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31,経営会議

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「類さん、明日イチで経営会議です。タイムカードを切ったら、すぐに社長室の方へ」

 会社から寮に帰る車の中で、バックミラー越しの帝に言われた。

「経営会議?」

 類は首をかしげる。

「ええ。各部門からの報告を受け、経営方針や経営戦略について上層部で話し合います。出席者は部長クラス以上となっていて――」
「えっ? でもぼく、掃除担当のアルバイトなんだけど……」
「形式上はそうですね」

 帝がしれっと答えた。

「ちょっと待って。聞いてないよ。形式だけだなんて」

 入社から一カ月が過ぎていた。その間、類の仕事内容は初めに聞いた通り掃除だけだったし、口座に振り込まれていたのは時給換算のアルバイト代から寮費を引いた金額のみだった。
 形式的にも実質的にも、アルバイト以外の何者でもない。類はそう捉えていたのに……。

「会議で発言しろとか、そんなムチャは言いません。アナタはお茶でも飲みながら、ただ話を聞いていればいい」

 帝が車を走らせながら、こっちを見ずに言う。

「普通、掃除担当はお茶飲みながら、経営会議を聞いたりしないでしょう」

 類としてはだまされた気分だった。
 けれども帝は、初めからそのつもりだったに違いない。類を引き留めるために責任のないアルバイト社員にしておいて、ゆくゆくは経営に参加させようと……。

 類は思わずため息をつく。

「掃除担当、わりと本気で頑張ってたのに……」

 洗剤や掃除用具の使い方も覚えたし、最近では「手早く」「きれいに」を心がけている。作業効率のいい動線だって意識していた。

 帝が困惑げな視線を送ってくる。

「類さんが、そんなに掃除に一生懸命だとは思いませんでした」
「ひど……。帝さんはぼくの掃除ぶり、見てないでしょう」

 類は少しすねたくなってしまった。

「正直、経営者にとって必要なスキルではないかと」

 やっぱり彼は、類のことをまず第一に、次期社長候補として見ているようだった。

「類さん、私はアナタ個人の努力を否定するつもりはありません。ですがアナタに、ずっと掃除をさせているわけにもいきません。ご自身の立場と向き合って、能力を活かす方法を考えてください」
「能力って……」

 類にいったい、なんの能力があるっていうんだろう。

「この前は、ぼくには顔くらいしか取り柄がないって言ってたのに……」
「その顔を生かして会議の席にいてください。アナタにだってそれくらいできるでしょう」

 帝は突き放すように言った。

(ぼくがただ会議の席にいることに、何か意味があるのかな?)

 でもきっとそうだ。帝の立場を考えると、類の面倒を見ることを任された以上、類を会議の席に座らせておかなければ仕事ぶりを危ぶまれる。

(……そっか)

 類としてはいろいろ思うことはあるものの、曲がりなりにも世話になっている、帝の立場を危うくしたくなかった。

「……帝さんがどうしてもって言うなら、席に座るだけ座ってみるけど……」

 正直気後れするし、そこにいることで周囲に期待されるのは怖い。

「類さん、そんな顔をしなくても大丈夫ですから」

 寮の前で車を停め、帝が運転席から体ごと振り返った。
 突き放されたと思ったのに、意外にも彼は、類に優しいまなざしを向けている。

「帝さん……」
「私がお守りします」

 帝は類がひざの上に置いていた右手を引き寄せ、その手の甲にキスをした。

「まだ不安ですか?」
「それは……まあ……」

 優しくキスされても、そう簡単に胸の不安はぬぐえない。
 帝が小さく息をついた。

「アナタの想い人が、虎牙部長でなく私だったらよかったのに」
「そしたら帝さんが、ぼくのことなぐさめてくれるんですか?」

 キスではぬぐえない不安をぬぐう方法を考える。

「そうですね……」

 彼は優しく微笑みながら類を見つめた。

「目隠ししてムチで叩いて、アナタを気持ちよくすることくらいしかできませんが」
「えーと……そのなぐさめ方は、ぼくにはちょっと」

 にぎられたままだった右手を、類はそーっと引っ込めた。



 そんなこんなで翌朝、類は社長室にいた。
 間仕切りで区切られた奥の会議テーブルに、各部門のトップが集まっている。
 社長と役員――みんな類の親戚なのだが――はオンラインでのリモート参加ということだった。

「よお、類もいたのか」
「虎牙さん……、おはようございます」

 虎牙部長も、今日ばかりはスーツでびしっときめていた。
 奥の会議テーブルに行く勇気が出ず応接テーブルにいた類は、ドキッとしながら背筋を伸ばす。

「スーツ、かっこいいですね」
「類はいつも通り可愛い」
「ちょっとそこ! WEBカメラに映ってますからね?」

 顔と顔がゼロ距離になりかけたふたりを、帝が止めた。

「席に着いて。資料は行き渡っていますか? では始めますよ」

 帝の号令で、類も場の空気にまれながら末席に着く――。
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