベッドの上で重い体を引き起こす。
帝の目が類のいるベッドを捉え、そして眼鏡の奥の瞳が見開かれた。
「…………!? これはどういうことですか?」
彼の顔には明らかな動揺の色が浮かんでいた。
「え……何が?」
部屋を散らかしすぎただろうか。そう思って、類も身を起こしつつ周囲を見回す。すると……。
「……のわっ!? 冬夜!?」
「んー、類っち……おはよ……」
同じベッドで冬夜が大きく伸びをする。
冬夜も類自身も、一糸まとわぬ姿だった。
(そうだ! 昨日冬夜とアイスパーティして、それからいろいろあって寝落ちして……)
“いろいろ”はつまり性行為的な何かと、一緒にシャワーを浴びたことなのだが……。
あのあと解散すればよかったものの、アイスの効果が抜けきらない類はそのまま寝落ちしてしまったのだ。
(うわあぁ……これはマズすぎる……)
よりにもよって、帝に現場を押さえられてしまうなんて。
「ゴホン!」
彼が咳払いした。
類は反射的に背筋を伸ばし、恐る恐る帝を見る。空気が重い……。
言い訳が思いつかない類より先に、声をあげたのは冬夜だった。
「あー……帝サン、おはようございます……。じゃあ、オイラはこの辺で。類っちまたなー!」
彼は文字通り、尻尾を丸めて逃げるらしい。その辺に散らばっていた衣類を適当に丸め、全裸の前を隠しながら帝の脇をすり抜ける。
「犬束さん」
「ひっ!」
「逃げても無駄です。あとで事情聴取にうかがいます」
「はひ!」
帝ににらまれ、冬夜は小走りに逃げていった。
残された類はベッドの上に正座し、仁王立ちの帝と対峙する。
「さて、類さん」
「は、はい……」
「説明していただきましょうか」
「……何から説明すればいいのやら……」
「最近は精力的にお仕事されていたようなので、私もつい、安心してしまいましたが……」
帝の手が伸びてきて、類の耳たぶをひねり上げた。
「いたい! いたい! いたい!」
「どうしようもない人ですね! 虎牙部長だけでは飽き足らず、あんな若いツバメにまで手を出すなんて」
「え、ツバメっていうか犬……?」
類は思わず余計な口を挟んでしまう。けど“若いツバメ”というのは年下の愛人を表わす言葉だっただろうか。
「はあっ!? 何か言いましたか!?」
「い、いいえ!!」
案の定、火に油を注ぐ結果になってしまった。
「関係を持ったことは認めるんですね?」
「ええっ……?」
今度は正面から顔をのぞき込まれ、類は息を呑みながらも考え込む。
「そうじゃなくて、昨日ぼくが獣人用のアイス食べ過ぎたせいでフワフワしちゃって……。冬夜とはその、緊急避難的なアレで……だからお互い下心があったわけじゃなくて……」
「なるほど……」
帝の視線がテーブルの上にあるアイスの残骸に向けられた。
けれどもその視線はすぐに類の方へ戻ってくる。
「つまり、結論としては関係を持ったということですね?」
「えーっと、んんっ? そうなっちゃう?」
はて“関係”とは、セックスの定義とはどんなだっただろうか。
斜め上に視線を泳がせる類に、帝が渋い顔で言った。
「では聞き方を変えましょう。一方または両方が相手の性器に触れましたか」
そういう聞き方をされればばっちり“黒”だった。
「触れ……ました……はい……」
類はまた小さくなって下を向いた。
帝がこれ見よがしなため息をつく。
「アイスは当分禁止しましょう」
「は……!? でもぼく、アイスクリームメーカーで働いてるんだよ?」
類としては青天の霹靂だった。
「社内公募のアイデアの選定もあるし、そのあとは商品化に向けた試作も始めなきゃならない」
「………………」
帝はもの言いたげな目で見つめる。
「そうじゃなくてもぼく、アイスのこと知らなすぎたから。今はいろいろ食べてみて、知識でちゃんとみんなに追いつきたいし。とにかく勉強したいんだ! だから、困る」
「アナタにそんな気持ちがあったんですね」
「え……」
ドキリとした。確かに、少し前の類なら考えられないことだった。こんなにアイスに一生懸命になるなんて……。
「……ぼく……ぼくは……」
戸惑う類を見つめながら、帝がそっと手を引き寄せた。
引き上げられた手の甲に、唇が押しつけられる。
「類さん……」
「帝さん……?」
「お気持ちはわかりました。ですが……」
キッと上目遣いににらまれる。
「アイスは駄目です!」
「ひぁんっ!?」
小指に、指輪みたいな歯型をつけられてしまった。
まただ。
(ん~……)
「類さん? まだ寝てるんですか? 朝ですよ!」
(帝さんの声だ……。ってことは、この部屋の?)
