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第2章 教会の子供たち
第2話
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それから数時間後。
日曜礼拝を終えたユァンは、皆と一緒に戻らずに大聖堂の告解室にいた。
告解室は懺悔のための部屋だ。目隠しをされた小部屋に入り、仕切りの向こうにいる司教に罪や迷いを告白する。
ユァンのいる聖クリスピアヌスでは、日曜礼拝のあとの時間だけ告解室が解放されていた。
バルトロメオのことを話すわけにはいかないけれど、自分の心の乱れは告白しなければならない。
ユァンはそんな思いで椅子が一脚あるだけの暗く狭い空間に入った。
ここへ来たのは何年ぶりだろうか。
子供の頃、傷つきたくなくて嘘を言ってしまった時。
数年前、不注意で山羊を死なせてしまった時。
ユァンはこの告解室に足を運んだ。
神の代理人である神父に打ち明け、許しを請う。
それは罪の意識に苛まれる時間から解放される、ひとつの手立てだ。
けれどこの罪は、打ち明けて許しを請うべきものなんだろうか。
あの幸福な情熱を否定したくない。
そんな思いから、ユァンは椅子に座ってもしばらく口を開けずにいた。
「罪を打ち明けなさい」
低く落ち着いた声が、黒いカーテンの向こうから聞こえてくる。
その声がシプリアーノ司教でないらしいことに気づき、ユァンはそっと胸を撫で下ろした。
告解担当の神父は告解室で聞いた話を秘密にしなければならないが、それでも厳格なシプリアーノ司教に罪を打ち明けるのは勇気がいる。
なお、この役割は修道院内の何人かの神父で持ち回りになっていた。
そして今日の担当は、ユァンが頭の中に思い描いた、どの神父でもなさそうだ。
「どうしました? 打ち明けるべきことがあって来たのでしょう」
もう一度促され、ユァンは息を吸い、口を開いた。
「私は罪を犯しました……」
「その罪とは」
「修道士でありながら、禁欲を犯しました。そして人を……好きになりました」
ユァンの語尾が震える。
言葉の意味を探しているのか、告解担当の神父はすぐには返事をしなかった。
しばらくして、低く囁くような声が返ってくる。
「人を好きになることは罪でしょうか?」
「え……?」
「神も、心のうちまでは裁けまい」
「それは……でも!」
動揺を映した声の振動が、向こうとこちらを隔てるカーテンを揺らした。
「でも神父さま! 心だけでなく、この身も神を裏切っているとしたら?」
それが今、ユァンにとってもうひとつの大きな問題だった。
カーテンの向こうの神父はその問いには答えず、形を変えて質問してくる。
「あなたは嘘をつきましたか?」
「いいえ」
「盗みをはたらきましたか」
「いいえ」
「人を傷つけましたか?」
「いいえ……けれど真実を恐れて、人の言葉をすぐには信じられませんでした。そのことが相手を、傷つけたかもしれません」
矢継ぎ早に問いかけてきていた神父が、そこで息を継いだ。
「それは仕方のないことです。今ある幸せを守ろうとするのは人の本能だ」
「でも……信じないことでその人に無茶をさせた……」
ユァンが素直に信じていれば、バルトロメオも神の前でソドミーを演じてみせるようなことにはならなかったはずだ。
今朝は普通に見えたけれど、あれであの人も、傷つき動揺しているのかもしれないと、ユァンは今さらながらに思った。
「あなたが人を好きになったのは、その人の無茶が原因ですか?」
「え……分からない……でも、きっとそうです」
抱かれて好きになってしまうなんて、肉欲に溺れているみたいで恥ずかしい。
「素直ですね」
「え……?」
カーテンの向こうの神父に小さく笑われた気がしてドキリとした。
日曜礼拝を終えたユァンは、皆と一緒に戻らずに大聖堂の告解室にいた。
告解室は懺悔のための部屋だ。目隠しをされた小部屋に入り、仕切りの向こうにいる司教に罪や迷いを告白する。
ユァンのいる聖クリスピアヌスでは、日曜礼拝のあとの時間だけ告解室が解放されていた。
バルトロメオのことを話すわけにはいかないけれど、自分の心の乱れは告白しなければならない。
ユァンはそんな思いで椅子が一脚あるだけの暗く狭い空間に入った。
ここへ来たのは何年ぶりだろうか。
子供の頃、傷つきたくなくて嘘を言ってしまった時。
数年前、不注意で山羊を死なせてしまった時。
ユァンはこの告解室に足を運んだ。
神の代理人である神父に打ち明け、許しを請う。
それは罪の意識に苛まれる時間から解放される、ひとつの手立てだ。
けれどこの罪は、打ち明けて許しを請うべきものなんだろうか。
あの幸福な情熱を否定したくない。
そんな思いから、ユァンは椅子に座ってもしばらく口を開けずにいた。
「罪を打ち明けなさい」
低く落ち着いた声が、黒いカーテンの向こうから聞こえてくる。
その声がシプリアーノ司教でないらしいことに気づき、ユァンはそっと胸を撫で下ろした。
告解担当の神父は告解室で聞いた話を秘密にしなければならないが、それでも厳格なシプリアーノ司教に罪を打ち明けるのは勇気がいる。
なお、この役割は修道院内の何人かの神父で持ち回りになっていた。
そして今日の担当は、ユァンが頭の中に思い描いた、どの神父でもなさそうだ。
「どうしました? 打ち明けるべきことがあって来たのでしょう」
もう一度促され、ユァンは息を吸い、口を開いた。
「私は罪を犯しました……」
「その罪とは」
「修道士でありながら、禁欲を犯しました。そして人を……好きになりました」
ユァンの語尾が震える。
言葉の意味を探しているのか、告解担当の神父はすぐには返事をしなかった。
しばらくして、低く囁くような声が返ってくる。
「人を好きになることは罪でしょうか?」
「え……?」
「神も、心のうちまでは裁けまい」
「それは……でも!」
動揺を映した声の振動が、向こうとこちらを隔てるカーテンを揺らした。
「でも神父さま! 心だけでなく、この身も神を裏切っているとしたら?」
それが今、ユァンにとってもうひとつの大きな問題だった。
カーテンの向こうの神父はその問いには答えず、形を変えて質問してくる。
「あなたは嘘をつきましたか?」
「いいえ」
「盗みをはたらきましたか」
「いいえ」
「人を傷つけましたか?」
「いいえ……けれど真実を恐れて、人の言葉をすぐには信じられませんでした。そのことが相手を、傷つけたかもしれません」
矢継ぎ早に問いかけてきていた神父が、そこで息を継いだ。
「それは仕方のないことです。今ある幸せを守ろうとするのは人の本能だ」
「でも……信じないことでその人に無茶をさせた……」
ユァンが素直に信じていれば、バルトロメオも神の前でソドミーを演じてみせるようなことにはならなかったはずだ。
今朝は普通に見えたけれど、あれであの人も、傷つき動揺しているのかもしれないと、ユァンは今さらながらに思った。
「あなたが人を好きになったのは、その人の無茶が原因ですか?」
「え……分からない……でも、きっとそうです」
抱かれて好きになってしまうなんて、肉欲に溺れているみたいで恥ずかしい。
「素直ですね」
「え……?」
カーテンの向こうの神父に小さく笑われた気がしてドキリとした。
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