上 下
36 / 58
3章:ハワイアン・ジントニック

第5話

しおりを挟む
(前後も分からないなんて、どんだけ酔っ払ってるんだ!)

ダッシュで出ていき、波の音と車の走行音に逆らって声を張る。

「何やってるんですか! 曳かれます!」

(駄目だ、聞こえてない!)

迫るヘッドライトを見て、もう間に合わないと思った。
僕は走っていって彼の背中を突き飛ばし、一緒に反対側の歩道へ転がる。
車の作り出す風圧と走行音が、後ろから耳を襲った。

(助かった……?)

振り向いて、走り去っていく車のバックライトを見送る。
そして胸を撫で下ろした時だった。

「……いった! 何すんだ!」

海沿いのフェンスに頭から激突した相楽さんが、体を起こし僕を睨んだ。
その彼の胸元から、何かが転げ落ちる。

「……えっ?」

転げ落ちたものは自ら道を駆け、海岸の岩場へ消えていった。

「仔猫……?」
「そうだよ! 俺はただ、あいつを助けようとして」

(え、と……つまり相楽さんは、曳かれそうな仔猫を助けようとして飛び出した?)

「すみません! 僕はてっきり、相楽さんが酔っ払って道に出ていっちゃったのかと……」

近づいていって見ると、相楽さんは額に派手なすり傷を作っている。
猫を抱いていたせいで、僕に突き飛ばされた時に受け身が取れなかったんだろう。

「本当にすみません!」
「いや実際、酔ってるは酔ってるけど……」

相楽さんはフェンスに背中をつけ、空をあおぐようにして座り込む。

「だ、大丈夫ですか? どこ打ちました!? おでこ以外は」
「違う、ただ……気持ち悪ぃ」

後ろを走り抜けていった車が、一瞬、強い光で相楽さんの姿を照らし出した。
着ているTシャツは湿っていて、首筋にも汗が浮かんでいる。
顔色もずいぶん悪かった。

「本当に、あなたって人は……」

呆れてしまい、僕の方が崩れ落ちそうになる。
そもそも相楽さんが酔ってふらついていなければ、僕も彼を突き飛ばすことはなかっただろう。
だからと言って、僕が不注意で怪我させたことには変わりないけれど……。

泣きたい気分になりながら、僕は彼の体を引き起こした。

「部屋に戻りましょう。そのおでこも、消毒しないと……」

脇から抱え上げると、アルコールの香りが漂ってきた。
それからしっとりとした汗が、腕に触れるのを感じる。
支えて歩く僕に甘えるように、相楽さんが片腕を首に回してきた。

「ミズキ、なんかいい匂いがする」
「相楽さんはお酒臭いですよ……」

けれどもその匂いの不快感より、切ない愛おしさが勝ってしまう。

「本当にもう……でも生きて帰ってきたから、許します」
「なんだそれ」
「だから……心配かけすぎなんですよ!」

重い体を急いで行きずり、夜の道路を横断する。
そして肩を貸したままホテルのフロントを通過し、エレベーターに乗り込んだ。
僕がさっきまでロビーにいたのを見ていたのか、フロント係は何も言わない。
そのことに感謝しながら、エレベーターの内側に相楽さんの背中を押しつけた。

痛々しい額の傷が目に留まり、胸がぎゅっとなる。
見つめていると、彼は口の端でかすかに笑った。

「見つめるほどいい男か?」

そんな冗談を言うくせに、息が苦しげだ。

「気分悪いなら、黙っていたらどうですか?」
「それじゃなんだか、間が持たないじゃん」
「そういうこと、気にする人だとは思いませんでした」

皮肉を込めて言うと、彼の口元から苦しげな笑いが消えた。

「俺もさ、早くミズキのいるところに戻ってきたかった」
「で、どこ行ってたんですか?」

聞いてほしかったのかな、と思いながら返す。
すると相楽さんの片頬に、歪んだ笑いが浮かんだ。

「おねえちゃんのいる店?」
「は……?」
「……に、連れていかれて、すっごい大歓迎された」
「はあ……」

それをどんな思いで口にしているのか、僕には理解できない。
自慢にしては悲しげだし、口ぶりからしてオチがある話でもなさそうだ。

「それで?」

首をかしげつつ先を促すと、エレベーターの壁に寄りかかっていた彼が、僕の肩に軽くもたれかかってきた。

「いま言っただろ、ミズキに会いたくなったって話だ」
「キレイなお姉さんより、僕がいいんですか?」
「んー、なんでだろうな。最近ずっとそう」

相楽さんの笑った吐息が、首筋に当たる。
胸が甘く疼いた。

「それにしては、全然帰ってこないじゃないですか」

エレベーターがポーンと鳴り、客室のあるフロアに到着する。
相楽さんは不快感が収まったのか、自らエレベーターを下り、僕のあとに付いてきた。

「あー……せっかく橘さんに頼んで、ミズキと同室にしてもらったのに」

そう言いながら相楽さんが、手前のベッドに突っ伏す。

「今日はもう、何もできそうにない」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。 キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。 高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。 メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...