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最終章 罪と愛

第4話

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それからどれくらいの時間が経ったのか……。

目を開けるとそこには、真っ白な天井が広がっていた。
背中の下は硬めのベッド。
首を回さなければ天井の隅が見えなくて、ユァンは今いる場所が宿舎の2人部屋ではないと知った。

(どこ……?)

広いが殺風景な部屋を見回す。
デスクと水差しと、小さな祭壇が見える。
日焼けしたオフホワイトのカーテンの向こうに、日差しの気配はなかった。
となると今は夜だろうか。
大聖堂でも響いていた、サワサワという雨音が微かに聞こえていた。

そうだ、大聖堂。
日曜礼拝のあと、ユァンは大聖堂の奥にある告解室に行ったのだ。
そこでシプリアーノ司教と話をして……。

(あっ!)

左手首を持ち上げ、そこを大きな手につかまれたことを思い出す。
けれどその先の記憶をたどろうとしても、何も思い出せなかった。

「まただ……」

ひとりため息をつく。
何か衝撃的なことが起こると、そのショックで意識が飛んでしまうことがある。
いつからなのかは分からない。
けれどずっと幼い頃からの癖だと思う。

それとは別に、修道院に引き取られる前の記憶もほとんどなくて……。
以前医師に、自己防衛的に、無意識下で記憶を封印しているのではないかと言われたが……。

「困る、山羊たちの世話があるのに……」

ユァンは片手でこめかみを押しながら体を起こす。
それから窓辺に行って外を見て、今いる場所が聖クリスピアヌス本館の、上層階だと理解した。
窓の下に3階建ての宿舎の屋根が見えるところをみると、ここはおそらく本館の4階だ。

(ここ、司教さまのお部屋だ)

本館に居室を持つ者はシプリアーノ司教しかいないはずだ。
そして彼の居室は、修道院長の執務室から階段を上がった真上にある。
ずいぶん来ていなかったせいで、ユァンはこの部屋の存在を忘れかけていた。

(そうか、ここが……)

気づいた途端に部屋の匂いが気になりだす。
下の執務室と同じ香りがした。
屋根裏部屋に置きっ放しにしていたシーツのような……。
いや、これは4階にあるこの部屋のカーテンの匂いだ。
無意識に手を触れていた厚手のカーテンは、古いまま洗いざらしで窓辺にぶら下がっている。

それからユァンはそのカーテンの脇にある、クロゼットが気になりだした。
アンティーク調にデザインされたクロゼットの取っ手に、あまり似つかわしくない無骨な南京錠がかかっている。
どうしてこんなところに鍵をかけるのか。
それを考えると、そこには絶対に見てはいけないものが入っているような気がした。

ユァンはゆっくりと、クロゼットのある窓辺から遠ざかる。
あの南京錠の鍵は確か、デスクの一番上の引き出しに入っている。
どうしてかユァンはそれを知っていた。

なぜ……。

(駄目だ――)

頭の中で誰かが警告した。

(ここにいてはいけない――)

後ずさりしていたユァンは、元いたベッドの縁にたどり着き、そこに片腕を突く。
この部屋から出たいのに、目眩めまいがしてしまいすぐには動けそうになかった。
不調が去っていくまで、そのままの姿勢でやり過ごす。
なんどか深呼吸して唾をみ込み、少しは落ち着いてきた。

「……っ、行かなきゃ!」

自分を励ますようにつぶやき、腰を上げようとしたその時……。
階段をのぼる足音が聞こえ、入り口のドアのところで止まった。

(え……?)

金属の鈍い摩擦音が響く。
ドアは外側からゆっくりと開かれる。
そしてそこに立っていたのは、背の高い人物――シプリアーノ司教だった。
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