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西向きの向日葵2
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「ねえねえ、由依子。あの人って由依子のお兄ちゃんに似てない?」
「えっ?どこ?」あーあ、ほんとだ。なんでこの街にいるの?帰ってくるなら来るって言っといてよ。
「あそこの本屋さんに入っていった人だよー」
「えー、見てなかったからなあ。ごめん。分かんない」
「由依子はめっちゃ洋服のセンスいいのにお兄ちゃんはなんか冴えないねえ。由依子が服選んであげればいいのに。」
「なんで私が選ばなくちゃならないのよ。それにお兄ちゃんはもう大学生だよ?自分でどうにかするっしょ。でも私のいる街でダサい格好するのやめてほしいなあ。もう、涼子ぉ、他の子に言わないでよね、お兄ちゃんのこと。ほんとに恥ずかしいんだから。」
「分かってるって。うちも兄ちゃんヲタクで引きこもりだから世間に恥ずかしい身内を持った気持ちは分かるよ。由依子のお兄ちゃんは他県の大学?」
「うん。そうだよ。山口県で一人暮らし。もっと遠くに行ってくれればよかったのに。」
「いいじゃん!他県だし、海挟んでるんだから!うちなんて同じ県に住んでるんだよ?まあ、一人暮らししてくれてるだけいいけど、一回お母さんと一緒にお兄ちゃんの部屋行ったらもうカオスだった。もう一生入りたくない。あの人と同じ人間ってのが悲しくなったもん。」
「あ、それわかる。私は涼子に比べたら恵まれてる方かあ。しょうがないな。許してやるか」
別に涼子程嫌ってはいないのだが、ダサい格好で街を歩かないでほしいとは思う。昔からそうなのだ。兄と妹という構成では、おさがりシステムが使えない。使える人もいるのだろうが、幸か不幸か私は母に似て黒髪ロングが似合い、色白で小顔だからボーイッシュからはかけ離れている。おかげで小さいころから兄のTシャツを着ることなんてなかった。もっと前からかもしれないが、私が中学二年生の頃から兄がダサくなった気がする。ほんとに何があったんだろう。服を買いに行ってもポロシャツ、Tシャツ。おしゃれ着というものを欲しがっているのを見たことが無い。両親が好きに選んでいいと言っているのになんでそんな服ばっかり選ぶのか気が知れない。私はといえば持ち前の美的センスでいっつも綺麗系の服を買ってもらってきた。お兄ちゃんの服を選んであげるなんて癪だし、なるべくなら口もききたくないけど、今日は家に帰ったら文句を言ってやろうかな。
今日は実家のある街に帰ってきた。正直隣の県から来るだけなので、金銭的にも時間的にも負担が少ないのが一人暮らしの身からすればありがたい。今日は久しぶりの休日で戻ってきた。あまり休みが取れない生活をしているので休みができ次第(月に一度程度だが)実家に帰ってきて家族と過ごしている。これでも帰ってきている方だと思う。うちの家庭はとても仲がいい。俺の友達にはこんなに頻繁に実家に帰る奴なんていない。地理的に不可能な奴はいるが、同じ高校だった友達は盆の三日だけしか帰らないらしい。俺が今実家に帰る主な理由は二つある。病気で入院中の父を見舞うため。かわいい妹に会うため。父の見舞いは明日するとして、今日は土曜日だが、母はパートで、妹は土曜授業で午前中は学校で家には誰もいない。一人で実家にいても正直、することなどないので街に出て本屋に入った。正確には古本屋だ。昔から読書が好きなのだが、本というのは読書好きにお金と時間を浪費させる悪魔だ。はまったら最後、財布の底が見えなくなる。そのため本好きが本屋に入るにはいくつかのルールがある。一つ目は財布に大金を入れていかないこと。(俺の場合は1000円以上入れない)二つ目は、店頭に出ている小説コーナーを見ないこと。三つめは、試し読みはそ作品の世界観に引き込まれる前にやめること。この三つは鉄則だと思う。1000円しか入れていないとハードカバーの本は買えない。そんなときに運命的なハードカバーにであってしまった時は大変な騒ぎになる。(自分の中で)「買うのか?買わないのか?いや、買おうか。買おうよ。でもなあ。買っていいって。高いし…家に戻れば金あるじゃん。買えんこともないよなあ。買おうかな。ほんとにいいのかな。買っちゃえ買っちゃえ。」自分の中でこのような議論がなされて(終始買う方が優勢な気はする)結果的に古本屋でその本を探すというところに落ち着くのだ。今入っている古本屋は高校時代からよく使っていた古本屋だ。しかし、残念ながら俺の求めるハードカバーは新刊というせいもあってか、中古であっても以前1000円未満にはなっていなかった。残念に思いながら古本屋を出る。釣りに行って大物がかかり、糸が切れてしまった気分だ。土曜の収穫がゼロなのは嫌なので古本屋の向かいにあるケーキ屋さんに入る。さすがクリスマスシーズン。通常よりも種類が多いし、心なしか鮮やかなケーキが多い。そして…高い…クリスマスシーズンって言ったってまだ11月だぞ?日本には西洋の文化が間違って伝播したらしく、ハロウィンが終わればもうクリスマスツリーやイルミネーションが街を飾りだす。妹が好きなのはチーズケーキかモンブラン。母が好きなのは洋梨のタルト。俺は…いいや。妹には先月チーズケーキを買ってやったので今月はモンブランにする。タルトとモンブランを買ってから家路につく。今日は妹に会える。嬉しいなあ。勉強でも教えてあげるかな。本は買えなくても、妹の喜ぶ顔を想像して嬉しい気分になる。早くうちに帰ろう。
土曜の午前授業はいつもだるい。宿題をやっていない人や、授業についていけていない人を対象にすればいいのに。なんで全員を対象にするんだろう。うちの中学校では土曜の午前授業のうち半分は自学の時間になる。みんなゆっくり寝ていたい休日の朝早くに起こされて登校させられているのだから、クラスの半分以上が机に突っ伏しているのも無理はない。県内トップレベルの県立高校進学クラスである私のクラスでさえこのありさまなのだから他のクラスの連中は想像に難くない。先生もクラスに一人監視についているのだが、たいてい教卓で読書をしているか、腕組みして目を瞑っている(本人的には寝ていないらしい)。この2コマの時間が本当に無駄なのだ。受験を控えた私たちのクラスではそこそこのモチベーションが保たれている方だが。正直生徒の半分は、土曜授業を無くしてほしいと思っている。もう半分は自学に充てられている時間でも授業をやってほしいと思っている。
睡魔との戦いを終えて帰りの時間になるとみんな友人と一緒になって、買い物に行くだの、カラオケに行くだの、図書館に行くだの、
「由依子、私彼氏と今からデートだから今日は舞たちと遊んでね!」デートに行くだの…は?リョ、ウ、コ?『デート』『彼氏』?
アナタハ、ナニヲオッシャッテイルノデスカ?「り、涼子…彼氏って?」
「あれえ、言ってなかったけえ?隣にある高校の一年生だよ~」んなっ!きいてないよ。わざと黙ってたな。涼子の裏切り者!しかも年上だと…最近急に志望高校が変わったのはこれが原因か。納得した。
「舞!今日はこないだ涼子が行きたがってた映画観に行って、カラオケに行って、買い物もして、前に見つけたカフェに行こう。二人でめっちゃくちゃ遊ぼう、今日は。」くらえ!
「そうだねぇ。由依子ちゃん。涼子には王子様に任せとこう。」ナイス、舞ちゃん
「えええ、ずるいずるい。私も行きたい。」
「でも、私たち今日どうしても行きたいんだよなあ。」
「うーん。待って、彼に連絡してデートパスするから!私も行く!」
舞と私は涼子の子の発言で顔を見合わせてニヤけた。そして舞が言う。
「ごぉーかぁーく!涼子はさすが私たちの親友だよ!」
「涼子の焦った顔かわいかったぁ。待ち合わせ時間に遅れるぞ!ほら、スカート丈もうちょっと短くして、髪下ろして、リップくらいつけて!そんなんしてると時間は無いぞ!行って来い!我らが涼子!」
「舞!由依子!やられたあ。もう、悪い冗談はよしてよぉ。行ってくる!」
涼子め。背伸びしちゃって。ほんとに面白い友達だ。今日は舞と二人で図書館に行って勉強しようかな。いつもなら私の家にでも呼んで勉強したいところなのだが、今日はお兄ちゃんがいるかもしれない。友達をあんなお兄ちゃんに会わせたくない。図書館で勉強してなるべく遅くに帰ろうっと。夕飯も舞と外で食べて帰ろうかな。そうだ、そうしよう。母さんにメールしとこう。
帰ってきたのはいいが妹がなかなか帰ってこない。俺とは違って頭のいい由依子は勉強熱心なのだろう。きっと外で友達と勉強しているのだろう。さすがに俺も高校の学習内容くらいは理解している。由依子が帰ってきてもし分からない問題があれば教えてやろう。そのために高校の時の教科書を引っ張り出してきてさっきから読んでいる。かわいい妹のためだ。こんな休日の過ごし方をみんなはダルいとか思うのかもしれないが、俺にとっては最高の休日だ。第一妹に会えるというだけで最高だ。隣の県に住んでいるため、ひと月に一回しか会えないのだ。自分は世に言う「シスコン」というものなのかもしれないと悟ったのは中学生の時だ。友達の話す友達の妹と、俺の話す由依子が全然違った。みんなはうっとうしいだの、わがままだのめんどくさいだの言っていたが、俺はそんなこと一度も思ったことが無かった。妹は小さい時から俺の後ろをてくてく歩いてきていた。そしてちょっとだけ素直じゃないところがある。小さい時から、「ほら、ゆいちゃんこっちいくよ」と呼んでも少しムッとした顔で手をぶらぶらさせて動かず、俺から手を握って誘うとにっこりしてついてくる、そんな子だった。自分からはしてほしいことを素直に言えないけれど、してほしいことが兄にはバレバレなのだ。そしてそのバレていることに気付いていない。ね?かわいいだろ?小さい時から少しひねくれていて、こんな習慣があった。由依子が俺の誕生日の数日前に俺に「お兄ちゃん何色が好きなの?」って聞いてくる。俺は毎年「青」と答える。するといたずらっぽく笑うと去っていく。そして誕生日の当日、見事に「青」じゃないバースデーカードと「青」じゃないペンやキーホルダーをくれた。由依子が中学生になったころからバースデーカードすらもらえなくなって少し寂しい気もするが、今まで一度も「青」の物をもらったことが無い。絶対わざとだ。かわいいやつだなあ。あいつは小さいときお兄ちゃんと結婚すると言っていた。(先に述べたような性格なので直接言ってきたことは無い。母から聞いた話だ。)俺は兄としていつも妹が幸せであってほしいと思っている。毎年こちらからはちゃんとバースデーカードをプレゼントに添えて贈っている。今回実家に帰ってきた目的は三つあるといったが、実はもう一つ、目的というか、ミッションがある。もうそろそろ妹の誕生日だ。来月の帰省は妹の誕生日に合わせることになるだろう。その時のプレゼントを決めるヒント探しだ。つまり、妹となるべく会話をして何が欲しいのかさりげなく探っておくのだ。兄にとってこれは大事な極秘任務だ。だから、今言ったように今日は妹となるべく多く会話したいのだ。妹が大きくなっていくにつれて、ほしがっているものを予想できなくなってくる。同じ女でも、彼女にプレゼントを上げるのとはわけが違う。しかも身内だからこそ、期待外れだったときはそれがこちらに伝わってくるような反応をする。それなりの覚悟が必要なのだ。まぁ、とりあえずは妹が帰ってくるまではいろいろ考えたとしても何も始まらない。今日の夕食でも作って待っておくとしよう。
結局私は今、舞と一緒に図書館で勉強している。デート中の涼子と比べればなんと学生らしい厳しい現実だろう。でもまさか涼子みたいな元気の塊みたいな女子に彼氏ができるなんて。先を越されるなんて思っても見なかった。嫉妬ではない。むしろ親友として、涼子に彼氏ができて良かったと思っている。あんな涼子をもらってくれる男の子がこの世にいると分かって安心した。私と舞とは正反対で、涼子は女子というより男子に近い。涼子、大事にしてもらうんだよ。そしてその人を離しちゃだめだからね。と、彼氏のいない私たち二人は上から目線でさっきまで、涼子について話していた。舞も私も今は…今まで彼氏はいたことないけど
「ちょっとぉ、芽衣子ぉ。私は彼氏いたことあるんですけどぉ。もうっ。」
あ、そうだった。目の前で舞が頬を膨らませている。怒っている舞でさえこんなにかわいいのに。なんで彼氏がいないんだろう。あぁ、このおっとりしすぎているのが苦手な男子もいるのかなぁ。先程から舞と私はお互いにいかにかわいいかの言い合いをしている。馬鹿だ。嘘八百をお互い並べ立てて恥ずかしくなって二人でニヤけている。たまには勉強の合間にこんな時間を過ごすのもいいだろう。そのうち二人とも彼氏の理想像の話になってくる。
「舞ってあれでしょ、意外にもスポーツのできる人とかが好きなタイプだったよねぇ?」
「そうよ。でも、意外って失礼じゃなぁい?私がおっとりしているからこそ、しっかりさんが好きなんじゃない。ちゃぁんと私をリードしてくれないと。私しっかりした男の子を甘やかしたいタイプなの。」
「うわぁ、舞に甘やかされたら骨抜きになるな。日焼けした思いっきり運動部のような男子でも半年も一緒にいればふんわりした雰囲気の優男だね。私を甘やかしてよぉ。」
「はいはい、いい子ですねぇ、芽衣子ちゃん。芽衣子にはお兄さんがいるじゃない。私はお兄ちゃんとかいないから憧れるなあ。頼れる存在って言えば王道はお兄ちゃんじゃない?私の理想はねぇ、帰ったらお菓子とお茶を用意してくれて、『舞、今日はお前の好きなケーキを買ってきたよ。』とか言ってくれて、いつも私のこと考えていてくれてぇ。あ、あとね、料理が上手で、さわやかで、背が高くて、ぇ」
「いやいや、舞、現実はそんなに甘くないよ。舞ってばどんな漫画見たらそんな夢抱くのよ。」
「え?でも、私芽衣子のお兄ちゃん嫌いじゃないなぁ。」
「はぁ?どこがいいのよ、あんなの。お節介だし、いつまでも私を子供みたいに扱うしぃ、いろいろ親みたいに話しかけてくるし。いや、もういたらいたで大変だよ。」
「小学生と中学生の時とかよく芽衣子の家に行ってたじゃない?その時にたまにお兄さんいて、いいなぁって思ってたの。だってまぁまぁかっこいい方じゃない?それにたまに二人で宿題悩んでたら教えてくれたし、いつもジュース持ってきてくれた。なかなかいないと思うけどなぁ。あんなに面倒見のいいお兄さん。」
「そうかなぁ、でも、舞から見たら面倒見が良くてもあれが毎日続くときついものもあるよ。」
舞にはわからないだろう。兄を持つとどれだけ大変か。兄弟はもはや自分を写す鏡だ。兄がダメなところを友達に見られると私までそうだと思われる。しかも、弟なら文句も言えるだろうが、兄は年上だからはっきりということはできない。精神的に疲れてしまう。結局今日は学校の宿題を終わらせただけでお開きになりそうだ。舞はこの後用事があるらしく夕食を一緒に取れそうにない。それにさっき送ったメールにお母さんから「今日はお兄ちゃんが帰ってきているから家族でご飯を食べましょう」と返信が来たから帰らなければならない。帰りたくないなぁ。帰るとお兄ちゃんがいる。せめて母さんが帰ってからでないと家にお兄ちゃんと二人っきりとか耐えられない…ちょっと寄り道して帰ろう。
妹がなかなか帰ってこない。少し心配な俺。もうだいぶん外は暗くなっている。そろそろ制服だけでは寒いころではないだろうか。風邪ひくと可哀想だしなぁ。でも母さんから夕飯作るのも任されていて今手が離せない。今日の夕飯は肉じゃがだ。肉じゃがは、ジャガイモのお蔭で安くボリュームたっぷりなメニューだ。早く作ってしまって一回電話でもしてみよう。固定電話と携帯電話で通話すると少し高いが仕方がない。
肉じゃがはとりあえず作り終わった。今は八時だ。母が帰ってくるのは八時半。たまには子供たち二人で出迎えてやりたい。芽衣子ももうさすがに図書館を出ているだろう。図書館に向かって歩いていけば、たとえ芽衣子が図書館ではなく、息抜きで遊びに行っていたとしても会えるだろう。まずは電話をかけてみる。あれ?なかなかでないなあ。カバンの中に入れていて聞こえていないのかなあ。カバンの中に携帯があるということは、帰路についているということだろうか。少し厚めの上着を羽織って、芽衣子のコートも持って外に出る。ううぅ、外は寒い。さっきまで料理をしていたから温かかった。だからこそ逆に寒く感じられた。こんな中で制服だけではほんとに風邪をひてしまう。玄関の鍵を閉めて小走りに出ていく。
ああぁ、びっくりしたぁ。まさかお兄ちゃんが出てくるとは。しかも電話まできたし。家の電話番号だったからお母さんからかとも思ったがお母さんからなら携帯でかかってくるはずだ。お兄ちゃんからの電話に間違いないと思い、無視していたのだ。お兄ちゃんと電話って…やめてよ、耳元でお兄ちゃんの声とか…
さっきからお母さんにメールをし続けているがまだ帰ってきていないようだったから家の前の曲がり角でお母さんを待っていたのだ。そしたらお兄ちゃんから電話はかかってくるし、家から飛び出してくるし。こんなところ見られたらさすがに不審がられる。冬の寒い中、家に入らず家の前で隠れている娘。言い訳なんて思いつかない。しかも今お兄ちゃんは私のコートを手に持っていた。私を迎えに行くのはいいが、お兄ちゃんからコートを手渡されるなんて嫌だ。もし友達に見られでもしたら恥ずかしいじゃない。それにしても寒い。着ているのはスカートだからとっても寒い。次からは最初からコート着用で学校に行こう。カイロも持っていかなくては行けない。というか、早くお母さん帰ってきて。早く家に入りたい。いつもお母さんは仕事をしているから家の鍵は持っている。でも今家に入るとお兄ちゃんが帰ってきてから、私がどこに行っていたのか詮索されてしまう。もう何分もここにいるのだ。そこでふと後ろから視線を感じた気がして振り返る。すると数メートル離れた電柱のあたりで何かが隠れた気がした。しばらくそちらを目を凝らして見てみたけれど暗くて何も見えない。もう一度前に向き直る。しばらく待つとやはり目線を感じる。今度はさっきよりも素早く振り返る。やはり隠れた。これは私のストーカーということになるのだろうか。初めての経験だし、とても怖い。急いで家に走っていっても鍵を空けるために手こずっているうちにつかまってしまうかもしれない。さっきお兄ちゃんは私を探しに外へ出てしまったから家の中には今は誰もいない。助けを求めようにも凍てつく寒さのせいか、他に通行人もいない。どうしよう。しばらく動かずにいても、後ろから人の気配が無くなることは無い。走って逃げたら後ろから走って追いかけられるだろう。それも怖くて動けずにいた。そんなとき、後ろから人の気配が近づいてくるのを感じた。いよいよ恐怖で膝が震えている。足が動かない。逃げないと。怖い…私の真後ろで気配が止まる。怖い。今にも泣きだしたいくらいに。そして呼吸音が聞こえてくる。私は覚悟を決めて目を瞑って走りだそうとした。その瞬間誰かに腕をつかまれる。そして耳元で聞き覚えのある声で、
