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2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ
第3話
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「それでさ、ミズキ、ここんとこなんだけど」
相楽さんが僕のデスクまできて、PCのモニタを覗き込む。
「チークとファンデは外して、アイシャドウを大きく見せてくれって、クライアントが」
「分かりました」
返事をしながら、モニタでなく近づいてきた相楽さんの横顔を見てしまう。
意志の強さを示すような、くっきりとした鼻梁が美しい。
相楽さんはそんな僕の視線に気づいたのか、こちらを見てかすかに目を細める。
けれども本当にそれだけで、他のデザイナーのデスクへ移動していった。
(ふう……)
緊張から解放され、思わずため息が出る。
あれから。
僕と相楽さんで提案したクレアポルテの広告デザインがクライアントに受け入れられ、新しいキャンペーンのポスターとして正式な発注を受けた。
写真素材の差し替えや、細かなデザインの修正依頼は来ているけれど、アイデアやベースの部分はそのまま使ってもらえている。
僕も初めてデザイナーとしての仕事を与えられ、嬉々としてその作業に取り組んでいる。
真新しいデスクとPCも、そろそろ使い慣れてきた。
(相楽さんに見とれてる場合じゃなかった。ポスターの修正、ちゃちゃっとやっちゃおう)
そんな時スタッフのひとりが、立ち上がってみんなを見回す。
「そろそろメシ行きません?」
「ちょうどキリがいいから付き合うわ」
「俺も~」
何人かが答えた。
「社長たちは?」
「俺は、あと少ししたら出かけなきゃいけないから」
相楽さんは時計を見上げる。
「僕は愛妻弁当」
橘さんは少し照れくさそう顔で、デスクの上の包みに目を向けた。
結局、僕と相楽さん、それに橘さんだけが事務所に残ることになった。
ちなみにテンクーデザインは、ヒラのデザイナーが僕を入れて7人、コピーライターが1人、それにチーフデザイナーの橘さん、社長兼アートディレクターの相楽さんという構成だ。
あと事務の人がいてもよさそうな気がするけれど、会社の事務は相楽さんと橘さんでなんとかやっているらしい。
この2人がテンクーデザインの設立メンバーだ。
相楽さんが広告代理店から独立して事務所を立ち上げる時、同僚だった橘さんを引き抜いた形だ。
そんな話を橘さんから、前にちらっと聞いていた。
実際スタンドプレーヤーの相楽さんが組織をまとめることは難しく、橘さんがスタッフと相楽さんを繋ぐハブとして動いている。
相楽さんもこういう役割を期待して、橘さんを引き抜いたんだろう。
ここ1カ月みんなのことを観察し、僕はそんなふうに思っていた。
「相楽と荒川くんって何かあった?」
弁当の包みを開けながら橘さんが聞いてきて、僕はドキッとする。
――ミズキなら、抱いてもいいと思ったから。
あの発言があって以来、僕は相楽さんのことを意識せずにはいられずにいた。
「何かって?」
相楽さんが、不思議そうに聞き返した。
橘さんが苦笑いを浮かべる。
「その『何か』が分からないから聞いてるんだけど」
心当たりがないのか、相楽さんは釈然としない顔を僕に向けた。
(僕にあんなこと言っておいて、この人すっかり忘れてるんじゃ……)
忘れてしまったなら、あの言葉は相楽さんにとってどうでもいいことだったんだろう。
男を抱けるか抱けないか。
酒の席での戯れみたいな発言だったに違いない。
(この人は、人の気持ちを掻き乱しておいて)
相楽さんと顔を見合わせながら、思わずムッとしてしまう。
もともと彼に対して特別な感情があったわけじゃないけれど、嫌でも意識してしまっていただけに、裏切られたような気持ちになった。
「えっ、ミズキなんか怒ってんの?」
「いえ……怒ってません」
「相楽、ちゃんと思い出して謝っておいた方がいいよ?」
橘さんが、笑いを含んだ声で言ってくる。
「本当に何もないですよ……」
(思い出されたら、余計にギクシャクしそうだし)
