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最終章 罪と愛
第2話
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「ユァン、ここは告解室だ。お前が私を裁く場ではない」
名前を呼ばれてハッとなる。
「司教さま」
「今は神の代理としてここにいる」
こちらはユァン、向こうは神の代理人か。
本音を聞き出すには、捨て身で切り込むしかないと思った。
ユァンは大きく息を吸う。
「では神よ、お教えください! 養護院の子供を傷つけたことへの責任は誰にあるのです。司教さまは知っていたのではないですか? ペティエ神父が、子供に欲望を抱く人間だということを」
ユァンのその問いに、神の代理人としてのシプリアーノ司教はすぐには答えなかった。
答えを思案するような間があり、そしてわずかに沈んだ声が返ってくる。
「私もこうなる可能性を考えなかったわけではない。よってペティエの罪は私の罪だ」
「では……やはり司教さまは……」
ペティエ神父の本性を知りながら、彼を子供たちに近づかせたのではないか。
元々それを疑っていたのに、こうして認められるとユァンの呼吸は乱れた。
「どうして……あの人を信じたりしたんです……」
声に動揺がにじむ。
「彼を信じたのは私でなく、お前自身だろう」
「なっ……それは……」
司教に笑われた気がした。
「ユァン、私は初めから誰も信じてはいないよ。人は本来的に善なるものだなどと――」
言葉の途中で彼の吐息がまた笑う。
「私はそんなふうには思わない。人はこの世界に生まれ出でた時から、誰もが原罪を背負っている。罪を犯すことを運命づけられた存在だ」
つまり司教は、人の本性は悪だと言いたいのか。
ユァンの考えとは真逆だし、教会全体の教義とも食い違っているように思えた。
どう言葉を返していいのかと戸惑うユァンを置き去りに、彼は続ける。
「別の言い方をすれば、人は生まれながらに醜い欲望を持つということだ。だからこそ我々は自らを律し、禁欲という檻の中で暮らしているのではないか。私もお前も、何かの弾みに半歩でも道をずれてしまえば、簡単に罪に染まってしまう。ペティエだけが特別ではない」
「では司教さまにとっては誰もが罪人で、養護院の相談役を任せたのがペティエ神父でなくても、同じ危険性があったと……」
「そういうことだ」
重い内容とはそぐわない明快な答えに、ユァンの思考は混乱した。
けれどもやはりおかしい。
「仮にそうだったとしても、子供に対し欲望を抱くのは、やはり特殊なことでは……」
ところが司教はそれを淡々と切り捨てた。
「支配欲が弱い者に向くのは、水が低い場所に向かって流れるように自然なことだ。何も特別なことではない」
「支配欲……?」
性欲の間違いではないのか。
そう考えた時、ユァンの背筋を寒いものが這い上がった。
――ふふ、何を言っているんだ。君は男の子だろう、こんなのはただのスキンシップだよ。
あの時向けられた薄暗い欲望は、確かに単なる性欲ではなかった。
自らが優位に立ち、相手を意のままにしようとする欲求……。
やはり支配欲なのだ。
「僕には分からない……どうして、性欲が支配欲に結びつくのです」
ユァンの中で飛躍してしまったその問いに、司教は戸惑うことなく答えた。
「我々修道士は伴侶を持つことができない。性愛によって結ばれた安定した関係は望めないということだ。そうなった以上、禁欲によって封じ込められた欲望は、支配、被支配の構造の中で噴出する。教会そのものが天に繋がる塔のような縦社会なのだ。これは構造上の欠陥といえるのかもしれない」
司教は今、とても恐ろしいことを言っている。
その直感にユァンは震えた。
名前を呼ばれてハッとなる。
「司教さま」
「今は神の代理としてここにいる」
こちらはユァン、向こうは神の代理人か。
本音を聞き出すには、捨て身で切り込むしかないと思った。
ユァンは大きく息を吸う。
「では神よ、お教えください! 養護院の子供を傷つけたことへの責任は誰にあるのです。司教さまは知っていたのではないですか? ペティエ神父が、子供に欲望を抱く人間だということを」
ユァンのその問いに、神の代理人としてのシプリアーノ司教はすぐには答えなかった。
答えを思案するような間があり、そしてわずかに沈んだ声が返ってくる。
「私もこうなる可能性を考えなかったわけではない。よってペティエの罪は私の罪だ」
「では……やはり司教さまは……」
ペティエ神父の本性を知りながら、彼を子供たちに近づかせたのではないか。
元々それを疑っていたのに、こうして認められるとユァンの呼吸は乱れた。
「どうして……あの人を信じたりしたんです……」
声に動揺がにじむ。
「彼を信じたのは私でなく、お前自身だろう」
「なっ……それは……」
司教に笑われた気がした。
「ユァン、私は初めから誰も信じてはいないよ。人は本来的に善なるものだなどと――」
言葉の途中で彼の吐息がまた笑う。
「私はそんなふうには思わない。人はこの世界に生まれ出でた時から、誰もが原罪を背負っている。罪を犯すことを運命づけられた存在だ」
つまり司教は、人の本性は悪だと言いたいのか。
ユァンの考えとは真逆だし、教会全体の教義とも食い違っているように思えた。
どう言葉を返していいのかと戸惑うユァンを置き去りに、彼は続ける。
「別の言い方をすれば、人は生まれながらに醜い欲望を持つということだ。だからこそ我々は自らを律し、禁欲という檻の中で暮らしているのではないか。私もお前も、何かの弾みに半歩でも道をずれてしまえば、簡単に罪に染まってしまう。ペティエだけが特別ではない」
「では司教さまにとっては誰もが罪人で、養護院の相談役を任せたのがペティエ神父でなくても、同じ危険性があったと……」
「そういうことだ」
重い内容とはそぐわない明快な答えに、ユァンの思考は混乱した。
けれどもやはりおかしい。
「仮にそうだったとしても、子供に対し欲望を抱くのは、やはり特殊なことでは……」
ところが司教はそれを淡々と切り捨てた。
「支配欲が弱い者に向くのは、水が低い場所に向かって流れるように自然なことだ。何も特別なことではない」
「支配欲……?」
性欲の間違いではないのか。
そう考えた時、ユァンの背筋を寒いものが這い上がった。
――ふふ、何を言っているんだ。君は男の子だろう、こんなのはただのスキンシップだよ。
あの時向けられた薄暗い欲望は、確かに単なる性欲ではなかった。
自らが優位に立ち、相手を意のままにしようとする欲求……。
やはり支配欲なのだ。
「僕には分からない……どうして、性欲が支配欲に結びつくのです」
ユァンの中で飛躍してしまったその問いに、司教は戸惑うことなく答えた。
「我々修道士は伴侶を持つことができない。性愛によって結ばれた安定した関係は望めないということだ。そうなった以上、禁欲によって封じ込められた欲望は、支配、被支配の構造の中で噴出する。教会そのものが天に繋がる塔のような縦社会なのだ。これは構造上の欠陥といえるのかもしれない」
司教は今、とても恐ろしいことを言っている。
その直感にユァンは震えた。
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