7 / 63
6,独身寮
しおりを挟む
帝の運転でやってきたのは、昨日のビーチから数分のところにある3階建てのマンションだった。
「え……、ここ?」
車を降り、外壁のひび割れたクリーム色の建物を類は見上げる。
てっきり会社に連れていかれると思っていたのに。
「本社に行く前に、こっちをご案内した方が早いと思いましてね」
運転席から下りてきた帝が、建物入り口の表札を目で示した。
そこには『ホワイトベアークリーム 独身寮』と、クセのある文字で記されている。
「類さん、あなたの部屋にご案内します」
「えっ、ぼくの部屋?」
「今は駅前のビジネスホテルにお泊まりなんでしょう? ずっとそちらにいらっしゃるおつもりですか?」
類はふるふると首を横に振ってみせた。安宿だが、“ずっと”となれば宿泊費もバカにならない。
祖父から当面の経費としていくらかもらっていたけれど、これから働かないことには、収入の当てがあるわけでもなかった。
「管理人用に使っていた3階の部屋を、類さんのために空けてあります。そこが一番広いですからね。ちなみに私は2つ下の101に住んでいます。何かわからないことがあればいつでも聞いてください」
帝はさっさと階段を上がっていった。
慌ててついていくと、後れを取った類を階段の踊り場で待っている。そして無表情のまま、彼はまた階段を上り始めた。
「あの! ひとつ聞いていいですか?」
思い切って、類はその背中に話しかける。
「はい?」
「独身の人はみんなここに?」
「家が遠方の者はほとんどそうですが、全員ではありません」
「えーと、虎牙さん? あの人は……?」
帝が片眉をつり上げ、類を振り返った。
「ここには住んでいません」
「そう……ですか……」
勇気を出して聞いたのに、思っていた答えが返ってこなくて類は内心肩を落とす。
「彼のことが気になりますか」
「……それは、少し……」
「どういったご関係です?」
3階の301にたどり着き、帝が玄関のドアを開けて中へと促した。
「どういう関係って言われても……。昨日の夕方、海岸で、たまたま……」
「たまたま会って、ホテルに?」
「えーと……。自分でもびっくり」
帝は類を見て何か言いかけたけれど、小さく息だけついて唇を閉じた。
そして仕切り直すように口を開く。
「だったら一旦忘れてください」
「え、何を?」
「虎牙部長のことです」
類は困惑しながら、小ぎれいな部屋を見回す。
家具一式そろえられているようだが、気が紛れるようなものはテレビくらいしか見当たらなかった。
「でもきっと、会社で顔を合わせますよね?」
何もなかったことにできるのか。向こうにできたとしても類には難しそうだ。今すでに、彼への興味でいっぱいだから。
それに何より、会って素っ気なくされるのはきっとつらい。
「ぼくは……」
「大丈夫ですから。そんな捨てられた子どもみたいな顔をしないでください」
帝の声が予想外に優しくて驚いた。
「え……?」
ドキリとして顔を上げると、彼は困ったように微笑んでいる。
「私は社長に……、あなたのおじいさまにはとてもお世話になりました。ですからあなたのことは見捨てません。多少淫乱だとしてもね」
微笑みながら、ギュッとほっぺたをつねられた。
「いッ、えっ!?」
あまりのことに、類は抵抗できずにその場に固まる。帝の手は離れない。
「あなたが頼るべきは虎牙部長でなく、私です! わかりましたね!?」
「ふええええ!?」
冷たいかと思ったら優しくて。笑顔で頬をつねってくるなんて、行動が読めなさすぎる。今まで出会ったことがないタイプの人、もとい獣人を前に、類はどう反応していいのかわからなかった。
「え……、ここ?」
車を降り、外壁のひび割れたクリーム色の建物を類は見上げる。
てっきり会社に連れていかれると思っていたのに。
「本社に行く前に、こっちをご案内した方が早いと思いましてね」
運転席から下りてきた帝が、建物入り口の表札を目で示した。
そこには『ホワイトベアークリーム 独身寮』と、クセのある文字で記されている。
「類さん、あなたの部屋にご案内します」
「えっ、ぼくの部屋?」
「今は駅前のビジネスホテルにお泊まりなんでしょう? ずっとそちらにいらっしゃるおつもりですか?」
類はふるふると首を横に振ってみせた。安宿だが、“ずっと”となれば宿泊費もバカにならない。
祖父から当面の経費としていくらかもらっていたけれど、これから働かないことには、収入の当てがあるわけでもなかった。
「管理人用に使っていた3階の部屋を、類さんのために空けてあります。そこが一番広いですからね。ちなみに私は2つ下の101に住んでいます。何かわからないことがあればいつでも聞いてください」
帝はさっさと階段を上がっていった。
慌ててついていくと、後れを取った類を階段の踊り場で待っている。そして無表情のまま、彼はまた階段を上り始めた。
「あの! ひとつ聞いていいですか?」
思い切って、類はその背中に話しかける。
「はい?」
「独身の人はみんなここに?」
「家が遠方の者はほとんどそうですが、全員ではありません」
「えーと、虎牙さん? あの人は……?」
帝が片眉をつり上げ、類を振り返った。
「ここには住んでいません」
「そう……ですか……」
勇気を出して聞いたのに、思っていた答えが返ってこなくて類は内心肩を落とす。
「彼のことが気になりますか」
「……それは、少し……」
「どういったご関係です?」
3階の301にたどり着き、帝が玄関のドアを開けて中へと促した。
「どういう関係って言われても……。昨日の夕方、海岸で、たまたま……」
「たまたま会って、ホテルに?」
「えーと……。自分でもびっくり」
帝は類を見て何か言いかけたけれど、小さく息だけついて唇を閉じた。
そして仕切り直すように口を開く。
「だったら一旦忘れてください」
「え、何を?」
「虎牙部長のことです」
類は困惑しながら、小ぎれいな部屋を見回す。
家具一式そろえられているようだが、気が紛れるようなものはテレビくらいしか見当たらなかった。
「でもきっと、会社で顔を合わせますよね?」
何もなかったことにできるのか。向こうにできたとしても類には難しそうだ。今すでに、彼への興味でいっぱいだから。
それに何より、会って素っ気なくされるのはきっとつらい。
「ぼくは……」
「大丈夫ですから。そんな捨てられた子どもみたいな顔をしないでください」
帝の声が予想外に優しくて驚いた。
「え……?」
ドキリとして顔を上げると、彼は困ったように微笑んでいる。
「私は社長に……、あなたのおじいさまにはとてもお世話になりました。ですからあなたのことは見捨てません。多少淫乱だとしてもね」
微笑みながら、ギュッとほっぺたをつねられた。
「いッ、えっ!?」
あまりのことに、類は抵抗できずにその場に固まる。帝の手は離れない。
「あなたが頼るべきは虎牙部長でなく、私です! わかりましたね!?」
「ふええええ!?」
冷たいかと思ったら優しくて。笑顔で頬をつねってくるなんて、行動が読めなさすぎる。今まで出会ったことがないタイプの人、もとい獣人を前に、類はどう反応していいのかわからなかった。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる