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3章:ハワイアン・ジントニック
第5話
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(前後も分からないなんて、どんだけ酔っ払ってるんだ!)
ダッシュで出ていき、波の音と車の走行音に逆らって声を張る。
「何やってるんですか! 曳かれます!」
(駄目だ、聞こえてない!)
迫るヘッドライトを見て、もう間に合わないと思った。
僕は走っていって彼の背中を突き飛ばし、一緒に反対側の歩道へ転がる。
車の作り出す風圧と走行音が、後ろから耳を襲った。
(助かった……?)
振り向いて、走り去っていく車のバックライトを見送る。
そして胸を撫で下ろした時だった。
「……いった! 何すんだ!」
海沿いのフェンスに頭から激突した相楽さんが、体を起こし僕を睨んだ。
その彼の胸元から、何かが転げ落ちる。
「……えっ?」
転げ落ちたものは自ら道を駆け、海岸の岩場へ消えていった。
「仔猫……?」
「そうだよ! 俺はただ、あいつを助けようとして」
(え、と……つまり相楽さんは、曳かれそうな仔猫を助けようとして飛び出した?)
「すみません! 僕はてっきり、相楽さんが酔っ払って道に出ていっちゃったのかと……」
近づいていって見ると、相楽さんは額に派手なすり傷を作っている。
猫を抱いていたせいで、僕に突き飛ばされた時に受け身が取れなかったんだろう。
「本当にすみません!」
「いや実際、酔ってるは酔ってるけど……」
相楽さんはフェンスに背中をつけ、空をあおぐようにして座り込む。
「だ、大丈夫ですか? どこ打ちました!? おでこ以外は」
「違う、ただ……気持ち悪ぃ」
後ろを走り抜けていった車が、一瞬、強い光で相楽さんの姿を照らし出した。
着ているTシャツは湿っていて、首筋にも汗が浮かんでいる。
顔色もずいぶん悪かった。
「本当に、あなたって人は……」
呆れてしまい、僕の方が崩れ落ちそうになる。
そもそも相楽さんが酔ってふらついていなければ、僕も彼を突き飛ばすことはなかっただろう。
だからと言って、僕が不注意で怪我させたことには変わりないけれど……。
泣きたい気分になりながら、僕は彼の体を引き起こした。
「部屋に戻りましょう。そのおでこも、消毒しないと……」
脇から抱え上げると、アルコールの香りが漂ってきた。
それからしっとりとした汗が、腕に触れるのを感じる。
支えて歩く僕に甘えるように、相楽さんが片腕を首に回してきた。
「ミズキ、なんかいい匂いがする」
「相楽さんはお酒臭いですよ……」
けれどもその匂いの不快感より、切ない愛おしさが勝ってしまう。
「本当にもう……でも生きて帰ってきたから、許します」
「なんだそれ」
「だから……心配かけすぎなんですよ!」
重い体を急いで行きずり、夜の道路を横断する。
そして肩を貸したままホテルのフロントを通過し、エレベーターに乗り込んだ。
僕がさっきまでロビーにいたのを見ていたのか、フロント係は何も言わない。
そのことに感謝しながら、エレベーターの内側に相楽さんの背中を押しつけた。
痛々しい額の傷が目に留まり、胸がぎゅっとなる。
見つめていると、彼は口の端でかすかに笑った。
「見つめるほどいい男か?」
そんな冗談を言うくせに、息が苦しげだ。
「気分悪いなら、黙っていたらどうですか?」
「それじゃなんだか、間が持たないじゃん」
「そういうこと、気にする人だとは思いませんでした」
皮肉を込めて言うと、彼の口元から苦しげな笑いが消えた。
「俺もさ、早くミズキのいるところに戻ってきたかった」
「で、どこ行ってたんですか?」
聞いてほしかったのかな、と思いながら返す。
すると相楽さんの片頬に、歪んだ笑いが浮かんだ。
「おねえちゃんのいる店?」
「は……?」
「……に、連れていかれて、すっごい大歓迎された」
「はあ……」
それをどんな思いで口にしているのか、僕には理解できない。
自慢にしては悲しげだし、口ぶりからしてオチがある話でもなさそうだ。
「それで?」
首をかしげつつ先を促すと、エレベーターの壁に寄りかかっていた彼が、僕の肩に軽くもたれかかってきた。
「いま言っただろ、ミズキに会いたくなったって話だ」
「キレイなお姉さんより、僕がいいんですか?」
「んー、なんでだろうな。最近ずっとそう」
相楽さんの笑った吐息が、首筋に当たる。
胸が甘く疼いた。
「それにしては、全然帰ってこないじゃないですか」
エレベーターがポーンと鳴り、客室のあるフロアに到着する。
相楽さんは不快感が収まったのか、自らエレベーターを下り、僕のあとに付いてきた。
「あー……せっかく橘さんに頼んで、ミズキと同室にしてもらったのに」
そう言いながら相楽さんが、手前のベッドに突っ伏す。
「今日はもう、何もできそうにない」
ダッシュで出ていき、波の音と車の走行音に逆らって声を張る。
「何やってるんですか! 曳かれます!」
(駄目だ、聞こえてない!)
