修道士たちは罪に濡れて愛に出会う

第２章 教会の子供たち

第２５話

――はぁ、はぁっ……助けて、助けてっ。

ふいに聞こえたそれは、子供の声のようだった。
暗い廊下の真ん中で、ユァンは足と、呼吸を止める。
ここは聖クリスピアヌス修道院の中心、本館だ。
修道院内は関係者以外立ち入り禁止。
修道士たちは全員成人男性で、夜中に子供の声が聞こえるはずはない。
ペティエ神父のパーティの時は例外的に養護院の子供の訪問が許されたが、彼らが一人残らず帰るのを、ユァンもこの目で確認している。

――んっ、んんっ、やぁ、やだ……。

すすり泣くような声。
本当に子供が泣いているのなら、行って助けなければならない。
けれど声はまるで暗い記憶の底で響いているようで……。
どこから聞こえるのかも分からないし、それは現実のものではない気もした。

「……助けて、助けてっ」

ユァンは無意識に、口の中で繰り返す。
足下でガタンと響く音がして、手に持っていたバケツを自分が落としたことに気づいた。
そうだ、乳搾ちちしぼり用のバケツをここの調理場に忘れてしまったのを思い出し、朝の搾乳さくにゅうのためにそれを取りに来たんだった。
バケツを拾い、現実に引き戻される。

今の声は本当になんだったのか。
どこかの部屋のドアが開く音でも聞き間違ったのか。
それにしてはやけにリアルで、具体的な声に聞こえた。

バケツの取っ手を強く握り、ユァンは宿舎の方へ早足で歩きだす。
早く部屋に戻ってバルトロメオの顔が見たい。
こんな時間だ、きっと寝ていると思うけれど……。

それでも一番生きた心地がするのは、彼のぬくもりを感じられる場所だった。