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13,クンクン、ぺろぺろ

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「類さん、昨日は私がいけませんでした。アナタにいきなり、経営資料をお見せするなんて」

 約束の時間まで眠りこけていた類をたたき起こし、帝が言った言葉はそれだった。

「……へ?」

 布団をはぎ取られた類は、Tシャツにボクサーパンツ1枚のまま目をパチクリさせる。

「今日からあなたは我が社のアルバイト従業員です」
「バイト?」
「ええ、時給制で最低賃金。責任も何もないので気楽に構えてください」
「え、それでいいの?」
「もちろん、サボリや遅刻はその分時給から引きますけどね」

 帝が類の寝癖をなでつけた。

「えーと……」

 きっと昨日、社長と電話で話してそうなったんだろう。
 とはいえ類には、バイトも一週間で逃げ出した経験しかないのだが。ちなみにその時は、バーガーショップで期限切れのハンバーガーを捨てる罪悪感から逃げ出したのだった。

「バイトって、ぼくは何をするんですか?」

 警戒しながら聞くと、帝はベッドの上にいる類の顎を持ち上げる。

「私も一晩考えたんですが、今のアナタには、顔くらいしかいいところがありません」

 ヒドい言われようだ。

「だからといって、営業先で愛嬌をふりまくのも無理でしょう。それより問題を起こしそうです」

 さらにヒドい。

「結論として、社内の清掃を担当していただくことにしました。ちょうどその人員が足りなかったので――」
「結論だけ言ってください!」

 おっとりしている類も、これはさすがにさえぎって言った。
 見た目と家柄以外、褒めるところがないのは自分でもよくわかっている。しかも見た目を褒められるのはこの獣人の街限定でだ。人間社会では中の上、もしくは中の中。けっしてモテるわけではなかった。
 オドオドした態度が、一部の人間の性癖に刺さるらしいが……。それは仕事で役に立たない。

「わかりました。掃除します!」

(掃除くらいなら、ぼくにだってできるんだ!)

 類はヤケクソ半分に意気込んで、会社へ向かったが……。

(え、こっちがキッチン用で、こっちがトイレ用? なんで洗剤がこんなにあるの!?)

 会社で渡された掃除用のワゴンを前に、類は途方に暮れることになった。
 誰もいないトイレの手洗い場でひとり、洗剤のパッケージの小さな文字と格闘する。
 さすがに洗剤を間違っても爆発したりはしないだろうが、流しやトイレを痛めることになるかもしれない。

 そんな時、トイレにやってきた犬型獣人に、後ろから飛びかかられる。

「おおお! 類っち!!」
「うわっと!?」

 勢いでトイレの床に押し倒され、そのうえ後頭部をタイルに強打した。

「痛たたたた……」
「大丈夫かー!?」

 そう言いながらも犬型獣人はどいてくれない。

「え……と、誰だっけ?」
「昨日自己紹介しただろー!? 営業部の犬束いぬづか冬夜とうやだよ。アニキって呼んでくれよなッ! オイラの方が年下だけど」

 思い出した、昨日思いっきり匂いを嗅がれた相手だった。

「犬束さんあの……、どいてくれません?」
「その前に匂い嗅がせろよ!」

 クンクンと鼻を鳴らして、彼は類の首筋の匂いを嗅いでいる。

「匂い、なんで嗅ぐんですか……?」

 類には、まずそこから理解できない。

「なんでって、めっちゃコーフンする匂いするから!」

 スラックスから飛び出た彼の細長い尻尾が、さっきからものすごい勢いで揺れていた。

「ああああッ……類っちの匂い、ヤバい好き!!」

 確かにこの男は興奮していた。
 類もそろそろ身の危険を感じだす。押し倒された時点で気づくべきだったが、彼があまりにフレンドリーだったせいで身の危険を感じ取れなかった。

(ど、どうしよう、この状況……!?)

 トイレに人が来る気配はない。
 そしてクンクンが、ぺろぺろに変わった――。
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