「え……ちょっと待って、いま思い出す!」
「だから、思い出さなくていいですから!」
相楽さんと言い合いながら、なんだか胸が痛かった。
相楽さんが僕のデスクまできて、PCのモニタを覗き込む。
「チークとファンデは外して、アイシャドウを大きく見せてくれって、クライアントが」
「分かりました」
返事をしながら、モニタでなく近づいてきた相楽さんの横顔を見てしまう。
意志の強さを示すような、くっきりとした鼻梁が美しい。
相楽さんはそんな僕の視線に気づいたのか、こちらを見てかすかに目を細める。
けれども本当にそれだけで、他のデザイナーのデスクへ移動していった。
(ふう……)
緊張から解放され、思わずため息が出る。
あれから。
僕と相楽さんで提案したクレアポルテの広告デザインがクライアントに受け入れられ、新しいキャンペーンのポスターとして正式な発注を受けた。
写真素材の差し替えや、細かなデザインの修正依頼は来ているけれど、アイデアやベースの部分はそのまま使ってもらえている。
僕も初めてデザイナーとしての仕事を与えられ、嬉々としてその作業に取り組んでいる。
真新しいデスクとPCも、そろそろ使い慣れてきた。
(相楽さんに見とれてる場合じゃなかった。ポスターの修正、ちゃちゃっとやっちゃおう)
そんな時スタッフのひとりが、立ち上がってみんなを見回す。
「そろそろメシ行きません?」
「ちょうどキリがいいから付き合うわ」
「俺も~」
何人かが答えた。
「社長たちは?」
「俺は、あと少ししたら出かけなきゃいけないから」
相楽さんは時計を見上げる。
「僕は愛妻弁当」
橘さんは少し照れくさそう顔で、デスクの上の包みに目を向けた。
結局、僕と相楽さん、それに橘さんだけが事務所に残ることになった。
ちなみにテンクーデザインは、ヒラのデザイナーが僕を入れて7人、コピーライターが1人、それにチーフデザイナーの橘さん、社長兼アートディレクターの相楽さんという構成だ。
あと事務の人がいてもよさそうな気がするけれど、会社の事務は相楽さんと橘さんでなんとかやっているらしい。
この2人がテンクーデザインの設立メンバーだ。
相楽さんが広告代理店から独立して事務所を立ち上げる時、同僚だった橘さんを引き抜いた形だ。
そんな話を橘さんから、前にちらっと聞いていた。
実際スタンドプレーヤーの相楽さんが組織をまとめることは難しく、橘さんがスタッフと相楽さんを繋ぐハブとして動いている。
相楽さんもこういう役割を期待して、橘さんを引き抜いたんだろう。
ここ1カ月みんなのことを観察し、僕はそんなふうに思っていた。
「相楽と荒川くんって何かあった?」
弁当の包みを開けながら橘さんが聞いてきて、僕はドキッとする。
――ミズキなら、抱いてもいいと思ったから。
あの発言があって以来、僕は相楽さんのことを意識せずにはいられずにいた。
「何かって?」
相楽さんが、不思議そうに聞き返した。
橘さんが苦笑いを浮かべる。
「その『何か』が分からないから聞いてるんだけど」
心当たりがないのか、相楽さんは釈然としない顔を僕に向けた。
(僕にあんなこと言っておいて、この人すっかり忘れてるんじゃ……)
忘れてしまったなら、あの言葉は相楽さんにとってどうでもいいことだったんだろう。
男を抱けるか抱けないか。
酒の席での戯れみたいな発言だったに違いない。
(この人は、人の気持ちを掻き乱しておいて)
相楽さんと顔を見合わせながら、思わずムッとしてしまう。
もともと彼に対して特別な感情があったわけじゃないけれど、嫌でも意識してしまっていただけに、裏切られたような気持ちになった。
「えっ、ミズキなんか怒ってんの?」
「いえ……怒ってません」
「相楽、ちゃんと思い出して謝っておいた方がいいよ?」
橘さんが、笑いを含んだ声で言ってくる。
「本当に何もないですよ……」
(思い出されたら、余計にギクシャクしそうだし)
「え……ちょっと待って、いま思い出す!」
「だから、思い出さなくていいですから!」
相楽さんと言い合いながら、なんだか胸が痛かった。
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