「いないんですか? 開けますよ?」
玄関の鍵が開く硬い金属音がした。帝は寮のマスターキーを持っている。
(起きなきゃ……!)
「類さん」
目を開けると、ちょうど帝が部屋へ入ってきたところだった。
「ん……。帝さん、おはよ……」
類はベッドの上で重い体を引き起こす。
帝の目が類のいるベッドを捉え、そして眼鏡の奥の瞳が見開かれた。
「…………!? これはどういうことですか?」
彼の顔には明らかな動揺の色が浮かんでいた。
「え……何が?」
部屋を散らかしすぎただろうか。そう思って、類も身を起こしつつ周囲を見回す。すると……。
「……のわっ!? 冬夜!?」
「んー、類っち……おはよ……」
同じベッドで冬夜が大きく伸びをする。
冬夜も類自身も、一糸まとわぬ姿だった。
(そうだ! 昨日冬夜とアイスパーティして、それからいろいろあって寝落ちして……)
“いろいろ”はつまり性行為的な何かと、一緒にシャワーを浴びたことなのだが……。
あのあと解散すればよかったものの、アイスの効果が抜けきらない類はそのまま寝落ちしてしまったのだ。
(うわあぁ……これはマズすぎる……)
よりにもよって、帝に現場を押さえられてしまうなんて。
「ゴホン!」
彼が咳払いした。
類は反射的に背筋を伸ばし、恐る恐る帝を見る。空気が重い……。
言い訳が思いつかない類より先に、声をあげたのは冬夜だった。
「あー……帝サン、おはようございます……。じゃあ、オイラはこの辺で。類っちまたなー!」
彼は文字通り、尻尾を丸めて逃げるらしい。その辺に散らばっていた衣類を適当に丸め、全裸の前を隠しながら帝の脇をすり抜ける。
「犬束さん」
「ひっ!」
「逃げても無駄です。あとで事情聴取にうかがいます」
「はひ!」
帝ににらまれ、冬夜は小走りに逃げていった。
残された類はベッドの上に正座し、仁王立ちの帝と対峙する。
「さて、類さん」
「は、はい……」
「説明していただきましょうか」
「……何から説明すればいいのやら……」
「最近は精力的にお仕事されていたようなので、私もつい、安心してしまいましたが……」
帝の手が伸びてきて、類の耳たぶをひねり上げた。
「いたい! いたい! いたい!」
「どうしようもない人ですね! 虎牙部長だけでは飽き足らず、あんな若いツバメにまで手を出すなんて」
「え、ツバメっていうか犬……?」
類は思わず余計な口を挟んでしまう。けど“若いツバメ”というのは年下の愛人を表わす言葉だっただろうか。
「はあっ!? 何か言いましたか!?」
「い、いいえ!!」
案の定、火に油を注ぐ結果になってしまった。
「関係を持ったことは認めるんですね?」
「ええっ……?」
今度は正面から顔をのぞき込まれ、類は息を呑みながらも考え込む。
「そうじゃなくて、昨日ぼくが獣人用のアイス食べ過ぎたせいでフワフワしちゃって……。冬夜とはその、緊急避難的なアレで……だからお互い下心があったわけじゃなくて……」
「なるほど……」
帝の視線がテーブルの上にあるアイスの残骸に向けられた。
けれどもその視線はすぐに類の方へ戻ってくる。
「つまり、結論としては関係を持ったということですね?」
「えーっと、んんっ? そうなっちゃう?」
はて“関係”とは、セックスの定義とはどんなだっただろうか。
斜め上に視線を泳がせる類に、帝が渋い顔で言った。
「では聞き方を変えましょう。一方または両方が相手の性器に触れましたか」
そういう聞き方をされればばっちり“黒”だった。
「触れ……ました……はい……」
類はまた小さくなって下を向いた。
帝がこれ見よがしなため息をつく。
「アイスは当分禁止しましょう」
「は……!? でもぼく、アイスクリームメーカーで働いてるんだよ?」
類としては青天の霹靂だった。
「社内公募のアイデアの選定もあるし、そのあとは商品化に向けた試作も始めなきゃならない」
「………………」
帝はもの言いたげな目で見つめる。
「そうじゃなくてもぼく、アイスのこと知らなすぎたから。今はいろいろ食べてみて、知識でちゃんとみんなに追いつきたいし。とにかく勉強したいんだ! だから、困る」
「アナタにそんな気持ちがあったんですね」
「え……」
ドキリとした。確かに、少し前の類なら考えられないことだった。こんなにアイスに一生懸命になるなんて……。
「……ぼく……ぼくは……」
戸惑う類を見つめながら、帝がそっと手を引き寄せた。
引き上げられた手の甲に、唇が押しつけられる。
「類さん……」
「帝さん……?」
「お気持ちはわかりました。ですが……」
キッと上目遣いににらまれる。
「アイスは駄目です!」
「ひぁんっ!?」
小指に、指輪みたいな歯型をつけられてしまった。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる