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悪食の王

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 悪食の王、それはスライム型の魔物であり高濃度の溶解液と闇魔法を纏った無数の触手を罠の様に巡らせ触れた獲物を一瞬で捕食する。これだけを聞けばそこまで危険性が無いように聞こえるが、その触手と特殊な生態がヤバいのだ。触手はほんの一瞬でも生き物が触れれば俺ですら反応出来ない程の速度で相手を掴みどんな生き物だろうと肉を溶かすのと同時に身体に呪いを注入する。そして、相手を捕まえた所で闇魔法により相手の魂と肉体を拘束しそのまま触手で一飲みだ。つまり触手は罠であり口でもあるのだ。

「触手があるってことはこれを辿れば悪食の王に辿り着くな」
「あっちから来てくれれば良いんだが、ここの触手を刺激しても無理だろうな」
「絶対に刺激するなよ!?俺じゃ捕まっちゃうって」

 ブレストは馬鹿みたいな反射神経があるから捕まる前に両断出来るだろうけど俺はブレスト程反射神経が良い訳じゃ無い。それに一つの触手を刺激したら、周りにある無数の触手も襲い掛かってくる。無数の触れない相手に襲われたら逃げられないぞ!

「分かってるって、行くぞ」
「うん」

 悪食の王は普通のスライムと違ってあまり動かず一定の場所に留まり狩りをする。そのおかげで町や村などに甚大な被害をもたらすことは少ないが、スライム特有の暴食具合によって悪食の王が留まった場所は虫一匹さえ存在しない死の場所へと変わってしまうのだ。だから、この周囲は命の気配がしない。

 ゆっくりと触手に触れないように慎重に進み近付いていくが、縦横無尽に張られた触手を避けて進むのは神経を削る作業だ。髪一本、爪先が当たっただけでも死ぬ。緊張のあまり息をするのも忘れてしまうが、汗は絶対に触手に落としては駄目だ。たったそれだけの事でも反応するからな・・・・

「なんかアスレチックを攻略してる気分だな」
「・・・・・」
「昔弟と遊んだことがあるんだが何回も引っ掛かって馬鹿にされたもんだ」
「・・・・」

 それにも関わらずブレストは笑顔を浮かべながら楽しく話し掛けてくる。俺には返事できる程の余裕は無いってのに・・・・

「ブレスト、いくら音で反応しないからって話すのは不味いだろ」
「ん?何言ってるんだ」
「だから・・・・っ!!」

 俺達を陥れようとする悪意に塗れた捕食者の視線を感じた。これは・・・・触手からの視線だ!

「聞こえてるんだよ。この悪食の王さんはな。スライムはコアが目だと思われがちだが、周囲に纏っている粘液全てが俺達の身体の役割を持っているんだ。つまり触手は手であり体であり目であり口でもあるってことだな」
「なら何で襲い掛かって来ないんだ」

 いつでも襲い掛かられても良いように俺はナイフを抜き腰を落とし構え周囲を警戒する。俺の馬鹿、なんで気付かなかったんだ・・・・悪食の王本体の圧力にばかり気を取られて、触手から感じる視線に気付かないなんて馬鹿野郎だ。

「それは簡単、俺達が意思を持って本体の方に歩いているからだな。獲物がわざわざ自分の元まで来てくれているんだから手を出さず待っているのさ」
「それじゃあ今もしも引き返そうとしたら」
「一斉に襲い掛かってくるだろうな」
「最悪・・・・」

 と言う事はわざわざ俺達を待ち構えて罠も用意しているだろう相手に向かって進むしか無いってことか。触手が目と耳の役割もしているのには驚きだけど、進まなきゃいけないってのは大問題だ。

「止まってると襲われるぞ。先へ進もう」
「は~い・・・・」

 俺達が進むのを待っているのには間違いないみたいだが、万が一触手に触れたら襲い掛かってくるのには変わりがない。自ら死地に向かうなんて最悪の気分だけど、ここはブレストを信じて進むしか無いな。

「うわ、気持ち悪」
「見てて良い気分にはならないな」

 時間を掛けながらもようやく本体を視認できる距離まで近づけた。悪食の王の姿は図鑑の絵で見たことがあるが、あの絵は下手糞だな。少し遠いけど、見ているだけでも嫌になる。この世の悪を詰めたような黒くおぞましく、体を覆う粘液は茹った水のようにボコボコと音を出しながら蠢いている。そして最悪なのはその体内だ。四方に触手を伸ばしたことによって浮いた体から垂れ下がった体内には、いくつもの生き物が浮かび上がり恐怖と絶望を叫びながら動き回っている。

