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第1章 バルトロメオ
第8話
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(やっぱり昨日のこと、誰かに言った方がいいのかもしれない……)
結局最後まで祈りに集中できないまま、ユァンは礼拝堂の外へ出る。
すると外回廊の少し先を歩く、ペティエ神父の後ろ姿が目に映った。
追いかけていって昨日のことを聞くべきなのか?
勇気が出ないまま、どうしようかと思案していた時。
「いかがなさったのですか、その頭は」
ユァンより先に別の修道士が神父に声をかけた。
彼は普段からペティエ神父と親しく話している姿をよく見かける。
端から見れば気の置けない仲にも見えた。
ところが。
話しかけられたペティエ神父はびくりと肩を揺らすと、「なんでもない」と言い捨て、歩く速度を速めてしまった。
「しかしその包帯は……。お怪我をなすったのでは?」
若い修道士が追いすがる。
「だから、なんでもないと言っている! くだらないことに興味を持つな」
「……ですが、皆もきっと心配しております。我らが敬愛するペティエ神父に、いったい何があったのかと」
ユァンのように倒れた姿を見なくても、やはりあの包帯は気になるらしい。
そんな彼にペティエ神父は足を止め、顔を寄せて言った。
「よいか! 神に仕える身として、いらぬ好奇心は罪悪だぞ?」
沈黙は金、おしゃべりや好奇心は眉をひそめるべきものだ。
そうした価値観は勤勉を重んじるこの修道院に、また教会全体にも浸透している。
『好奇心は罪悪』とまで言われ、修道士の彼もさすがに渋い顔をして口を閉じた。
心配して聞いただけだろうに、少し気の毒だ。
しかし、今のペティエ神父の口ぶりはいったいどういうことなんだろうか。
普段の神父を見ると気さくなおしゃべりはわりと好きそうなのに、いま頭の包帯のことについては話すことを拒絶していた。
それには何か、理由がありそうだ。
(もしかして、加害者のことを庇ってる?)
神は、悔い改めたものを許したまう。
神父は口をつぐんでいることで、自分に怪我させた者――おそらく鍬を持っていた人物――の改心を促そうとしているのかもしれない。
だとしたらあれは修道院内部の人間だったんだろうか。
そう考え思い返してみても、ユァンにはあれが誰だか分からなかった。
あそこは暗がりで顔がよく見えなかったし、いきなり攻撃に出られて気が動転していたこともある。
ここの修道服と同じような、暗い色の服を身につけていた気はするが……。
どうにも違和感があった。
ペティエ神父は今、感情的になってみえる。
それが他人のことより、自分自身を守ろうとしている姿のように感じられて。
(あっ……)
物思いにふけりつつ後ろを歩いていると、振り返ったペティエ神父と目が合ってしまった。
ユァンは慌てて会釈する。
好奇心が罪悪なら、立ち聞きも当然罪悪だ。
しかし神父は何も言わず、そのまま事務棟の方へ行ってしまった。
ユァンもそこで反対側に道を折れ、宿舎へと戻る。
いろいろと気になるけれど、ペティエ神父本人があの様子ならユァンが口を挟むべきことは何もない。
なんだか肩の荷が下りたような、それでいて不安の残る幕引きだった。
それにしても……。
顔にぶつかった、熱気を帯びた厚い胸板。
回廊に響いた低い声、汗の匂い。どうしてだろう、思い返すとひどく心を乱される。
鍬で襲われかけた恐怖より、あの胸に抱かれた感触の方が鮮烈な印象として残っているのが不思議だった。
(本当に、あの人は誰なんだろう……)
修道士たちの祈りの場である修道院は、一般には解放されていない。
あの人がどこから入り込んできたのか分からないけれど……いや、いらぬ好奇心は罪悪、か。
ユァンはひとり、頬を叩いて息をつく。
そんな時、同じ修道士のルカが後ろから声をかけてきた。
結局最後まで祈りに集中できないまま、ユァンは礼拝堂の外へ出る。
すると外回廊の少し先を歩く、ペティエ神父の後ろ姿が目に映った。
追いかけていって昨日のことを聞くべきなのか?
勇気が出ないまま、どうしようかと思案していた時。
「いかがなさったのですか、その頭は」
ユァンより先に別の修道士が神父に声をかけた。
彼は普段からペティエ神父と親しく話している姿をよく見かける。
端から見れば気の置けない仲にも見えた。
ところが。
話しかけられたペティエ神父はびくりと肩を揺らすと、「なんでもない」と言い捨て、歩く速度を速めてしまった。
「しかしその包帯は……。お怪我をなすったのでは?」
若い修道士が追いすがる。
「だから、なんでもないと言っている! くだらないことに興味を持つな」
「……ですが、皆もきっと心配しております。我らが敬愛するペティエ神父に、いったい何があったのかと」
ユァンのように倒れた姿を見なくても、やはりあの包帯は気になるらしい。
そんな彼にペティエ神父は足を止め、顔を寄せて言った。
「よいか! 神に仕える身として、いらぬ好奇心は罪悪だぞ?」
沈黙は金、おしゃべりや好奇心は眉をひそめるべきものだ。
そうした価値観は勤勉を重んじるこの修道院に、また教会全体にも浸透している。
『好奇心は罪悪』とまで言われ、修道士の彼もさすがに渋い顔をして口を閉じた。
心配して聞いただけだろうに、少し気の毒だ。
しかし、今のペティエ神父の口ぶりはいったいどういうことなんだろうか。
普段の神父を見ると気さくなおしゃべりはわりと好きそうなのに、いま頭の包帯のことについては話すことを拒絶していた。
それには何か、理由がありそうだ。
(もしかして、加害者のことを庇ってる?)
神は、悔い改めたものを許したまう。
神父は口をつぐんでいることで、自分に怪我させた者――おそらく鍬を持っていた人物――の改心を促そうとしているのかもしれない。
だとしたらあれは修道院内部の人間だったんだろうか。
そう考え思い返してみても、ユァンにはあれが誰だか分からなかった。
あそこは暗がりで顔がよく見えなかったし、いきなり攻撃に出られて気が動転していたこともある。
ここの修道服と同じような、暗い色の服を身につけていた気はするが……。
どうにも違和感があった。
ペティエ神父は今、感情的になってみえる。
それが他人のことより、自分自身を守ろうとしている姿のように感じられて。
(あっ……)
物思いにふけりつつ後ろを歩いていると、振り返ったペティエ神父と目が合ってしまった。
ユァンは慌てて会釈する。
好奇心が罪悪なら、立ち聞きも当然罪悪だ。
しかし神父は何も言わず、そのまま事務棟の方へ行ってしまった。
ユァンもそこで反対側に道を折れ、宿舎へと戻る。
いろいろと気になるけれど、ペティエ神父本人があの様子ならユァンが口を挟むべきことは何もない。
なんだか肩の荷が下りたような、それでいて不安の残る幕引きだった。
それにしても……。
顔にぶつかった、熱気を帯びた厚い胸板。
回廊に響いた低い声、汗の匂い。どうしてだろう、思い返すとひどく心を乱される。
鍬で襲われかけた恐怖より、あの胸に抱かれた感触の方が鮮烈な印象として残っているのが不思議だった。
(本当に、あの人は誰なんだろう……)
修道士たちの祈りの場である修道院は、一般には解放されていない。
あの人がどこから入り込んできたのか分からないけれど……いや、いらぬ好奇心は罪悪、か。
ユァンはひとり、頬を叩いて息をつく。
そんな時、同じ修道士のルカが後ろから声をかけてきた。
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