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番外編,レーズンサンドあたり付き

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「なんか今日、大変だったみたいだな? これ食って元気出してくれよ」

 そう言って冬夜が出したのは、新集名物のレーズンサンドだった。

「わざわざこれ、買ってきてくれたの?」

 類はそのひとつに手を伸ばす。フィルムに包まれたレーズンサンドは全部で5つ、箱の中に鎮座していた。

 場所は社内の給湯室。冬夜はコーヒーメーカーにコーヒーの粉をセットしている。

「コーヒー、俺にも!」

 声に振り向くと、虎牙が入り口の壁にもたれかかって笑顔を浮かべていた。

「よお冬夜。それに類」
「おっ、アニキも来たのか。じゃあコーヒー3つだな」

 冬夜が計量スプーンを再び粉の袋に入れる。

「……いや、もう1杯追加か?」

 虎牙が後ろを見てそう言った。そして数秒後に彼の脇から帝が顔を出す。

「類さん、ここでしたか」
「あれ、帝サンは類っちを探しに来ただけなのか。コーヒー4杯入れちまったけど」

 冬夜が動き始めたコーヒーメーカーを目で示した。

「ではいただいていきましょう」
「よかったらレーズンサンドも。コーヒー沸くまで少しかかるし、食べてって」

 虎牙と帝、そして冬夜の手にもレーズンサンドが行き渡る。
 最後に包みを取った冬夜がつぶやいた。

「あれっ、アタリってどれだったんだ?」
「アタリって?」

 類は首をかしげる。

「ベアマンバーじゃあるまいし、レーズンサンドにアタリなんてあるのか?」

 フィルムをはがしながら、虎牙も冬夜の方を見た。

「それがさあ、すごいアタリがあるんだよ」

 冬夜は得意そうだ。

「これ、クマノミ科学が試作品だっていってくれたんだけどさ、製菓店とコラボして作った宴会用の特別な品なんだと。それで1個、おもしろいアタリが入ってるんだ」
「“おもしろいアタリ”とは? わさびでも入ってるんですか? 私のは普通ですが」

 食べながら帝がいぶかしんだ。
 冬夜が手の中のレーズンサンドをもてあそびながらニヤニヤする。

「聞いて驚くなよ? なんとこの中のひとつは、食べたら女体化しちまうレーズンサンドなんだ」
「“にょたいか”って“女体化”か!?」

 虎牙が声をあげた。

「ああ、そうか! 確かクマノミは、群れの中で一番大きい個体がメスになって子孫を残せるんだよな」
「さすがアニキ、よく知ってるな。そのとーり!」
「いや。俺ら魚じゃねーし。女体化はあんまり“アタリ”じゃないような……」

 虎牙が引きつった顔で、食べかけのレーズンサンドに目を落とす。

「ぼく食べちゃったけど……」
「私もです」

 類と帝も顔を見合わせた。
 しかし冬夜は平気な顔で箱の注意書きを指さす。

「まあ、宴会用のお遊びだからさ。女体化は一時的なもんだよ。確か、何もなければ半日から一日で元に戻れるって」
「何もなければって、何かあったらどうするんですか!?」
「えっ、何かってなんですか?」

 疑問を口にする帝に、類が聞き返す。帝は青い顔をしていた。

「例えば、類さんの好きな性行為などです」
「んっ……つまり、女の子のアナで……」

 想像してしまって恥ずかしくなる。

「アナタならしかねないでしょう」
「し、しな……」

“しない”と言いかけて、類は思わず虎牙を見た。彼に求められればやぶさかではないかもしれない。
 視線を受けて虎牙が言う。

「そうだなあ……。類はメスでもきっと可愛いし、俺はどっちでも……」
「そういうこと聞いてませんから!」

 虎牙の言葉を帝が止めた。

「じゃあぼく……、女の子になってもいいかな? なんて……」

 類はめくるめく女体化エッチを想像する。

「類さん、何その気になってるんですか。卵でも産む気ですか」

 帝がさげすむような目で見た。

「いや……。女の子になって、卵を産むのは帝さんだけだよ」
「ものの例えです」
「鳥は卵産むの大変そうだよな? 俺たちほ乳類は交尾しないとはらまねーし、鳥に比べりゃ楽なもんだ」

 ぼりぼり食べながら、冬夜がそんな感想を口にした。
 類も同情する。

「帝さんの、アタリじゃないといいね……」
「私としては、類さんに妊娠される方が困りますが……」
「妊娠!? いや、ちゃんと避妊するし……」
「今そう言っていても、勢いで動くタイプはわかりませんからね」

 彼は類と虎牙のふたりへ、交互に疑いのまなざしを向けていた。

「まあ、確かにぼくも自信ない……」
「だったら性行為などしないことですね」
「帝ちゃんがそれ言うか?」

 虎牙はニヤニヤと笑っている。

「なんですか?」
「知ってるぞ? 類に種付けしたって」
「……!? あれは単なるお仕置きです!」

 帝は心外そうだ。
 そこで冬夜がフォローしようと口を挟む。

「類っちのフェロモンはすごいもんな! 普段ふたりきりになるチャンスがいくらでもあるのに、今まで何もしなかった帝サンはむしろえらいって。オイラならソッコーで子作りするよ」
「犬束さん……!?」
「おい冬夜」

 冬夜の余計なひとことに、帝と虎牙がすかさずツッコミを入れた。

「アナタも、わかっているんでしょうね?」
「男同士ならともかく、メスにそういうちょっかい出すのは洒落になんねーから」
「わ、わかってるよ……」

 そこで3人は、類が女体化しても手を出さないという誓いを立てた。
 そして……。

「で、結局誰のがアタリなんだろう?」

 類もみんなも、コーヒーが沸く頃にはレーズンサンドを平らげていた。
 冬夜がコーヒーをカップに注いで寄越す。

「効果は1時間後かららしいから、楽しみだな」
「冬夜は楽しみなんだ?」
「俺は女になったら、男どもを片っ端から誘惑して貢がせてやるぞ♪ あ、けど類っちにはそんなことさせないから安心しなー。お互いにキュートなボディでクンクンなでなでしよ?」
「え、あー、うん……」

 冬夜は性転換しても、たいして変わらなそうだなと類は思った。

(ぼくは、女の子になったら何しようかな?)

 周囲から後ろ指を指されずに、男性と恋ができるのはいいかもしれない。獣人の街ではもともとその辺は大らかだけれども。

「虎牙さんは女の子になったらどうするの?」

 類が聞くと、彼は小さく笑って答えた。

「考えたんだが、俺の場合はメスの繁殖期過ぎてるから、なんも変わんねーよ。きっとペニスと睾丸がないくらいだ」

 虎型獣人の彼はさっぱりしている。

「卵は産みたくないですねえ……。あれはおそらく物理的に、寿命が縮みます」

 帝は重苦しい声で、そうつぶやきながらコーヒーをすすった。



 翌日――。
 4人はまた給湯室に集まった。

「結局アタリは誰だったんだ?」

 冬夜の言葉に、類と帝、虎牙の3人が首を横に振る。

「ってことは……」

 給湯室の棚の中、5個入りの箱の中に、ひとつだけレーズンサンドが残されていた。

「昨日あれだけ盛り上がって、誰も女体化しないなんてのはつまんなくない?」
「だよなあ」

 虎牙の同意を得て、冬夜がにやりと笑う。

「ってことで、ジャンケン!!」

 類や帝も反射的に利き手を出してしまい――。

「あああああ!!」

 1人が悲鳴をあげることになった。

#番外編おしまい
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