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14,ごえす

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「うわぁっ、ちょっ、ぺろぺろやめてー!?」

 営業部・犬束いぬづか冬夜とうやの舌が、類の顔の周りを舐め回す。類の悲鳴をものともせず、彼の長い舌は顎の先から耳元までを勢いよく舐め上げた。
 ざらりとした感触に鳥肌が立つ。

「犬同士が舐め合うのは確認行動だろー」
「だとしてもぼくっ、犬じゃないんで!」

 類の頭には犬耳のカチューシャがはまっているが、冬夜には昨日説明したはずだ。

「そうだよなあ、類っちは人間チャンなんだよな」

 口も鼻もぺろぺろと舐められた。

「でも人間ってのは秘密なんだろー? それ黙っててあげるから、オイラの犬になってよ」
「んんん……!? それってどっちが犬?」

 比喩と現実が入り乱れていて混乱する。

「ぼくが犬束さんの犬になるって、つまり、具体的にどういうこと?」

 一応聞いてみた。

「オイラたち会ったら挨拶代わりにぺろぺろしあってー、んで、類っちが腹出して寝転がってみせる方!」
「なるほど……」

 類もなんとなく彼の要求を理解した。格下の方が、犬としては服従してみせる形になるのか。年齢は類の方がひとつ年上だけれども、この会社では、後から来た類が格下だといえるのかもしれない。
 それはそうと冬夜はもう、類の着ているシャツの腹の部分をめくっている。

「んじゃ、そんな感じでヨロシクー」
「いやいや待って! 同意してませんって!」

 類は慌てて服のすそを押さえた。

「ぼくは人間なので、ぺろぺろしあってお腹出すのは無理……」
「人間だって、ぺろぺろしたりお腹出したりするだろー!」
「し、しないです……」

 するとすれば、それはベッドの上でだけだ。

「なんでー!? しようよー!!」

 冬夜は子どもみたいに大げさにすねてみせた。短い毛足、大きく垂れた耳、それらと同じ茶色をした輝く瞳が同情を誘うかのようにつやめいている。

「オイラせっかく、類っちと仲良くなれたと思ったのに!」
「えーと……」

(仲良くなれた? どのへんでそう思った?)

 戸惑ううちに、またシャツのすそをめくって、今度はヘソの辺りを舐められる。

「あーもう、こんなおいしそうな腹してさあ!」
「ああんっ」

 やわらかいヘソの周りに熱い舌と犬歯が当たって、類は床の上で身もだえてしまった。
 そんな時だった。

(……え?)

 類を床に押さえつけていた冬夜の体が、突然宙に浮き上がる。

「おい小僧」

(……誰!?)

 底冷えするような重低音。聞いたことのない声だった。
 冬夜の体が視界から外れ、代わりにこちらを見下ろす巨体が類の目に映る。

「5Sを言ってみろ」

 底冷えする声でそう言うのは、工場長で白クマ型獣人の隈田くまだだった。

「ご、ごえす……?」

 類は言葉に詰まる。

「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ……」

 類の上からどかされて、隣に尻もちをついた冬夜が答えた。

「わかってるならサボらず掃除」

 工場長はそう言うと、奥の小便器で排尿を始める。

(えええ、“サボらず”って……もしかして……掃除サボって犬同士じゃれ合ってると思われた!?)

「あー、俺営業行ってきまーっす!」

 冬夜はさっさとトイレを出ていった。

「ちょ、犬束さん!?」
「………………」

 工場長もさっと手洗いを済ませ、類に冷ややかな視線を向けてトイレを出ていく。

(えええぇ……!? 絶対誤解されてる……)

 掃除ぐらい自分にもできると思ったのに散々だ。類は心の中で泣きながら、よくわからない洗剤で便器を磨いた。
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