「大丈夫。歩いてそのままうちに入るんだ。」と聞こえた。お兄ちゃんだった。うなずいたものの、足が言うことを聞かないのでお兄ちゃんに引きずられるようにして家に入った。入るとお兄ちゃんはただ一言、
「お風呂入れて入ってこい。」といってキッチンに入っていった。その後ゆっくりお風呂に入っている間に恐怖と、安心感がいっぺんに襲ってきて泣いた。お風呂から上がるとお母さんが帰ってきていて、話はお兄ちゃんから聞いたらしく、怒られた。そして当分は明るいうちに帰って来るように言われた。家に入らなかった理由としてお兄ちゃんがいて気まずかったからと言うと、お母さんは「あんたたち兄妹でしょう。」と笑っていたが、お兄ちゃんは少し寂しそうな顔をしていた。夕飯は肉じゃがだった。それに食後にケーキまで出た。お兄ちゃんが買ってきたらしい。何のお祝いでもないのにケーキ買ってきて意味が分からない。食べた後、精神的に疲れたし早く寝ようと思ってベッドにもぐりこんだ。宿題は終わらせてきた。すると、私の部屋のドアの向こうから、お兄ちゃんがしゃべりかけてきた。
「あの、今日は大変だったな。親父も病院だし、母さんだって女性で強くはないんだ。危ないからあんまり心配かけんなよ。」
「分かってるっ。いつもはちゃんと早く帰ってきてるし。」
「あと、俺が帰ってくるとやっぱり嫌か?今日みたいになるなら次からお前のいないうちに用事済ませてそのまま帰るけど。」
そういうことじゃないし!でも口は素直じゃなかった。
「そうしてくれるとありがたいかも。」
「そっか…分かった。おやすみ。風邪ひかないようにあったかくして寝ろよ。」
そこまで拒絶しているわけじゃない。ただ、何話していいかもわからないし、私のことずっと子ども扱いするのが嫌いなだけ。あぁ、でも今日やったことは子供みたいなことだな。自分まで嫌いになりそう。
次の日、早く寝たせいで早く目が覚めた。リビングに向かうと話し声が聞こえてきた。
「あんた、ほんとに良かったのかい?今まで一度もお前の好きにさせてあげられてないけど。」
「いいんだよ。父さんは病気になって働けないし、治療費だってかかる。母さんのパートだけじゃ大学と高校の金出すのは無理だろう。大学行きながらのバイト代もたかが知れてるしな。」
「ほんとにごめんよ。今の職場はつらいだろう。大学中退して就職したんだから、苦労してるだろう。」
「いやぁ、親切な人ばっかりだよ。それでさお願いがあるんだ。俺がいっぱい働くからさ、芽衣子を大学に行かせてやってほしいんだ。」
「何言ってんだい。長男を大学に行かせないで娘を大学に入れるなんて聞いたことが無いよ。だから携帯も解約したの?」
「いや、あいつは俺と違って頭いいから国立大に行って奨学金借りてでも上手くやっていける。知ってるか、母さん。女子は大学に行ったほうがいい旦那を見つけられる確率が上がるそうだ。だって高卒でパートをしていても出会いなんてないだろう。だからあいつには大学に行ってしっかり勉強して、いい結婚をしてほしいんだ。父さんも芽衣子が大学行くころには年金がもらえる。な?いいだろう。」
私は部屋の外で聞いていて何が何だか分からなかった。話の内容的にはもうお兄ちゃんは大学をやめているらしい。初めて知った。もう働いてる?私を大学に行かせたい?訳が分からず直接聞こうとした。その瞬間、
「母さん、このことは内緒にしといてくれよ。芽衣子のやつ優しいから、きっと嫌がる。じゃあ、俺はもう出る。芽衣子が起きちまう。適当に昼頃に父さんの見舞い行ってから帰るよ。」
私がお兄ちゃんに会いたくないだろうと配慮したのだろうか。お兄ちゃんがここまで私のことを考えてくれていて、それでも昨日の私の一言のせいで距離ができてしまったみたいで寂しくなった。
「あ、あと芽衣子に誕生日プレゼント贈るから何がいいって言ってたか後で電話して。」
いやぁ、ここまで妹に煙たがられているとは思っていなかった。まぁ、そういうお年頃なんだろう。仕方がない。朝から見舞いができる時間になるまで時間を潰しながらいろいろと考え込んでいると、もう正午になっていた。もうとっくに見舞いはできる時間になっている。父さんの病室に着き、ドアを開けるとそこには母さんと妹がいた。気まずすぎる…「後で出直すわ」と言ったところで妹が口を開けた。
「昨日はひどいこと言ってごめん。毎月来てくれて嬉しいんだよ。ただ少し子供扱いされるのが嫌だっただけなの。」そう言って青い便箋を差し出してきた。母さんが横から「帰ってから読んでってさ。」と補足した。青い便箋。持っていたんならそれでバースデーカード書けよ。真っ先にそのことが頭に浮かんできた。一応来月からもかわいい妹に会いに来てもいいようだ。父さんも事情は知っているようで笑っている。母さんに目で尋ねると首を振った。今朝の話は芽衣子に言っていないらしい。どんな心境の変化があったのか知らないが、とても嬉しい。
便箋には大きく誕生日に欲しいプレゼントが書いてあった。
「えっ?どこ?」あーあ、ほんとだ。なんでこの街にいるの?帰ってくるなら来るって言っといてよ。
「あそこの本屋さんに入っていった人だよー」
「えー、見てなかったからなあ。ごめん。分かんない」
「由依子はめっちゃ洋服のセンスいいのにお兄ちゃんはなんか冴えないねえ。由依子が服選んであげればいいのに。」
「なんで私が選ばなくちゃならないのよ。それにお兄ちゃんはもう大学生だよ?自分でどうにかするっしょ。でも私のいる街でダサい格好するのやめてほしいなあ。もう、涼子ぉ、他の子に言わないでよね、お兄ちゃんのこと。ほんとに恥ずかしいんだから。」