迫るヘッドライトを見て、もう間に合わないと思った。
僕は走っていって彼の背中を突き飛ばし、一緒に反対側の歩道へ転がる。
車の作り出す風圧と走行音が、後ろから耳を襲った。
(助かった……?)
振り向いて、走り去っていく車のバックライトを見送る。
そして胸を撫で下ろした時だった。
「……いった! 何すんだ!」
海沿いのフェンスに頭から激突した相楽さんが、体を起こし僕を睨んだ。
その彼の胸元から、何かが転げ落ちる。
「……えっ?」
転げ落ちたものは自ら道を駆け、海岸の岩場へ消えていった。
「仔猫……?」
「そうだよ! 俺はただ、あいつを助けようとして」
(え、と……つまり相楽さんは、曳かれそうな仔猫を助けようとして飛び出した?)
「すみません! 僕はてっきり、相楽さんが酔っ払って道に出ていっちゃったのかと……」
近づいていって見ると、相楽さんは額に派手なすり傷を作っている。
猫を抱いていたせいで、僕に突き飛ばされた時に受け身が取れなかったんだろう。
「本当にすみません!」
「いや実際、酔ってるは酔ってるけど……」
相楽さんはフェンスに背中をつけ、空をあおぐようにして座り込む。
「だ、大丈夫ですか? どこ打ちました!? おでこ以外は」
「違う、ただ……気持ち悪ぃ」
後ろを走り抜けていった車が、一瞬、強い光で相楽さんの姿を照らし出した。
着ているTシャツは湿っていて、首筋にも汗が浮かんでいる。
顔色もずいぶん悪かった。
「本当に、あなたって人は……」
呆れてしまい、僕の方が崩れ落ちそうになる。
そもそも相楽さんが酔ってふらついていなければ、僕も彼を突き飛ばすことはなかっただろう。
だからと言って、僕が不注意で怪我させたことには変わりないけれど……。
泣きたい気分になりながら、僕は彼の体を引き起こした。
「部屋に戻りましょう。そのおでこも、消毒しないと……」
脇から抱え上げると、アルコールの香りが漂ってきた。
それからしっとりとした汗が、腕に触れるのを感じる。
支えて歩く僕に甘えるように、相楽さんが片腕を首に回してきた。
「ミズキ、なんかいい匂いがする」
「相楽さんはお酒臭いですよ……」
けれどもその匂いの不快感より、切ない愛おしさが勝ってしまう。
「本当にもう……でも生きて帰ってきたから、許します」
「なんだそれ」
「だから……心配かけすぎなんですよ!」
重い体を急いで行きずり、夜の道路を横断する。
そして肩を貸したままホテルのフロントを通過し、エレベーターに乗り込んだ。
僕がさっきまでロビーにいたのを見ていたのか、フロント係は何も言わない。
そのことに感謝しながら、エレベーターの内側に相楽さんの背中を押しつけた。
痛々しい額の傷が目に留まり、胸がぎゅっとなる。
見つめていると、彼は口の端でかすかに笑った。
「見つめるほどいい男か?」
そんな冗談を言うくせに、息が苦しげだ。
「気分悪いなら、黙っていたらどうですか?」
「それじゃなんだか、間が持たないじゃん」
「そういうこと、気にする人だとは思いませんでした」
皮肉を込めて言うと、彼の口元から苦しげな笑いが消えた。
「俺もさ、早くミズキのいるところに戻ってきたかった」
「で、どこ行ってたんですか?」
聞いてほしかったのかな、と思いながら返す。
すると相楽さんの片頬に、歪んだ笑いが浮かんだ。
「おねえちゃんのいる店?」
「は……?」
「……に、連れていかれて、すっごい大歓迎された」
「はあ……」
それをどんな思いで口にしているのか、僕には理解できない。
自慢にしては悲しげだし、口ぶりからしてオチがある話でもなさそうだ。
「それで?」
首をかしげつつ先を促すと、エレベーターの壁に寄りかかっていた彼が、僕の肩に軽くもたれかかってきた。
「いま言っただろ、ミズキに会いたくなったって話だ」
「キレイなお姉さんより、僕がいいんですか?」
「んー、なんでだろうな。最近ずっとそう」
相楽さんの笑った吐息が、首筋に当たる。
胸が甘く疼いた。
「それにしては、全然帰ってこないじゃないですか」
エレベーターがポーンと鳴り、客室のあるフロアに到着する。
相楽さんは不快感が収まったのか、自らエレベーターを下り、僕のあとに付いてきた。
「あー……せっかく橘さんに頼んで、ミズキと同室にしてもらったのに」
そう言いながら相楽さんが、手前のベッドに突っ伏す。
「今日はもう、何もできそうにない」
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