上 下
22 / 63

21,タイミング*

しおりを挟む
「あのさ、冬夜……」

 狭いサウナ室でふたりきりになったところを見計らい、類は思い切って聞いてみる。

「もしホワイトベアークリームがぼくのためにある会社だとしたら、ぼくはどうすればいいんだろう?」
「ん、なんだそれ、どういう意味だ?」

 長い脚を組んで座っていた冬夜が、類の方へ上半身を傾けてきた。
 お互いに汗をかいた体が近づく。

「説明難しいんだけど……仮にだよ? じいちゃん……つまり社長が、ぼくのために会社を残してくれたとして。いや、そのことはどっちでもいいんだけど、このままだと会社の経営が厳しいとしたら」

 会社の経営状況を、一般社員の冬夜はどこまで知っているんだろう。仮の話をしてから類は言わなきゃよかったかもと不安になった。

「そうだなー」

 冬夜は真面目な顔をして顎をなでている。

「まー、アレだな。会社なんてものは潰れる時は潰れるモンだぞ? うちの取引先でも潰れたところはあるからさ。一寸先は闇。灯台もと暗しってな」
「“灯台もと暗し”はこの場合、関係ない気もするけど……」
「んー、つまり俺が言いたいのはだな。常に転職先を考えとけってことだ」

 類のツッコミをものともせず、冬夜はそのままのトーンで続けた。

「転職先……。冬夜は考えてるんだ」

 話の意外な展開に、類は戸惑う。でもそれは現実的な話だ。親のすねをかじっていられる類とは違って、普通はみんな、生活のために働いている。沈みかけた舟をどうこうするより、生きるために他の舟に乗り代えることを考えるのは当然だ。

「ああ。転職先の最有力候補は、類っちのヒモな!」

 冬夜は白い歯を見せて笑った。

「え、ヒモってヒモ? しかもぼくの?」

 年下の営業マンはニコニコと頷いている。

「会社潰れたって、類っちのところは金持ちなんだろうし、獣人のヒモの1匹や2匹余裕だろー」
「いや……そんなことは……」

 ニートのくせに恋人を家に連れ込むなんて、おそらく類が親兄弟に殺される。

「というか、ぼくと冬夜って付き合ってた?」

 半笑いで返すと、

「そのうちそうなるかもな。オイラとしては類っちからの好意をバシバシ感じてるし、オイラにだって、それに応える用意はあるからな!」

 とっても前向きな答えが返ってきた。

「あのさ、冬夜……。ぼくが勘違いさせたなら謝らなきゃだけど、ぼく……ほかに好きな人がいて……」

 類が戸惑いながら切り出すと、すかさず冬夜が言ってくる。

「知ってる! 虎牙のアニキだろー!? ふたり、ラブホの駐車場で帝サンに取り押さえられたって、もっぱらのウワサだぜ?」
「ぶっ!? なんで知ってる……!?」
「にゃはは! 営業部の情報網ナメんなー」

 年下の営業マンは楽しそうに笑っていた。

「類っちに迫られてアニキがどんな顔してたのか、想像するだけで楽しいな!」
「ぼくが迫ったって前提なんだ……?」

 実際そうだけど……。

「虎牙のアニキはみんなのヒーローだぞ? 一回りも年下の類っちに、軽々しく手え出さないだろー」
「んんん……。ぼくは明日から、どんな顔して会社に行けばいいのかな……?」

 類は泣きたい気持ちでこぼす。虎牙部長との関係が知れ渡っているなら、周囲から一体どんな目で見られているのか……。

「え、それは今まで通り、エロ可愛いキャラでいいんじゃねーのか?」

 冬夜はあっけらかんと答えた。

「エロかわ、何それ……」
「そんな顔すんなよ。類っちは見た目可愛すぎるから一周回ってエッチだけど、中身はピュア中のピュアだもんな?」
「た、たぶん……」

 曖昧に返すとどういうわけか、自然な動作で額にキスをされた。

「オイラは味方だからな」
「えっ、なに?」

 鼻先が触れ合う距離で微笑まれ、ドキリとする。

「言葉通りの意味。何かあってもオイラがついてるから、明日も元気に出社してこいよ」

 前にトイレで工場長に怒られた時は、先に逃げたくせに……。
 調子よくこんなことを言う冬夜が憎めなくて、類は自然と笑い返していた。
  すると、笑顔の冬夜に唇をぺろりと舐められる。

「んっ、冬――……」

 止めようと口を開いたことで、さらに口内まで舌の侵入を許してしまった。

「んっ、んっ……なに? ……え? ムッ!?」

 ねっとりと舌を絡めて吸われる。
 絡まる舌が、くちゅっとなまめかしい音を立てた。

「ごめん、暑いしなんか、コーフンした……」

 冬夜が熱い息をはき出し、謝った。

「え、暑いと興奮する?」
「いや、わかんねー。普段から類っちといると、オイラそれだけでコーフンするし。けどどうしよう、コレ……」

(“コレ”?)
 
 冬夜の声が固かった。
 類は嫌な予感を覚えながら、彼の視線の先を見る。彼のひざの上で濡れたタオルが、大きく持ち上がっていた。

「あー……これは……」

 同じ男として同情する。

「裸でふたりきりはまずい気がしてたんだよなー……」

 冬夜が眉尻を下げて言った。

「オイラの中に、類っちを友達として見るオイラと、エロい目で見るオイラが同居しててさ……。後者が8割以上なんだけど」
「2割以下の方に賭けてたの?」
「類っちと、裸の付き合いをしてみたいっていう好奇心に勝てなかった」

 類としては普通に呆れる。そして同時に頭を抱えた。

「……で、それ、どうするの?」
「抜くの手伝って」
「そういう裸の付き合いはどうかと……」
「いや、純粋に友達として」
「絶対ウソだ!」

 言い合ううちに右手を引っ張られ、テント状態になったタオルの下へ持っていかれた。
 しっとりと濡れた生々しい物体をつかまされる。

「とうや~!」
「泣くな類っち! オイラがついてる」
「ちょっと意味わかんない!」
「にゃははは!」

 上から被さっている冬夜の左手に促され、類の右手は上下に動き始める。

(誰か来たらどうしよう!?)

 そう思ったら早く終わらせることしか解決策が浮かばなくて、類は心を無にした。
 けれども……。

「あ……は……んんっ……」

 冬夜の切なげに揺れるまつげを見ていると、類もなんともいえない気持ちになる。

「冬夜……」
「るいっち……」

 視線が合わさった。

「どう? いけそう?」
「ん。類っちの手、きもちい……」

 冬夜が類の肩口へ額を乗せてくる。
 類は彼の濡れ髪に頬を預けた。
 そんな時……。

 サウナ室のドアが、ギイッと音を立てて外側から開かれる。

(え……――!?)

 しかも何も知らない顔で入ってきたのは、類たちのよく知る人物で――。

「……え、類?」
「虎牙さん!?」
「うぉわっ!? 虎牙のアニキ!?」

 3人は最悪のタイミングで対面することになってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ダメリーマンにダメにされちゃう高校生

タタミ
BL
高校3年生の古賀栄智は、同じシェアハウスに住む会社員・宮城旭に恋している。 ギャンブル好きで特定の恋人を作らないダメ男の旭に、栄智は実らない想いを募らせていくが── ダメリーマンにダメにされる男子高校生の話。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...