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第3章 獅子と牝山羊
第3話
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金褐色のさらさらとした髪を揺らしながら、彼はユァンの前まで来て立ち止まる。
同じ法王庁の人といっても野性味のあるバルトロメオとは違い、彼は陶器のような肌、ガラス玉のような目をしている。
「……すみません」
ユァンが慌てて道を譲ったけれど、彼は立ち止まったまま動かない。
「あの……?」
突然彼の手が伸びてきて、バルトロメオがするように指先でユァンの顎を持ち上げた。
「名前は?」
「……ユァンです……」
好奇心旺盛な山羊の何頭かが、彼のローブの匂いを嗅ぎに行った。
ユァンはヒヤヒヤしながら、横目でそれを追う。
「きれいな子だけど……もうバルトロメオのお手つきなのかな?」
「え……?」
「遠くからキミたちを見て、そうなのかなと思った。この顔はいかにもアイツ好みだしね」
すっと目を細めて笑われた。
彼はユァンの反応を待たずに続ける。
「けど悪いことは言わないよ、アイツはやめておいた方がいい。と言っても、キミみたいな大人しそうな子が、あの狂犬を拒否するのは難しいか」
ユァンの顎を持ち上げていた彼の指が、するりと頬を撫でて離れていく。
「……可哀想にね。君の泣き顔を想像したら、自然と哀れみの情が湧いてきたよ。そうならないよう、僕が助けてあげよう。アイツなんか捨てて僕のところにおいで」
「え……あっ、あの……?」
言っていることがよく分からないが、1人で勝手に話を進める人だということは分かった。
バルトロメオも自分勝手で強引なところがあるけれど、法王庁の住人はこんな感じの人ばかりなのか。
「またあとでね、ユァン」
青年は言いたいことだけ言って、ユァンの前を通り過ぎていってしまう。
「あっ、あなたは……」
背中に向かって話しかけると、彼が肩越しに振り向いた。
勇気を出してユァンは続ける。
「バルトロメオさんのお知り合いなんですか?」
「そうだね、知り合いと言えば知り合いかな。けど僕が知っているのは、アイツが人殺しのクソやろうだっていうことくらいだよ」
(今、人殺しって言った?)
言葉の内容に見合わない、とても軽やかな声だった。
だからユァンは聞き間違いではないかと疑ってしまう。
「その顔は信じてないね? 困ったな」
「でも……」
素直なユァンでも、何をどう信じていいのか分からなかった。
「まあいいよ。いずれ分かることだ」
青年はちらりと笑みを見せ、また歩きだしてしまう。
春を謳歌しているはずの北の大地で、白いローブの背中を取り巻く空気が凍てついて見えた。
(バルトが人殺し? そんなこと、どういう意味で言ってる?)
バルトロメオは破天荒だが独自の正義感を持っている。
そんな彼がさすがに人を殺めたりはしないだろう。
頭ではそう思うのに、背筋に寒いものがまとわりつく。
(バルト……、僕は信じていいんだよね?)
ユキに温かな鼻先を押しつけられるまで、ユァンはしばらくその場に凍りついていた。
同じ法王庁の人といっても野性味のあるバルトロメオとは違い、彼は陶器のような肌、ガラス玉のような目をしている。
「……すみません」
ユァンが慌てて道を譲ったけれど、彼は立ち止まったまま動かない。
「あの……?」
突然彼の手が伸びてきて、バルトロメオがするように指先でユァンの顎を持ち上げた。
「名前は?」
「……ユァンです……」
好奇心旺盛な山羊の何頭かが、彼のローブの匂いを嗅ぎに行った。
ユァンはヒヤヒヤしながら、横目でそれを追う。
「きれいな子だけど……もうバルトロメオのお手つきなのかな?」
「え……?」
「遠くからキミたちを見て、そうなのかなと思った。この顔はいかにもアイツ好みだしね」
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彼はユァンの反応を待たずに続ける。
「けど悪いことは言わないよ、アイツはやめておいた方がいい。と言っても、キミみたいな大人しそうな子が、あの狂犬を拒否するのは難しいか」
ユァンの顎を持ち上げていた彼の指が、するりと頬を撫でて離れていく。
「……可哀想にね。君の泣き顔を想像したら、自然と哀れみの情が湧いてきたよ。そうならないよう、僕が助けてあげよう。アイツなんか捨てて僕のところにおいで」
「え……あっ、あの……?」
言っていることがよく分からないが、1人で勝手に話を進める人だということは分かった。
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「またあとでね、ユァン」
青年は言いたいことだけ言って、ユァンの前を通り過ぎていってしまう。
「あっ、あなたは……」
背中に向かって話しかけると、彼が肩越しに振り向いた。
勇気を出してユァンは続ける。
「バルトロメオさんのお知り合いなんですか?」
「そうだね、知り合いと言えば知り合いかな。けど僕が知っているのは、アイツが人殺しのクソやろうだっていうことくらいだよ」
(今、人殺しって言った?)
言葉の内容に見合わない、とても軽やかな声だった。
だからユァンは聞き間違いではないかと疑ってしまう。
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「でも……」
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「まあいいよ。いずれ分かることだ」
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(バルトが人殺し? そんなこと、どういう意味で言ってる?)
バルトロメオは破天荒だが独自の正義感を持っている。
そんな彼がさすがに人を殺めたりはしないだろう。
頭ではそう思うのに、背筋に寒いものがまとわりつく。
(バルト……、僕は信じていいんだよね?)
ユキに温かな鼻先を押しつけられるまで、ユァンはしばらくその場に凍りついていた。
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良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
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