上 下
8 / 115
第1章 バルトロメオ

第8話

しおりを挟む
(やっぱり昨日のこと、誰かに言った方がいいのかもしれない……)

結局最後まで祈りに集中できないまま、ユァンは礼拝堂の外へ出る。
すると外回廊の少し先を歩く、ペティエ神父の後ろ姿が目に映った。

追いかけていって昨日のことを聞くべきなのか?
勇気が出ないまま、どうしようかと思案しあんしていた時。

「いかがなさったのですか、その頭は」

ユァンより先に別の修道士が神父に声をかけた。
彼は普段からペティエ神父と親しく話している姿をよく見かける。
はたから見れば気の置けない仲にも見えた。

ところが。
話しかけられたペティエ神父はびくりと肩を揺らすと、「なんでもない」と言い捨て、歩く速度を速めてしまった。

「しかしその包帯は……。お怪我をなすったのでは?」

若い修道士が追いすがる。

「だから、なんでもないと言っている! くだらないことに興味を持つな」
「……ですが、皆もきっと心配しております。我らが敬愛けいあいするペティエ神父に、いったい何があったのかと」

ユァンのように倒れた姿を見なくても、やはりあの包帯は気になるらしい。
そんな彼にペティエ神父は足を止め、顔を寄せて言った。

「よいか! 神につかえる身として、いらぬ好奇心は罪悪ざいあくだぞ?」

沈黙は金、おしゃべりや好奇心は眉をひそめるべきものだ。
そうした価値観は勤勉きんべんを重んじるこの修道院に、また教会全体にも浸透している。

『好奇心は罪悪』とまで言われ、修道士の彼もさすがに渋い顔をして口を閉じた。
心配して聞いただけだろうに、少し気の毒だ。

しかし、今のペティエ神父の口ぶりはいったいどういうことなんだろうか。
普段の神父を見ると気さくなおしゃべりはわりと好きそうなのに、いま頭の包帯のことについては話すことを拒絶していた。
それには何か、理由がありそうだ。

(もしかして、加害者のことを庇ってる?)

神は、あらためたものを許したまう。
神父は口をつぐんでいることで、自分に怪我させた者――おそらく鍬を持っていた人物――の改心かいしんを促そうとしているのかもしれない。
だとしたらあれは修道院内部の人間だったんだろうか。

そう考え思い返してみても、ユァンにはあれが誰だか分からなかった。
あそこは暗がりで顔がよく見えなかったし、いきなり攻撃に出られて気が動転していたこともある。
ここの修道服と同じような、暗い色の服を身につけていた気はするが……。

どうにも違和感があった。
ペティエ神父は今、感情的になってみえる。
それが他人のことより、自分自身を守ろうとしている姿のように感じられて。

(あっ……)

物思いにふけりつつ後ろを歩いていると、振り返ったペティエ神父と目が合ってしまった。
ユァンはあわてて会釈する。
好奇心が罪悪なら、立ち聞きも当然罪悪だ。

しかし神父は何も言わず、そのまま事務棟じむとうの方へ行ってしまった。
ユァンもそこで反対側に道を折れ、宿舎へと戻る。

いろいろと気になるけれど、ペティエ神父本人があの様子ならユァンが口を挟むべきことは何もない。
なんだか肩の荷が下りたような、それでいて不安の残る幕引まくひきだった。

それにしても……。
顔にぶつかった、熱気を帯びた厚い胸板。
回廊に響いた低い声、汗の匂い。どうしてだろう、思い返すとひどく心を乱される。

鍬で襲われかけた恐怖より、あの胸に抱かれた感触の方が鮮烈せんれつな印象として残っているのが不思議だった。

(本当に、あの人は誰なんだろう……)

修道士たちの祈りの場である修道院は、一般には解放されていない。
あの人がどこから入り込んできたのか分からないけれど……いや、いらぬ好奇心は罪悪、か。
ユァンはひとり、頬を叩いて息をつく。

そんな時、同じ修道士のルカが後ろから声をかけてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【R18】秘奥の地でボクは男達に娶られる

杏野 音
BL
山村の分校に新卒で赴任した由貴也(22)は、村の生活にも徐々に馴染み始めていた。村祭りの夜、村の男に誘われ独身の男だけの宴席に参加した由貴也は、嫁不足を補う村の因習により男達の「妻」となることを強制される。激しい快楽の波に曝され、牝に墜とされた由貴也は男達へ服従を誓う。 閉塞した山村の因習をモチーフにした、青年が主人公の短編です。 複数、寝取られ要素もあります。半分以上は性描写になりますのでご留意ください。 全8話+α 2、3日置きぐらいで更新予定。

処理中です...