上 下
68 / 78

67

しおりを挟む
 くらくらと眩暈を覚えるのは、きっと馬車に無理やり押し込められたせいだけではないだろう。

 地を這いつくばるとはよく言ったもので、アレンたちに連れてこられた彼の屋敷につくなり、その腕を引かれ執務室へと来た。

 そしてそのまま乱暴に腕を離され、私は今地べたに座り込んでいる。


「ホント、いいざまね」

「……」

「あら、今度はだんまり?」


 そうですね。すでにしゃべるのすら、こっちはめんどくさいのです。馬鹿を相手にしても何の得にもなりませんので。

 ユノンたちが人質に取られてなかったら、もっといくらでもやりようがあるのに。

 今は抵抗することも、逃げ出すことも正直出来ない。やっぱり護衛は必須だったなぁ。さすがにここまで実力行使に出るとは思わなかったのよね。

 仮にも貴族だし。身内だからっていうよりも、こんなことが明るみになったらタダでは済まされないから。

 だからさすがにって思ってたんだけど。馬鹿はその上を行くってことね。

 うん。次からは覚えておこう。もっとも、この二人よりも馬鹿な人間がいれば、の話だけど。


「恐怖で声も出ないのか、オリビア」


 恐怖ねぇ。正直、馬鹿がどこまでやってくるか分からない恐怖ならあるわね。犯罪って二文字の意味とか、知ってるのかしら。


「黙っててもどうでもいいんですわ。アレン様、ほらアレにサインさせちゃいましょう」

「そうだな、シーラ」


 んんん? なんか言い始めたし。アレって、何かしら。いい予感はしないんだけど。

 とりあえずはその用意されたものを見るしかないのよね。

 アレンはシーラに言われて、自分の机の上から何やら契約書のようなものを取り出す。そして投げ捨てるように私の前に落とした。

 読めってことなのかしら。


「サインしろ! 今すぐにだ!」


 読まずにサインする馬鹿がどこの世の中にいるのかしら。こんな怪しげなモノなど、読んでもサインはしないんだけど。


「どうしてですか?」

「書いてある通りだからだ」

「読んでもいないので、書いてある通りと言われても分かりません」

「分からなくてもいいからサインをしろ! お前はおれの言うことが聞けないのか」

「聞く聞かないではなく、知らないものを出されてサインをする者がどこにいるのですか。そして、私はアレン様のモノではございません。でしたら、読みもせずになど無理があるのではないですか?」


 自分から捨てても、まだ私は自分のモノだって思っているのかしら。ほんっとーに、何様なんだろう。あ、おれ様か……。

 頭上でわめくアレンをよそに、私はその書類を拾い上げて目を通した。

 えっと、なになに。雇用契約書?

 その馬鹿げたともいえる契約書には、私をこの侯爵家で使用人として雇うというものだった。しかも終身雇用であり、お給金はほぼなし。

 そのかわりこの屋敷にタダで住まわせ、衣食住は保障してやる、と。

 契約解除は雇用主からのみしか出来ず、結婚や恋愛禁止まで盛り込まれていた。

 また休みもなく、許可のない外出も禁止。

 おそらくこの契約書はアレンとシーラが二人で考えたものなのだろう。

 読んだあと、二人の顔を見ればにやにやと魂胆が透けてみえる。

 こんな契約書、よく考えたものね。こんなにひどいものは初めて見たわ。でもあの顔からして、よく書けてるだろうって言いたいんだろうなぁ。


「さぁ、読んだんだろう。サインしろ」

「……お断りいたします」

「なんだと! 読む時間を与えてやったというのに」

「こういうものは、シーラにサインさせたらよろしいのではないですか?」

「なんですって。どうしてそこでわたしの名前が出てくるのよ。お姉さま、とうとう頭がおかしくなってしまったんではないですの?」

「だってアレン様との結婚内容が、まさにコレだもの」

「「なっ」」


 見事に二人の声が重なった。

 書いてて気づかなかったのかなぁ。こんなある意味奴隷契約みたいな書類が、この結婚そのものだって。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

転生した平凡顔な捨て子が公爵家の姫君?平民のままがいいので逃げてもいいですか

青波明来
恋愛
覚えているのは乱立するビルと車の波そして沢山の人 これってなんだろう前世の記憶・・・・・? 気が付くと赤ん坊になっていたあたし いったいどうなったんだろ? っていうか・・・・・あたしを抱いて息も絶え絶えに走っているこの女性は誰? お母さんなのかな?でも今なんて言った? 「お嬢様、申し訳ありません!!もうすぐですよ」 誰かから逃れるかのように走ることを辞めない彼女は一軒の孤児院に赤ん坊を置いた ・・・・・えっ?!どうしたの?待って!! 雨も降ってるし寒いんだけど?! こんなところに置いてかれたら赤ん坊のあたしなんて下手すると死んじゃうし!! 奇跡的に孤児院のシスターに拾われたあたし 高熱が出て一時は大変だったみたいだけどなんとか持ち直した そんなあたしが公爵家の娘? なんかの間違いです!!あたしはみなしごの平凡な女の子なんです 自由気ままな平民がいいのに周りが許してくれません なので・・・・・・逃げます!!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...