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「この曲がもしも売れたらさ。どうしようか。」 


とある冬の日。僕の家へと帰る道の途中で、隣に並んで歩く彼女に向けた言葉を、マフラーで隠した口から真っ直ぐに前を向きながら放つ。

「また?いつも同じことを言ってるね。」

クスッと笑いながら、彼女は冗談めいた口調で続けた。

「なんだか、終わらない前奏を鳴らし続けてるみたい。」

わかるようなわからないような、そんな比喩を使いながら軽口を言うのもいつものことで、僕はすっかり慣れている。

「そうかもね。」

音楽を初めてからもう随分経つけれど、これまで僕のかき鳴らした音が陽の目を浴びることは全くなかった。

「流行らないんだよ。きっと。そういう曲は。」

寂しそうにも嬉しそうにも見える複雑な笑顔を柔らかく浮かべたまま、彼女はそう言った。

そんな彼女を見ている僕もきっと、同じように複雑な笑顔をしているんだろうと、見えていないけど自分でもわかる。

「知ってる。」

昔からそうだった。流行りもしない僕の奏でた音楽に隣で拍手を送ってくれるのは彼女だけ。

「いいんだ。別に。君さえわかってくれれば。」

この言葉に嘘はない。他の誰も聞いてくれなくても、誰も好いてくれなくても別にいい。だけど。

「だけど、流行ってもほしいんでしょ?」

そう。彼女さえ好きでいてくれればそれでいい。その思いは嘘じゃないし、本当にそう思っている。でも、多くの人に聞いてほしいし、わかってほしい。そんな思いも僕の中に茫漠と存在している。矛盾したようなこの気持ちをどう言葉にすればいいのかわからなくて、すぐに彼女に返事ができない。

「変わらないよね。本当に。」

僕が言葉に詰まっていると、彼女の方から口を開いてくれる。

「君だって変わらないよ。」

今度はしっかりと言葉が出てきた。

「そう?ありがとう。」

本当に昔から変わらない。先の見えない暗闇の中を、ひたすら踠いているような僕と、僕の音楽と一緒に歩み続けてくれている。暗闇の中でもハッキリと、綺麗な姿のまま。確かにそこにいてくれた。それが君だった。

こんなやり取りもいつも通りのことで、君に感謝するのも、僕の漠然とした思いがまとまらないこともいつも通り。

そんないつも通りの冬の日。


いっそ、変わってしまおうか。町に溢れかえっているような音楽を鳴らしてしまおうか。

いっそ、いなくなってしまおうか。誰にも気付かれずにひっそりと。傷つかないようにこっそりと。

こんな考えをするのはいつも通りじゃなかった。

正しいと思ってがむしゃらにかき鳴らしてきた僕の音楽。

少し歩けば耳に入るほどに溢れている音楽達が、そんな僕を嘲笑っているようにすら感じることもあった。

帰り道の途中で見つけたクリスマスツリーの頂上には、きらびやかに光る星が飾られていた。

僕があの星を取ることができたなら、きっと何かが変わるはずで、今まで僕が鳴らし続けた音楽も、地の底なんかじゃなくて頂上なんだと認められる。そんな日を夢見て今日までやってきた。

彼女の拍手と同じくらい、そんな日が来ることを望んでいた。


家に帰り着いてから、僕たちは二人がけのソファーに並んで座っていた。何をするでもなく、ただ、並んで座っていた。

彼女と過ごしていると時折こんな時間が訪れるけれど、こんな時間も大好きで、沈黙の時間も心地よかった。

今日は珍しく、そんな沈黙を破ったのは僕の方だった。

「今日まで、本当にありがとう。」

この言葉に深い意味はなくて、ただただ感謝を告げただけだった。

「どういたしまして。」

目を細めて笑顔を浮かべながら、彼女はそう返す。

「この先もしも僕の音楽が流行らなかったらさ。どうしようか。」

帰り道の途中で僕が切り出した台詞が、自信を失って再び口から飛び出す。

彼女は笑顔のまま、うーん。と少し考えて、情けない僕の質問に答えた。

「そうなったら、しょうがないね。」

「しょうがない?」

予想していなかった答えが返ってきて、少し戸惑ってしまう。てっきり、弱気な僕をいつものようにからかってくるものだと思っていたから。

「うん。しょうがない。」

彼女は大きく頷きながら、言葉を繰り返して続けた。

「私とあなたの過ごした時間とこの歌が、二人の思い出になって。私たち以外の誰にとっても価値がない、そんな化石の一つになるだけ。」

わかるようなわからないような、そんないつものような比喩を交えながら、しんみりとそれでいて深い吐息と共に力強く僕に語りかける。

「無邪気に駆け回って、がむしゃらに音楽をかき鳴らした思い出は、あなたの音楽が流行っても流行らなくても、他の誰にも価値のないもので、あなたと私にとってしか、きっと価値なんてないものなのよ。だから、流行らなかったとしたら、しょうがない。私たちの思い出の一ページになるだけ。」

彼女の言うことは、いつもわかったりわからなかったりする。きっと、お互いに口下手なんだと思う。でも、何が言いたいかだけはいつもハッキリとわかる。今日も。

「そっか。そうかもね。」

こんな時、いつも僕はこんな返答をしている気がする。でも、このいつもの感じは心地よくて。こんな返答を彼女は望んでるんだと思った。

僕が返答してから少しだけ間を空けて、僕は静かに彼女の膝に乗っていた彼女の手の上に自分の手を重ねた。

僕の手よりも一回り小さいその手はほんのりと温かかった。

こんないつも通りの毎日を、他の人には価値のない化石として、二人の思い出として、紡いでいきたい。そう、彼女の手は僕を勇気づけてくれる。
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