「あれが悪食の王たる所以か」
「食った物を決して逃さずどんな生き物、いや死者だろうと捕食する最悪のスライム。俺も見るのは三回目だが、あれは最悪だと思うぜ」

 悪食の王が食うのは動いている生き物だけでは無い、さ迷う魂、生を失った亡者ですら捕食するのだ。霊体ですら拘束するその体に囚われ消化された生き物は死した後も魂が天に昇る事すら出来ず悪食の王が死ぬまでその身に囚われ続けるのだ。つまり、あいつに捕まれば死んだ後も永遠に苦痛を味わうのだ。その鬼畜の所業により優先討伐対象だがアンデットの性質を持っている為、聖職者か強力な光魔法を持った人物かつ二級程度の実力を持たなければ太刀打ちが出来ないのだ。

 近づくと体に浮かび上がる苦悶の表情達が良く見える。叫ぶ動物達、咆哮を上げる下位竜、泣き叫ぶ人々、そのどれもが俺達に助けを求めるかのようにこちらを見てくる。

俺達は目の前までやってくると、ブレストは魔法剣を作り出した

「さて、そろそろやるとしますか」
「援護は?」
「要らない、クロガネは結界を張っておくからそこから絶対に出るなよ」
「分かった」

 俺は指示された通りブレストの結界の中に入るとそれを確認した後、動き始めた。

「さぁ行くぞ!」

 本体に向かって一歩前に足を踏み出すと、四方に伸びていた触手達が俺達を取り囲むように襲い掛かってきた。無数の触手による全方位攻撃、逃げ場はなく剣も魔法も効かず触れれば一瞬で捕食されてしまう。そんな触手が迫っているというのにブレストは、余裕の笑みを崩さず魔法剣を握ったまま。そして、触手達が触れようとすると無数の輝きが空中に発生し次の瞬間、襲い掛かってきた触手達が魔法剣によって全て細切れに両断された。

え~あれって魔法も食らうはずなんだけど・・・・なんで魔法剣で斬り裂けるんだ?

 攻撃出来る事にドン引きだけど、斬った所でスライムはコアを潰さなければ殺せないしあいつは再生力も優れている。あんなの瞬時に再生して・・・・ほら、分断された触手がすぐに繋がって斬られた部分から新たな触手が生まれた。触手の数が倍になったぞ。

ズババババッ

「え~・・・・」

 ブレストはそれでも動揺する事無く手を振ると、さっきと倍の数の魔法剣達が現れてまた触手達を細切れにする。百を超える触手を同時に捌けるって一体どんな技量してるんだよ・・・・だけど、このままじゃイタチごっこにしかならないぞ。ブレストは増え続ける触手達を魔法剣で捌きながら、本体へと近付いていくと本体から闇魔法による瘴気と呪いそして高速が飛んできたがそれすらも軽々と斬り裂くと、少しの溜めの後手元に光り輝く大剣を作り出した。

「それじゃあ、落ちてきな」

 ブレストは大剣を構えると支えていた触手達を切断するとその巨体が地面に落下してくる。そしてその勢いのままブレストを取り込もうと、襲い掛かってきたがブレストは光り輝く大剣の一戦で核ごと真っ二つにしてしまった。

「よし、これで悪食の王は終わりだな」
「・・・・・いくら何でもゴリ押し過ぎだろ」

 捕食されない魔法剣も異常だけど、襲い掛かる触手は全て両断すれば良いというその判断とそれを実行できる技量。どう考えても可笑しいだろ・・・・何だよ数百という触手を同時に相手にしつつ魔法を防御してたった一太刀で五メートルはあるあの大きな巨体とともに核を破壊だ?馬鹿かよ。こいつ相手は幾つもの作戦を立て複数の魔道具を使って倒すのが普通なんだぞ。

「面倒なことを考えるより、全て斬っちまえば良いのさ。これが一番安全で一番早いんだからな」
「流石にドン引きだぜ・・・・ほら、後処理が残ってるぞ」
「あいよ」

 確かに悪食の王は倒したけど、こいつの脅威は終わって無い。何ならこれからが本番と言っても良いくらいなんだが・・・・ブレストなら簡単に済ませちまいそうで怖いぜ。
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