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29,赤い白クマ

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「何をコソコソ話してるんだ? 弊社へいしゃのキッズどもは」

 ニヤニヤしながら屋上に現れたのは、ホワイトベアーマンの衣装を着た虎牙部長だった。仮面は外して小脇に抱えている。

「何もコソコソなんてしてませんって」

 冬夜がベンチから立ち上がり、自分から虎牙に近づいていった。きっと向こうから近づかれたら、類が手の中に隠しているものが見えてしまうからだ。
  しかし、そんな冬夜の努力も空しく……。

「はーげんだっつか」

 部長に言い当てられてしまった。

「えっ?」
「うっ、なんでバレてる……」

 類と冬夜が同時にうめく。
 すると虎牙が、類の手元を目で示した。

「スプーン」
「……あっ!」

 ミニカップを隠しているのと逆の手を、類はベンチの背にかけていたのだが、その手にプラスチックスプーンを持ったままだった。
 ハーゲンダッツのスプーンは他のとちょっと違うから、よく見ればわかる。

(うう、目ざといなあ……。虎は目がいいんだっけ?)

「あっ、オイラ上司に呼ばれてるんだったー! じゃあな、類! アニキ!」

 隠蔽に失敗した冬夜は、類を見捨てて逃げていった。

「と、冬夜!?」
「ハハハ……」

 虎牙が来て類の隣に座る。

「で、なんの話だ? 『大きな声で言うな』とかなんとか聞こえたが」
「う……」

 彼は耳もいいらしい。

「アイスの話です……」

 類は観念して答えた。

「……ああ。ウチのよりはーげんだっつが美味いって?」

 虎牙はとがった八重歯を見せて笑う。

「まあ……。このシチュエーションじゃバレますよね……」
「だな。何より、冬夜のあの慌てよう!」

 虎牙部長は開発の責任者だ。アイスが美味しくないのなら、立場上この人の責任ってことになってしまう。それぞれの商品の開発担当は違うんだろうけど……。

「いや、ベアマンバーは美味しいですよ? でも、ほかのはどれも普通かなって……」

 類は悩みながらそう口にした。
 虎牙は苦笑いで腕組みする。

「普通って……たとえば、赤い白クマとか?」

 “赤い白クマ”は真っ赤なかき氷……よくあるいちごシロップのかき氷だ。原材料にいちごを使っていないのはお約束。
 類も昨日、食べながらそれを確かめた。

「美味しかったですけど、普通ですよね?」
「ところがあれも、開発当時は革新的だったんだぜ?」

  虎牙は自分のことのように胸を張った。

「えっ、もしかして、あれ虎牙さんが?」

 類が聞くと、彼は驚いたように目を見開く。

「んなバカな。あっちの方が俺よりずっと年上」
「ん? つまり、虎牙さんの生まれる前からあったってことですか?」
「そうだよ、そこがすごいとこ。当時は画期的だったんだ。カップのかき氷ってのはなかったから」
「へええ」

 類は虎牙のキラキラした笑顔を見つめた。
 彼は楽しそうに瞳を輝かせ、言葉を続ける。

「アイスクリームってのは明治時代に西洋から入ってきたものだろ? けど、かき氷は別にあった」
「あっ、そうか。じゃあかき氷のアイスは……」
「そう。カップに入れたことが発明だったんだよ。それで氷屋に行かなくても食べられるようになった」

 前に虎牙が言っていた“喫食きっしょくシーンを広げる”というやつだ。

「確かに今じゃ普通のものだけどさ。赤い白クマは昭和を懐かしむアイテムとして愛されてるわけ」

 それを聞いて、類の口の中にも、赤い白クマの味が広がった。
 虎牙は静かな海を見て、感慨深げに言う。

「“普通”ってのは往々にして、誰かの発明が大ヒットして普及した結果なんだよな」
「そっか、気づかなかったな……」

 言われて見ると当たり前のことなのに。類には目の前にある先人たちの努力が、まったく見えていなかったらしい。

「ぼくはダメだなあ……」

 ため息が出る。身分不相応な高級アイスを口に運びながら、類は自分が恥ずかしくなってしまった。
 うつむいたまま食べていると、溶けたバニラアイスがスプーンから手の甲へこぼれ落ちる。

(あ……)

「こぼしてる」

 虎牙が身を屈め、それをぺろりと舐め取った。

「虎牙さん……」

 いろんな意味で、類は今とても恥ずかしい。
 触れてきた彼の舌は、包み込むような弾力があって温かかった。
 見つめてくる視線もいつくしむように優しい。

 なんだかたまらなくなってしまった。

「ぼく……あなたが好きなのに、昨日は……」
「あ、冬夜と寝た?」

 仲のいいふたりを見て、部長はそう思ったのか。

「いや……み……帝さんと……」
「それは由々しき事態だな」
「帝さんが保護者代理として、ぼくと虎牙さんとのこと許さないとか言いだして」
「で、自分で種付けしてんのか、あのバカは」

 彼は苦笑いを浮かべた。

「類はモテるなあ」
「モテるとかじゃなくて、たぶんその……」

 人間な上に隙があるからだろう。そしておそらく、類自身が欲望に忠実だ。

「っていうか、昨日のアレはアイスのせい!」
「アイスの?」
「あっ!」

 虎牙部長には言わないでおこうと思ったのに。

「なんでアイス?」
「なんでもありません!」

 彼の追求をごまかすように、類は初めて自分からキスをした。
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