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37,隠れ家的

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「ここです、ここ!」

 帝を引っ張っていき、類が指さしたのは一筆書きで描いたような牛のイラストだった。
 牛の下には「肉バル」の文字。そんな立て看板が細い道にぽつんと出されている。

「新しくできた店でしょうか?」

 帝がスマホを出し、店の名前を検索する。
 看板の先は地下への階段で、外からでは店の様子はわからなかった。

「それにしても、よくこんな店見つけましたね」

 スマホに視線を固定したまま帝が言う。

「会社帰りにたまたま見つけて。それで前から気になってたけど、入る勇気がなくて」
「なるほど、それで私と」
「うん」
「ぼったくりの店だったらどうしますか?」
「えっ?」

 その場合の支払は帝持ちなんだろうか? いや、奢りだからって法外な料金を請求されたら、類も後味が悪いに違いない。

 あわてる類を見て、帝が小さく笑った。

「冗談です。グルメサイトの口コミを見るに、普通の飲み屋ですよ。価格も良心的な方でしょう」
「よかった……」

 類は胸をなで下ろす。

「とはいえ類さんは、こういう店には一人で来ない方がいいでしょう。酔った大型獣人にでも絡まれたら、無事に帰れるとは限りません」
「えっ……?」

 さっきみたいに冗談かとも思ったが、帝は真面目な顔で類を見ていた。
 彼は類の腕を引き寄せ、耳元でささやく。

「アナタが人間だということは、気取られないようにしてくださいね?」
「わ、わかった……」

 類は犬耳カチューシャの位置をそっと直す。
 そして帝と一緒に、地下へ続く階段を下りていった。

 ドアベルの鳴るドアをくぐり抜けると、光量を絞られた店内には先客がちらほら。正面がカウンター席、奥の方にいくつかテーブル席があるようだった。
 厨房からは、肉を焼く小気味よい音と匂いが。カウンターの奥の棚にはワインボトルが並んでいた。

「いらっしゃいませ」

 カフェエプロンの店員がふたりをテーブル席へ促す。

(いい感じの店だけど、大型獣人は……?)

 さっき帝が言っていた言葉が気になった。
 そこで類の視線は、カウンター席に座る大きな背中に吸い寄せられる。
 
(大型獣人!)

 心臓がどくんと強く脈打った。

「……どうしました? 類さん」

 帝が怪訝そうにする。
 その声に、大型獣人が振り向いて――。

「類……? それに帝ちゃんか」

 虎牙だった。

(既視感あると思ったら、虎牙さんだった……!)

 酔った大型獣人に絡まれることを恐れていたけれど、彼なら全然、お持ち帰りされたいと思う類だった。

「虎牙部長、お一人ですか?」

 帝が尋ねる。

「ああ、うん。こっち来いよ。ここ初めてか? 新集牛のヒレステーキがうまい」

 そう話す虎牙の隣2席は空いていた。

「あっち座っていいですか?」

 類が聞くと、店員は「もちろん」と促してくれる。

「よかった……!」

 類はワクワクした気持ちで虎牙の隣に座った。

「やっぱり肉食獣は、肉料理の店にくわしいんですね」

 帝がそんなことを言う。

「たまにガッツリ肉食わねえと持たねえんだよ」

 とはいえ雑食だと、虎牙は付け加えた。

 それにしても、弁の立つ帝と、見るからにたくましい虎牙がいれば、仮に他の客とのトラブルがあったとしても心強い。ひ弱な人間の類も、心置きなく食事が楽しめるというものだ。

「なんにしよ……」

 虎牙の前にある、肉汁したたるステーキに目が行く。

「同じの頼んでいいですか?」
「ではそれと、ほかに……」

 メニューを手渡された帝が、さっと見繕った何皿かを店員に伝えた。

「虎牙さんにも会えたし、ステーキ美味しそうだし。ここに来てよかったな」

 類は夢見心地でステーキを待つ。ジュウジュウと焼ける音に期待が高まった。
 けれども先に出されたワインにフワフワしてしまって……。

「……えっ、類さん?」
「類!?」

 左右から揺さぶられる。

「ごめんなさ……眠……お肉食べたいのに……」

 アルコールと店の暗さも相まって、徹夜明けだった類は足元の床でも抜けたかのように、まっすぐ眠りに落ちていった――。
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