「分かってるって。うちも兄ちゃんヲタクで引きこもりだから世間に恥ずかしい身内を持った気持ちは分かるよ。由依子のお兄ちゃんは他県の大学?」
「うん。そうだよ。山口県で一人暮らし。もっと遠くに行ってくれればよかったのに。」
「いいじゃん!他県だし、海挟んでるんだから!うちなんて同じ県に住んでるんだよ?まあ、一人暮らししてくれてるだけいいけど、一回お母さんと一緒にお兄ちゃんの部屋行ったらもうカオスだった。もう一生入りたくない。あの人と同じ人間ってのが悲しくなったもん。」
「あ、それわかる。私は涼子に比べたら恵まれてる方かあ。しょうがないな。許してやるか」
別に涼子程嫌ってはいないのだが、ダサい格好で街を歩かないでほしいとは思う。昔からそうなのだ。兄と妹という構成では、おさがりシステムが使えない。使える人もいるのだろうが、幸か不幸か私は母に似て黒髪ロングが似合い、色白で小顔だからボーイッシュからはかけ離れている。おかげで小さいころから兄のTシャツを着ることなんてなかった。もっと前からかもしれないが、私が中学二年生の頃から兄がダサくなった気がする。ほんとに何があったんだろう。服を買いに行ってもポロシャツ、Tシャツ。おしゃれ着というものを欲しがっているのを見たことが無い。両親が好きに選んでいいと言っているのになんでそんな服ばっかり選ぶのか気が知れない。私はといえば持ち前の美的センスでいっつも綺麗系の服を買ってもらってきた。お兄ちゃんの服を選んであげるなんて癪だし、なるべくなら口もききたくないけど、今日は家に帰ったら文句を言ってやろうかな。
今日は実家のある街に帰ってきた。正直隣の県から来るだけなので、金銭的にも時間的にも負担が少ないのが一人暮らしの身からすればありがたい。今日は久しぶりの休日で戻ってきた。あまり休みが取れない生活をしているので休みができ次第(月に一度程度だが)実家に帰ってきて家族と過ごしている。これでも帰ってきている方だと思う。うちの家庭はとても仲がいい。俺の友達にはこんなに頻繁に実家に帰る奴なんていない。地理的に不可能な奴はいるが、同じ高校だった友達は盆の三日だけしか帰らないらしい。俺が今実家に帰る主な理由は二つある。病気で入院中の父を見舞うため。かわいい妹に会うため。父の見舞いは明日するとして、今日は土曜日だが、母はパートで、妹は土曜授業で午前中は学校で家には誰もいない。一人で実家にいても正直、することなどないので街に出て本屋に入った。正確には古本屋だ。昔から読書が好きなのだが、本というのは読書好きにお金と時間を浪費させる悪魔だ。はまったら最後、財布の底が見えなくなる。そのため本好きが本屋に入るにはいくつかのルールがある。一つ目は財布に大金を入れていかないこと。(俺の場合は1000円以上入れない)二つ目は、店頭に出ている小説コーナーを見ないこと。三つめは、試し読みはそ作品の世界観に引き込まれる前にやめること。この三つは鉄則だと思う。1000円しか入れていないとハードカバーの本は買えない。そんなときに運命的なハードカバーにであってしまった時は大変な騒ぎになる。(自分の中で)「買うのか?買わないのか?いや、買おうか。買おうよ。でもなあ。買っていいって。高いし…家に戻れば金あるじゃん。買えんこともないよなあ。買おうかな。ほんとにいいのかな。買っちゃえ買っちゃえ。」自分の中でこのような議論がなされて(終始買う方が優勢な気はする)結果的に古本屋でその本を探すというところに落ち着くのだ。今入っている古本屋は高校時代からよく使っていた古本屋だ。しかし、残念ながら俺の求めるハードカバーは新刊というせいもあってか、中古であっても以前1000円未満にはなっていなかった。残念に思いながら古本屋を出る。釣りに行って大物がかかり、糸が切れてしまった気分だ。土曜の収穫がゼロなのは嫌なので古本屋の向かいにあるケーキ屋さんに入る。さすがクリスマスシーズン。通常よりも種類が多いし、心なしか鮮やかなケーキが多い。そして…高い…クリスマスシーズンって言ったってまだ11月だぞ?日本には西洋の文化が間違って伝播したらしく、ハロウィンが終わればもうクリスマスツリーやイルミネーションが街を飾りだす。妹が好きなのはチーズケーキかモンブラン。母が好きなのは洋梨のタルト。俺は…いいや。妹には先月チーズケーキを買ってやったので今月はモンブランにする。タルトとモンブランを買ってから家路につく。今日は妹に会える。嬉しいなあ。勉強でも教えてあげるかな。本は買えなくても、妹の喜ぶ顔を想像して嬉しい気分になる。早くうちに帰ろう。
土曜の午前授業はいつもだるい。宿題をやっていない人や、授業についていけていない人を対象にすればいいのに。なんで全員を対象にするんだろう。うちの中学校では土曜の午前授業のうち半分は自学の時間になる。みんなゆっくり寝ていたい休日の朝早くに起こされて登校させられているのだから、クラスの半分以上が机に突っ伏しているのも無理はない。県内トップレベルの県立高校進学クラスである私のクラスでさえこのありさまなのだから他のクラスの連中は想像に難くない。先生もクラスに一人監視についているのだが、たいてい教卓で読書をしているか、腕組みして目を瞑っている(本人的には寝ていないらしい)。この2コマの時間が本当に無駄なのだ。受験を控えた私たちのクラスではそこそこのモチベーションが保たれている方だが。正直生徒の半分は、土曜授業を無くしてほしいと思っている。もう半分は自学に充てられている時間でも授業をやってほしいと思っている。
睡魔との戦いを終えて帰りの時間になるとみんな友人と一緒になって、買い物に行くだの、カラオケに行くだの、図書館に行くだの、
「由依子、私彼氏と今からデートだから今日は舞たちと遊んでね!」デートに行くだの…は?リョ、ウ、コ?『デート』『彼氏』?
