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24,それ以外
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翌日類は掃除がてら、工場の方をのぞいた。
とはいえ工場内は類の担当する清掃エリアではない。入れるのもロビーまでで、中はガラス張りの壁を通して見られるだけだった。
(あれはたぶん、ベアマンバーのグレープフルーツ味だ)
白っぽい色をした原液がアイスの型に流し込まれていく。
類はロビーの手すりを拭きながら、その様子を眺めた。
グレープフルーツ味のあとは一旦機械が洗い流され、スイートオレンジ味の充填が始まる。
(そういえば、ベアマンバー以外の商品はどうなってるんだろう?)
今までも、ほかのものを作っているところを見たことがなかった。
そこでふと人の気配を感じて振り向くと、工場の入り口に工場長の巨体が見える。
(うわ、工場長!)
トイレ掃除をサボっていると誤解され、怒られて以来だ。
類は思わず柱の陰に隠れた。
工場長はロビーの手すりの汚れを点検しながら、工場内に続く扉へ向かっていく。
(あそこ拭いといてよかった……)
ここの掃除担当は類ではないものの、彼の手すりをなぞる指にほこりでもついたら、誰かが怒られることになると思った。
「ふう……」
そっと息をつく。
そこでなんと、振り向いた工場長と目が合ってしまった。
「あっ」
「………………」
「ああ……えーと、お疲れさま……です……」
わざと隠れたことはバレているのか? じっと見られて全身が緊張にこわばる。
「……何か用か?」
ぽつりと言われただけなのに、低い声が腹に響いた。
「よ、よ、よ、用? いえ……なんでも……ぼくは失礼します!」
ぞうきんを手に、類はさっとその場から逃げだすことにした。
ところが、逃げる背中へ投げかけられた言葉に足が止まる。
「またサボリか」
(え……?)
サボっていると思われるのは、類としても心外だ。だから振り返って彼を見た。
けど、人に落胆されたり、見下されたりするのにはもうとっくに慣れていて……。
「……失礼します」
唇を噛み、悲しみとモヤモヤを呑み込んで行こうとした。
そこへ出張のお土産でも渡しにきたのか、大きな紙袋を持った帝が来る。
「ああ、工場長、お疲れ様です。それに類さんも」
話しかけられ、類は逃げられなくなってしまった。
「どうしました? 今日は工場見学ですか?」
「え? えーと……」
「この前は会社から逃げ出したがっていたのに、どういった心境の変化でしょうね」
(それ、今言わなくても!)
帝は眼鏡の奥の目を細め、類の反応を眺めている。
そして帝の余計なひと言のせいで、工場長も再び類を見つめた。
(これは……え、なんか言わなきゃいけない空気?)
開きかけた口が乾く。
「ぼくはただ……商品のことが知りたくて」
ふたりの視線に押され、かすれた声が絞り出された。
「ベアマンバー以外にどんなのがあるのかな、とか。ほら、帝さんが前に言ってたじゃないですか。ベアマンバーの売り上げをアップさせる方法とか、他の商品をヒットさせる方法とか……そういうのがないのかなって、ずっと考えてて、それで……」
工場長の前で、身分不相応な大それたことを言ってしまった気がした。
二人が顔を見合わせる。
(うう、居たたまれない!)
針のむしろのような時間のあと、工場長が口を開いた。
「知らないのか」
「え……?」
「ベアマンバー以外の商品」
「あああ……」
呆れられている……。
「来い」
彼が顎をしゃくった。
とはいえ工場内は類の担当する清掃エリアではない。入れるのもロビーまでで、中はガラス張りの壁を通して見られるだけだった。
(あれはたぶん、ベアマンバーのグレープフルーツ味だ)
白っぽい色をした原液がアイスの型に流し込まれていく。
類はロビーの手すりを拭きながら、その様子を眺めた。
グレープフルーツ味のあとは一旦機械が洗い流され、スイートオレンジ味の充填が始まる。
(そういえば、ベアマンバー以外の商品はどうなってるんだろう?)
今までも、ほかのものを作っているところを見たことがなかった。
そこでふと人の気配を感じて振り向くと、工場の入り口に工場長の巨体が見える。
(うわ、工場長!)
トイレ掃除をサボっていると誤解され、怒られて以来だ。
類は思わず柱の陰に隠れた。
工場長はロビーの手すりの汚れを点検しながら、工場内に続く扉へ向かっていく。
(あそこ拭いといてよかった……)
ここの掃除担当は類ではないものの、彼の手すりをなぞる指にほこりでもついたら、誰かが怒られることになると思った。
「ふう……」
そっと息をつく。
そこでなんと、振り向いた工場長と目が合ってしまった。
「あっ」
「………………」
「ああ……えーと、お疲れさま……です……」
わざと隠れたことはバレているのか? じっと見られて全身が緊張にこわばる。
「……何か用か?」
ぽつりと言われただけなのに、低い声が腹に響いた。
「よ、よ、よ、用? いえ……なんでも……ぼくは失礼します!」
ぞうきんを手に、類はさっとその場から逃げだすことにした。
ところが、逃げる背中へ投げかけられた言葉に足が止まる。
「またサボリか」
(え……?)
サボっていると思われるのは、類としても心外だ。だから振り返って彼を見た。
けど、人に落胆されたり、見下されたりするのにはもうとっくに慣れていて……。
「……失礼します」
唇を噛み、悲しみとモヤモヤを呑み込んで行こうとした。
そこへ出張のお土産でも渡しにきたのか、大きな紙袋を持った帝が来る。
「ああ、工場長、お疲れ様です。それに類さんも」
話しかけられ、類は逃げられなくなってしまった。
「どうしました? 今日は工場見学ですか?」
「え? えーと……」
「この前は会社から逃げ出したがっていたのに、どういった心境の変化でしょうね」
(それ、今言わなくても!)
帝は眼鏡の奥の目を細め、類の反応を眺めている。
そして帝の余計なひと言のせいで、工場長も再び類を見つめた。
(これは……え、なんか言わなきゃいけない空気?)
開きかけた口が乾く。
「ぼくはただ……商品のことが知りたくて」
ふたりの視線に押され、かすれた声が絞り出された。
「ベアマンバー以外にどんなのがあるのかな、とか。ほら、帝さんが前に言ってたじゃないですか。ベアマンバーの売り上げをアップさせる方法とか、他の商品をヒットさせる方法とか……そういうのがないのかなって、ずっと考えてて、それで……」
工場長の前で、身分不相応な大それたことを言ってしまった気がした。
二人が顔を見合わせる。
(うう、居たたまれない!)
針のむしろのような時間のあと、工場長が口を開いた。
「知らないのか」
「え……?」
「ベアマンバー以外の商品」
「あああ……」
呆れられている……。
「来い」
彼が顎をしゃくった。
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