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第1章 バルトロメオ
第20話
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「バルトさん、誰か来た……!」
彼と自分の耳からイヤフォンを引き抜き、ユァンはそれをバルトロメオのポケットに押し込む。
バルトロメオの視線はテーブルに置かれたポークジャーキーの皿に向いていた。
ベッドと衣装ケースくらいしかない殺風景な部屋に、それを隠せる場所はない。
「どうしよう?」
焦るユァンを落ち着かせるように、バルトロメオがポンと肩を叩く。
そしてゆったりとした足音がドアの前で止まった時、彼はポークジャーキーの皿を手に、窓から屋根の上へ飛び出していた。
この部屋は3階だ。
さすがにあの人が屋根から滑り落ちるとは思わないけれど、心配にはなる。
「ユァン、いいかな?」
ドアの外から聞こえる声は、シプリアーノ司教のものだった。
「どうぞ」
口の中にあったポークジャーキーを無理やり飲み込みドアを開けると、司教がゆっくりと部屋を見回した。
「彼は?」
「ブラザー・バルトロメオでしたらいま外に」
嘘はついていない、とユァンは胸の中で確認する。
「あの方にご用でしたか?」
「まあね、だがいないなら仕方ない。ああ、ユァン……」
ユァンを見つめ、司教はもの言いたげな顔をした。
(もしかして、ポークジャーキーの匂いがしてる!?)
ユァンは慌てて息を止める。
「ユァンは大丈夫なのか? 困っていないかね?」
「え……?」
気づかわしげに聞かれている理由が分からなかった。
司教が目尻に笑い皺を作り、声をひそめて教える。
「ブラザー・バルトロメオのことだ。聞くところによると、彼は結構な問題児らしくてね」
「ああ……」
確かに問題がないとは思えない。
けれどもどんな顔をしていいか分からずに、ユァンは曖昧に相づちを打った。
「何かあったのか?」
「いえ。ただ少し、変わった人だなと」
ユァンがそれだけ言うと、司教はひとつ頷き、話しだす。
「彼は法王に近い枢機卿の甥でね。教会内で、彼の自由な振る舞いを諫められる人間はあまりいないらしい。将来は法王の側近にも、枢機卿にもなり得る人間だからね」
「そうだったんですか……」
バルトロメオのあの聖職者らしからぬ人柄は、逆に教会中枢部で育まれたものだということにユァンは驚く。
だが確かに、そんな家柄にでも生まれなければ、あの人が自ら教会に所属するとも思えなくて。
だからこそ司教の話は納得のいくものだった。
司教は続ける。
「そんな人間を、私も簡単には拒めなかった。それで我が聖クリスピアヌス修道院に受け入れ、希望通りお前の下につけたわけだが……。視察という名目で、実際のところ彼が何をしようとしているのかよく分からない。観光気分で来ているだけなら、それはそれで構わないが」
あの人は何か目的があってここにいる。
一見すると自由気ままな人だけれど、何かうちに秘めたものがあることに、ユァンはうすうす気づいていた。
これといった理由があるわけじゃない。単なる直感だ。
もしかしたらあの自由気ままな振る舞いも、一種のカムフラージュなのかもしれなかった。
それからユァンの思考は窓の外へ向かう。
今この話を、バルトロメオ本人はそこで聞いているんだろうか。
司教は何も知らずに話しているが、彼がそこにいることを告げないことは、自分が司教を裏切っていることになるんだろうか。
「……ともかくだ、ユァン。何かあれば言うように。自分一人で解決しようなどと思ってはいけないよ」
司教はそう念を押し、部屋を出ていった。
彼と自分の耳からイヤフォンを引き抜き、ユァンはそれをバルトロメオのポケットに押し込む。
バルトロメオの視線はテーブルに置かれたポークジャーキーの皿に向いていた。
ベッドと衣装ケースくらいしかない殺風景な部屋に、それを隠せる場所はない。
「どうしよう?」
焦るユァンを落ち着かせるように、バルトロメオがポンと肩を叩く。
そしてゆったりとした足音がドアの前で止まった時、彼はポークジャーキーの皿を手に、窓から屋根の上へ飛び出していた。
この部屋は3階だ。
さすがにあの人が屋根から滑り落ちるとは思わないけれど、心配にはなる。
「ユァン、いいかな?」
ドアの外から聞こえる声は、シプリアーノ司教のものだった。
「どうぞ」
口の中にあったポークジャーキーを無理やり飲み込みドアを開けると、司教がゆっくりと部屋を見回した。
「彼は?」
「ブラザー・バルトロメオでしたらいま外に」
嘘はついていない、とユァンは胸の中で確認する。
「あの方にご用でしたか?」
「まあね、だがいないなら仕方ない。ああ、ユァン……」
ユァンを見つめ、司教はもの言いたげな顔をした。
(もしかして、ポークジャーキーの匂いがしてる!?)
ユァンは慌てて息を止める。
「ユァンは大丈夫なのか? 困っていないかね?」
「え……?」
気づかわしげに聞かれている理由が分からなかった。
司教が目尻に笑い皺を作り、声をひそめて教える。
「ブラザー・バルトロメオのことだ。聞くところによると、彼は結構な問題児らしくてね」
「ああ……」
確かに問題がないとは思えない。
けれどもどんな顔をしていいか分からずに、ユァンは曖昧に相づちを打った。
「何かあったのか?」
「いえ。ただ少し、変わった人だなと」
ユァンがそれだけ言うと、司教はひとつ頷き、話しだす。
「彼は法王に近い枢機卿の甥でね。教会内で、彼の自由な振る舞いを諫められる人間はあまりいないらしい。将来は法王の側近にも、枢機卿にもなり得る人間だからね」
「そうだったんですか……」
バルトロメオのあの聖職者らしからぬ人柄は、逆に教会中枢部で育まれたものだということにユァンは驚く。
だが確かに、そんな家柄にでも生まれなければ、あの人が自ら教会に所属するとも思えなくて。
だからこそ司教の話は納得のいくものだった。
司教は続ける。
「そんな人間を、私も簡単には拒めなかった。それで我が聖クリスピアヌス修道院に受け入れ、希望通りお前の下につけたわけだが……。視察という名目で、実際のところ彼が何をしようとしているのかよく分からない。観光気分で来ているだけなら、それはそれで構わないが」
あの人は何か目的があってここにいる。
一見すると自由気ままな人だけれど、何かうちに秘めたものがあることに、ユァンはうすうす気づいていた。
これといった理由があるわけじゃない。単なる直感だ。
もしかしたらあの自由気ままな振る舞いも、一種のカムフラージュなのかもしれなかった。
それからユァンの思考は窓の外へ向かう。
今この話を、バルトロメオ本人はそこで聞いているんだろうか。
司教は何も知らずに話しているが、彼がそこにいることを告げないことは、自分が司教を裏切っていることになるんだろうか。
「……ともかくだ、ユァン。何かあれば言うように。自分一人で解決しようなどと思ってはいけないよ」
司教はそう念を押し、部屋を出ていった。
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