アナタハ、ナニヲオッシャッテイルノデスカ?「り、涼子…彼氏って?」
「あれえ、言ってなかったけえ?隣にある高校の一年生だよ~」んなっ!きいてないよ。わざと黙ってたな。涼子の裏切り者!しかも年上だと…最近急に志望高校が変わったのはこれが原因か。納得した。
「舞!今日はこないだ涼子が行きたがってた映画観に行って、カラオケに行って、買い物もして、前に見つけたカフェに行こう。二人でめっちゃくちゃ遊ぼう、今日は。」くらえ!
「そうだねぇ。由依子ちゃん。涼子には王子様に任せとこう。」ナイス、舞ちゃん
「えええ、ずるいずるい。私も行きたい。」
「でも、私たち今日どうしても行きたいんだよなあ。」
「うーん。待って、彼に連絡してデートパスするから!私も行く!」
舞と私は涼子の子の発言で顔を見合わせてニヤけた。そして舞が言う。
「ごぉーかぁーく!涼子はさすが私たちの親友だよ!」
「涼子の焦った顔かわいかったぁ。待ち合わせ時間に遅れるぞ!ほら、スカート丈もうちょっと短くして、髪下ろして、リップくらいつけて!そんなんしてると時間は無いぞ!行って来い!我らが涼子!」
「舞!由依子!やられたあ。もう、悪い冗談はよしてよぉ。行ってくる!」
涼子め。背伸びしちゃって。ほんとに面白い友達だ。今日は舞と二人で図書館に行って勉強しようかな。いつもなら私の家にでも呼んで勉強したいところなのだが、今日はお兄ちゃんがいるかもしれない。友達をあんなお兄ちゃんに会わせたくない。図書館で勉強してなるべく遅くに帰ろうっと。夕飯も舞と外で食べて帰ろうかな。そうだ、そうしよう。母さんにメールしとこう。
帰ってきたのはいいが妹がなかなか帰ってこない。俺とは違って頭のいい由依子は勉強熱心なのだろう。きっと外で友達と勉強しているのだろう。さすがに俺も高校の学習内容くらいは理解している。由依子が帰ってきてもし分からない問題があれば教えてやろう。そのために高校の時の教科書を引っ張り出してきてさっきから読んでいる。かわいい妹のためだ。こんな休日の過ごし方をみんなはダルいとか思うのかもしれないが、俺にとっては最高の休日だ。第一妹に会えるというだけで最高だ。隣の県に住んでいるため、ひと月に一回しか会えないのだ。自分は世に言う「シスコン」というものなのかもしれないと悟ったのは中学生の時だ。友達の話す友達の妹と、俺の話す由依子が全然違った。みんなはうっとうしいだの、わがままだのめんどくさいだの言っていたが、俺はそんなこと一度も思ったことが無かった。妹は小さい時から俺の後ろをてくてく歩いてきていた。そしてちょっとだけ素直じゃないところがある。小さい時から、「ほら、ゆいちゃんこっちいくよ」と呼んでも少しムッとした顔で手をぶらぶらさせて動かず、俺から手を握って誘うとにっこりしてついてくる、そんな子だった。自分からはしてほしいことを素直に言えないけれど、してほしいことが兄にはバレバレなのだ。そしてそのバレていることに気付いていない。ね?かわいいだろ?小さい時から少しひねくれていて、こんな習慣があった。由依子が俺の誕生日の数日前に俺に「お兄ちゃん何色が好きなの?」って聞いてくる。俺は毎年「青」と答える。するといたずらっぽく笑うと去っていく。そして誕生日の当日、見事に「青」じゃないバースデーカードと「青」じゃないペンやキーホルダーをくれた。由依子が中学生になったころからバースデーカードすらもらえなくなって少し寂しい気もするが、今まで一度も「青」の物をもらったことが無い。絶対わざとだ。かわいいやつだなあ。あいつは小さいときお兄ちゃんと結婚すると言っていた。(先に述べたような性格なので直接言ってきたことは無い。母から聞いた話だ。)俺は兄としていつも妹が幸せであってほしいと思っている。毎年こちらからはちゃんとバースデーカードをプレゼントに添えて贈っている。今回実家に帰ってきた目的は三つあるといったが、実はもう一つ、目的というか、ミッションがある。もうそろそろ妹の誕生日だ。来月の帰省は妹の誕生日に合わせることになるだろう。その時のプレゼントを決めるヒント探しだ。つまり、妹となるべく会話をして何が欲しいのかさりげなく探っておくのだ。兄にとってこれは大事な極秘任務だ。だから、今言ったように今日は妹となるべく多く会話したいのだ。妹が大きくなっていくにつれて、ほしがっているものを予想できなくなってくる。同じ女でも、彼女にプレゼントを上げるのとはわけが違う。しかも身内だからこそ、期待外れだったときはそれがこちらに伝わってくるような反応をする。それなりの覚悟が必要なのだ。まぁ、とりあえずは妹が帰ってくるまではいろいろ考えたとしても何も始まらない。今日の夕食でも作って待っておくとしよう。
結局私は今、舞と一緒に図書館で勉強している。デート中の涼子と比べればなんと学生らしい厳しい現実だろう。でもまさか涼子みたいな元気の塊みたいな女子に彼氏ができるなんて。先を越されるなんて思っても見なかった。嫉妬ではない。むしろ親友として、涼子に彼氏ができて良かったと思っている。あんな涼子をもらってくれる男の子がこの世にいると分かって安心した。私と舞とは正反対で、涼子は女子というより男子に近い。涼子、大事にしてもらうんだよ。そしてその人を離しちゃだめだからね。と、彼氏のいない私たち二人は上から目線でさっきまで、涼子について話していた。舞も私も今は…今まで彼氏はいたことないけど
「ちょっとぉ、芽衣子ぉ。私は彼氏いたことあるんですけどぉ。もうっ。」
あ、そうだった。目の前で舞が頬を膨らませている。怒っている舞でさえこんなにかわいいのに。なんで彼氏がいないんだろう。あぁ、このおっとりしすぎているのが苦手な男子もいるのかなぁ。先程から舞と私はお互いにいかにかわいいかの言い合いをしている。馬鹿だ。嘘八百をお互い並べ立てて恥ずかしくなって二人でニヤけている。たまには勉強の合間にこんな時間を過ごすのもいいだろう。そのうち二人とも彼氏の理想像の話になってくる。
