上 下
107 / 115
最終章 罪と愛

第27話

しおりを挟む
「アンタ……!」

その姿を見て、バルトロメオが憤りを露わにする。
ユァンは彼の後ろから慌てて聞いた。

「どうして司教さまが……」
「書類を取りに戻ったら、下でルカが妙な動きをしていてな」
「ルカは……」
「仕事を言いつけて外へ行かせた」

見張りのルカより、司教の方が一枚上手だったようだ。

司教は開けっ放しのクロゼットに目をやり、2人のいる窓辺に近づいてくる。
彼の視線はバルトロメオに向いていた。

「修道院内を嗅ぎ回るばかりか、こんな場所まで開けに来るとは。さすがに勝手が過ぎるだろう」

バルトロメオが言い返す。

「俺には捜査権限がある。そしてアンタは、法王庁で裁きを受けることになる」
「ユァンの証言を元にか?」

司教があざけるような笑みを浮かべた。

「ユァンはもともと花街で生まれ育った子供だ。ここへ来た時にはすでに、男をたぶらかすことを覚えていた。いろいろと認知にゆがみがある。そういう者の話を真に受けるなど馬鹿馬鹿しい」
「そんなのうそだ!」

ユァンはバルトロメオのそでを強く握る。

「嘘なものか」

司教がユァンを見据えた。

「お前が花街の子供だったことは事実だ」
「あなたが、僕を教会の子供にした」
「その通りだ」
「ならどうして、ちゃんと愛してくださらなかったのですか!」

ユァンの目に、悲しいのか悔しいのか分からない、やり切れない涙が浮かんだ。
涙目でにらまれて、司教の顔にも動揺の色が広がる。

「いったいどうすればよかったんだ。私は私なりに、お前を愛してきたつもりだ」
「だとしても、僕が望んでいたのはこんなものじゃない!」

手に持っていた張形を、ユァンは力いっぱい司教の足下へ投げつける。

「どうして自分があんな扱いを受けたのか、あの頃の僕には分からなかった。けど、今話を聞いていてようやく分かった! あなたがちゃんと僕の話を聞いて、向き合おうとしてくれなかったのは、僕をただの身寄りのない、卑しい生まれの子供だと思って軽んじていたからだ!」

投げつけた張形は一度跳ねたあところころと転がり、部屋の隅に力なく横たわった。

「僕は絶対にこの悔しさを忘れない。養護院にいる身寄りのない子供たちが、同じ思いをしなくてすむように……」

激情から始まったユァンの言葉が、胸の震えのせいで途切れ途切れになる。

「毎日、毎日、僕はあの子たちの幸せを……神さまに、祈る……。だから、あなたも忘れないで……僕をまだ、ほんの少しでも、愛しいと思ってくださるなら……」

そんなユァンの祈りに、司教は何も答えなかった。
彼は何度か戸惑うようにまばたきをして、ユァンの投げ捨てた張形を拾いに行く。
その背中が言った。

(欲深い? 修道士が愛を求めることは、やっぱり欲深いことなんだろうか……)

動揺するユァンのそばで、バルトロメオがつぶやく。

「いや、子供はみんな愛されるべきだ」

(あ――)

その声はユァンには、神さまの声に聞こえた。
しおりを挟む

処理中です...