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30,屋上

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「……んっ、類?」

 虎牙が不思議そうに目をしばたく。

「えっ? あれっ? ぼく……」

 類も自分がキスしたことに驚いた。彼からの追求をごまかすためのキスだったけれど、それだけじゃない。とっさにそんな行動に出たのには、違う意味もあるはずだ。

(ぼくがこんなに大胆だなんて……。あ、もしかして!)

 カップの側面に印刷されている、アイスの原料表示に目を落とした。

「どした?」
「いや、あの……」

 とくに変わった添加物は入っていないようだった。となるとアイスが原因で大胆になっているわけではないらしい。

(そうだよね。体は普通だし、発情しているわけじゃなくて……)

 こちらのぞき込む彼の瞳と目が合って、類はようやく探していた答えを見つけた。

(なんだ、そうだった)

「ぼく、虎牙さんのことが好きなんです」

 好きな人にキスしたくなるのは自然なことだ。
 アイスで発情していなくても類は彼のことがちゃんと好きで、そんな自分を今見つけられたことにほっとした。

「ほんとに好き」

 言われた部長は鼻の頭を指の背でこすり、チラリと白い歯を見せた。

「それ、さっきも聞いたし前にも聞いた」

 年上の人のキュートな笑顔を前に、類の心臓はドキドキと騒ぎだす。

「こんなぼくが好きでいていいのかどうか、わからないけど……」
「帝ちゃんに反対されてるから?」
「じゃなくて、虎牙さんが……素敵……すぎるから……」

 せわしなく動く心臓からはき出された熱が、顔まで上がってきた。

「えーと、そうだな……。一旦その口閉じようか」

 短いキスで口をふさがれる。

「でもっ、虎牙さんぼく、あなたのことが好きなんです」
「わかったから」

 笑いながらもう一度キスされた。

「そんな可愛く見つめて何度も好きだとか言われたら、俺も仕事放りだしておまえをさらっていきたくなる」
「さ、攫われたい……」

 ベッドでの彼を思い出し、類はふるりと身震いする。

「よだれ出てるぞ」

 虎牙がわざとらしく類の唇をぬぐった。

「けどまあ、それはいつでもできることだし」
「できるんですか!?」

 類は思わずその言葉に食いつく。

「ああ。出会った日に俺、おまえに言っただろ? 好きにしていいって」

 確かに言われた。
 少しだけ真面目なトーンになって、彼は続ける。

「あの日、俺はおまえに全部預けたんだ。俺にできることならどんな願いでも叶えるよ」
「……虎牙さん……」

 この人の、無私の愛はとても深い。
 泣いていた男の子に絆されて、そんなふうに自分を与えられるのは彼の強さだ。
 類もそんな彼に報いたいと思った。

「だったらぼくは、あなたにふさわしい人になりたいです……。そうなるにはどうすればいいですか?」
「……ん?」

 虎牙は口をへの字に曲げて首をかしげたあと、笑って答えた。

「俺は自分の好きなことを好きにやってるだけだから。おまえも自由にすればいいんじゃないのか?」
「そっか……。自由に……。けど、ぼくがしたいことってなんだろう?」

 類は、彼に言うでもなくつぶやく。
 そのつぶやきに虎牙が答えた。

「それこそ、なんでもいいんじゃないのか? 俺はおまえがまだ逃げ出したいなら、今でも付き合うつもりでいるし」
「ほんとに……?」

 そんなふうに思ってもらえているだけで、類は本当に幸せだった。

「ああ、信じろよ」

 虎牙が類の前髪をなでた。

「けど……ぼくはもう逃げ出したいとは思ってなくて。いや、たまには逃げ出したくなるかもだけど。でも……」

 類は屋上からの景色に目をやる。
 空に高く掲げられた『White Bear Cream』の看板が目に映った。

「ぼくは虎牙さんやみんなと一緒に、この会社を守りたい」

 少し前の類からしたら信じられないことだけれど、類は今、心からそう思っていた。
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