「舞ってあれでしょ、意外にもスポーツのできる人とかが好きなタイプだったよねぇ?」
「そうよ。でも、意外って失礼じゃなぁい?私がおっとりしているからこそ、しっかりさんが好きなんじゃない。ちゃぁんと私をリードしてくれないと。私しっかりした男の子を甘やかしたいタイプなの。」
「うわぁ、舞に甘やかされたら骨抜きになるな。日焼けした思いっきり運動部のような男子でも半年も一緒にいればふんわりした雰囲気の優男だね。私を甘やかしてよぉ。」
「はいはい、いい子ですねぇ、芽衣子ちゃん。芽衣子にはお兄さんがいるじゃない。私はお兄ちゃんとかいないから憧れるなあ。頼れる存在って言えば王道はお兄ちゃんじゃない?私の理想はねぇ、帰ったらお菓子とお茶を用意してくれて、『舞、今日はお前の好きなケーキを買ってきたよ。』とか言ってくれて、いつも私のこと考えていてくれてぇ。あ、あとね、料理が上手で、さわやかで、背が高くて、ぇ」
「いやいや、舞、現実はそんなに甘くないよ。舞ってばどんな漫画見たらそんな夢抱くのよ。」
「え?でも、私芽衣子のお兄ちゃん嫌いじゃないなぁ。」
「はぁ?どこがいいのよ、あんなの。お節介だし、いつまでも私を子供みたいに扱うしぃ、いろいろ親みたいに話しかけてくるし。いや、もういたらいたで大変だよ。」
「小学生と中学生の時とかよく芽衣子の家に行ってたじゃない?その時にたまにお兄さんいて、いいなぁって思ってたの。だってまぁまぁかっこいい方じゃない?それにたまに二人で宿題悩んでたら教えてくれたし、いつもジュース持ってきてくれた。なかなかいないと思うけどなぁ。あんなに面倒見のいいお兄さん。」
「そうかなぁ、でも、舞から見たら面倒見が良くてもあれが毎日続くときついものもあるよ。」
舞にはわからないだろう。兄を持つとどれだけ大変か。兄弟はもはや自分を写す鏡だ。兄がダメなところを友達に見られると私までそうだと思われる。しかも、弟なら文句も言えるだろうが、兄は年上だからはっきりということはできない。精神的に疲れてしまう。結局今日は学校の宿題を終わらせただけでお開きになりそうだ。舞はこの後用事があるらしく夕食を一緒に取れそうにない。それにさっき送ったメールにお母さんから「今日はお兄ちゃんが帰ってきているから家族でご飯を食べましょう」と返信が来たから帰らなければならない。帰りたくないなぁ。帰るとお兄ちゃんがいる。せめて母さんが帰ってからでないと家にお兄ちゃんと二人っきりとか耐えられない…ちょっと寄り道して帰ろう。
妹がなかなか帰ってこない。少し心配な俺。もうだいぶん外は暗くなっている。そろそろ制服だけでは寒いころではないだろうか。風邪ひくと可哀想だしなぁ。でも母さんから夕飯作るのも任されていて今手が離せない。今日の夕飯は肉じゃがだ。肉じゃがは、ジャガイモのお蔭で安くボリュームたっぷりなメニューだ。早く作ってしまって一回電話でもしてみよう。固定電話と携帯電話で通話すると少し高いが仕方がない。
肉じゃがはとりあえず作り終わった。今は八時だ。母が帰ってくるのは八時半。たまには子供たち二人で出迎えてやりたい。芽衣子ももうさすがに図書館を出ているだろう。図書館に向かって歩いていけば、たとえ芽衣子が図書館ではなく、息抜きで遊びに行っていたとしても会えるだろう。まずは電話をかけてみる。あれ?なかなかでないなあ。カバンの中に入れていて聞こえていないのかなあ。カバンの中に携帯があるということは、帰路についているということだろうか。少し厚めの上着を羽織って、芽衣子のコートも持って外に出る。ううぅ、外は寒い。さっきまで料理をしていたから温かかった。だからこそ逆に寒く感じられた。こんな中で制服だけではほんとに風邪をひてしまう。玄関の鍵を閉めて小走りに出ていく。
ああぁ、びっくりしたぁ。まさかお兄ちゃんが出てくるとは。しかも電話まできたし。家の電話番号だったからお母さんからかとも思ったがお母さんからなら携帯でかかってくるはずだ。お兄ちゃんからの電話に間違いないと思い、無視していたのだ。お兄ちゃんと電話って…やめてよ、耳元でお兄ちゃんの声とか…
さっきからお母さんにメールをし続けているがまだ帰ってきていないようだったから家の前の曲がり角でお母さんを待っていたのだ。そしたらお兄ちゃんから電話はかかってくるし、家から飛び出してくるし。こんなところ見られたらさすがに不審がられる。冬の寒い中、家に入らず家の前で隠れている娘。言い訳なんて思いつかない。しかも今お兄ちゃんは私のコートを手に持っていた。私を迎えに行くのはいいが、お兄ちゃんからコートを手渡されるなんて嫌だ。もし友達に見られでもしたら恥ずかしいじゃない。それにしても寒い。着ているのはスカートだからとっても寒い。次からは最初からコート着用で学校に行こう。カイロも持っていかなくては行けない。というか、早くお母さん帰ってきて。早く家に入りたい。いつもお母さんは仕事をしているから家の鍵は持っている。でも今家に入るとお兄ちゃんが帰ってきてから、私がどこに行っていたのか詮索されてしまう。もう何分もここにいるのだ。そこでふと後ろから視線を感じた気がして振り返る。すると数メートル離れた電柱のあたりで何かが隠れた気がした。しばらくそちらを目を凝らして見てみたけれど暗くて何も見えない。もう一度前に向き直る。しばらく待つとやはり目線を感じる。今度はさっきよりも素早く振り返る。やはり隠れた。これは私のストーカーということになるのだろうか。初めての経験だし、とても怖い。急いで家に走っていっても鍵を空けるために手こずっているうちにつかまってしまうかもしれない。さっきお兄ちゃんは私を探しに外へ出てしまったから家の中には今は誰もいない。助けを求めようにも凍てつく寒さのせいか、他に通行人もいない。どうしよう。しばらく動かずにいても、後ろから人の気配が無くなることは無い。走って逃げたら後ろから走って追いかけられるだろう。それも怖くて動けずにいた。そんなとき、後ろから人の気配が近づいてくるのを感じた。いよいよ恐怖で膝が震えている。足が動かない。逃げないと。怖い…私の真後ろで気配が止まる。怖い。今にも泣きだしたいくらいに。そして呼吸音が聞こえてくる。私は覚悟を決めて目を瞑って走りだそうとした。その瞬間誰かに腕をつかまれる。そして耳元で聞き覚えのある声で、
「大丈夫。歩いてそのままうちに入るんだ。」と聞こえた。お兄ちゃんだった。うなずいたものの、足が言うことを聞かないのでお兄ちゃんに引きずられるようにして家に入った。入るとお兄ちゃんはただ一言、
「お風呂入れて入ってこい。」といってキッチンに入っていった。その後ゆっくりお風呂に入っている間に恐怖と、安心感がいっぺんに襲ってきて泣いた。お風呂から上がるとお母さんが帰ってきていて、話はお兄ちゃんから聞いたらしく、怒られた。そして当分は明るいうちに帰って来るように言われた。家に入らなかった理由としてお兄ちゃんがいて気まずかったからと言うと、お母さんは「あんたたち兄妹でしょう。」と笑っていたが、お兄ちゃんは少し寂しそうな顔をしていた。夕飯は肉じゃがだった。それに食後にケーキまで出た。お兄ちゃんが買ってきたらしい。何のお祝いでもないのにケーキ買ってきて意味が分からない。食べた後、精神的に疲れたし早く寝ようと思ってベッドにもぐりこんだ。宿題は終わらせてきた。すると、私の部屋のドアの向こうから、お兄ちゃんがしゃべりかけてきた。
「あの、今日は大変だったな。親父も病院だし、母さんだって女性で強くはないんだ。危ないからあんまり心配かけんなよ。」
「分かってるっ。いつもはちゃんと早く帰ってきてるし。」
「あと、俺が帰ってくるとやっぱり嫌か?今日みたいになるなら次からお前のいないうちに用事済ませてそのまま帰るけど。」
そういうことじゃないし!でも口は素直じゃなかった。
「そうしてくれるとありがたいかも。」
「そっか…分かった。おやすみ。風邪ひかないようにあったかくして寝ろよ。」
そこまで拒絶しているわけじゃない。ただ、何話していいかもわからないし、私のことずっと子ども扱いするのが嫌いなだけ。あぁ、でも今日やったことは子供みたいなことだな。自分まで嫌いになりそう。
次の日、早く寝たせいで早く目が覚めた。リビングに向かうと話し声が聞こえてきた。
「あんた、ほんとに良かったのかい?今まで一度もお前の好きにさせてあげられてないけど。」
「いいんだよ。父さんは病気になって働けないし、治療費だってかかる。母さんのパートだけじゃ大学と高校の金出すのは無理だろう。大学行きながらのバイト代もたかが知れてるしな。」
「ほんとにごめんよ。今の職場はつらいだろう。大学中退して就職したんだから、苦労してるだろう。」
「いやぁ、親切な人ばっかりだよ。それでさお願いがあるんだ。俺がいっぱい働くからさ、芽衣子を大学に行かせてやってほしいんだ。」
「何言ってんだい。長男を大学に行かせないで娘を大学に入れるなんて聞いたことが無いよ。だから携帯も解約したの?」
「いや、あいつは俺と違って頭いいから国立大に行って奨学金借りてでも上手くやっていける。知ってるか、母さん。女子は大学に行ったほうがいい旦那を見つけられる確率が上がるそうだ。だって高卒でパートをしていても出会いなんてないだろう。だからあいつには大学に行ってしっかり勉強して、いい結婚をしてほしいんだ。父さんも芽衣子が大学行くころには年金がもらえる。な?いいだろう。」
私は部屋の外で聞いていて何が何だか分からなかった。話の内容的にはもうお兄ちゃんは大学をやめているらしい。初めて知った。もう働いてる?私を大学に行かせたい?訳が分からず直接聞こうとした。その瞬間、
「母さん、このことは内緒にしといてくれよ。芽衣子のやつ優しいから、きっと嫌がる。じゃあ、俺はもう出る。芽衣子が起きちまう。適当に昼頃に父さんの見舞い行ってから帰るよ。」
私がお兄ちゃんに会いたくないだろうと配慮したのだろうか。お兄ちゃんがここまで私のことを考えてくれていて、それでも昨日の私の一言のせいで距離ができてしまったみたいで寂しくなった。
「あ、あと芽衣子に誕生日プレゼント贈るから何がいいって言ってたか後で電話して。」
いやぁ、ここまで妹に煙たがられているとは思っていなかった。まぁ、そういうお年頃なんだろう。仕方がない。朝から見舞いができる時間になるまで時間を潰しながらいろいろと考え込んでいると、もう正午になっていた。もうとっくに見舞いはできる時間になっている。父さんの病室に着き、ドアを開けるとそこには母さんと妹がいた。気まずすぎる…「後で出直すわ」と言ったところで妹が口を開けた。
「昨日はひどいこと言ってごめん。毎月来てくれて嬉しいんだよ。ただ少し子供扱いされるのが嫌だっただけなの。」そう言って青い便箋を差し出してきた。母さんが横から「帰ってから読んでってさ。」と補足した。青い便箋。持っていたんならそれでバースデーカード書けよ。真っ先にそのことが頭に浮かんできた。一応来月からもかわいい妹に会いに来てもいいようだ。父さんも事情は知っているようで笑っている。母さんに目で尋ねると首を振った。今朝の話は芽衣子に言っていないらしい。どんな心境の変化があったのか知らないが、とても嬉しい。
便箋には大きく誕生日に欲しいプレゼントが書いてあった。
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