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ユノン視点 1

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 今でも時折、あの日のことが夢に出てくる。どんなに忘れようとしても、楽しい日々を送っていても。幸せになる権利なんてない。まるでそう言うかのような夢は、いつでもあたしを苦しめた。

 冒険者になって三年。

 あたしはいつものように相棒のアーザとダンジョンへ潜った。そのダンジョンは比較的新しく発見されたばかりのダンジョンで、まだ全フロアー攻略はなされていなかった。

 だからこそこぞって多くの冒険者たちは足を運び、全制覇を目指していた。

 アーザはあたしと同じ村の出身で幼馴染であり、村を出て冒険者となり、剣を振るうようになってからすぐに頭角を現した。

 ランクはB。上から数えて三番目の階級であり、彼は本当に強いかった。

 あたしは彼のサポート約であり、回復やその他を担う立場だった。二人だけの小さなパーティだったが、とても仲も良く、何も言わなくても彼の指示が分かるほど、意思疎通が取れているのが自慢だった。


「やっと地下五階層だな」

「たしか、ここは地下十階層って話だったっけ」

「一応、な。でも隠し階や他にも何があるかはまだ未踏だからな」

「そうね。慎重に進むのが良さそうね」


 未踏のダンジョンはマップもなければ、どこがどうなっているのかも分からない。ボス部屋だって、落とし穴だって分からない状態で進むことになる。

 冒険者にとって心躍ると同時に、かなり危険な存在なのは言うまでもない。

 それでもダンジョンへ潜るのは、冒険心からだけではなく、このダンジョンが置かれる土地に何かあったら困るからだ。

 そのため、依頼主は領主やギルド、また国などがお金を寄せ集め攻略を冒険者たちに頼んだりする。

 それだけ危険と隣り合わせなのだ。


「にしても、この階は静かね」


 この階に降りて来てから、戦闘はほとんどしていない。罠はちらほら設置してあったものの、いくつか解除されたものもあった。


「ああ、先客がいるんだろうさ」

「まぁ、そうでしょうね。罠が解除されてたものもあったし、シーフとかそういった人がいる大きめのパーティじゃないかな」


 そこまで言って、あたしはふと昨日の冒険者ギルドを思い浮かべていた。あたしたち以外にもここに潜ると言っていたのは数パーティあったっけ。

 でもあたしたちよりもランクの高いパーティはいなかったはず。だとしたら少し、オーバーワークなんじゃないのだろうか。

 いくらパーティの人数が多いからと言って、急げば大変なことになるのに。


「いい予感はしないな」

「やっぱりアーザもそう思う?」

「だって、あの場にいたのはせいぜいC級だろ。俺たちに先を越されたくなくて朝一から入っていたにせよ、少し飛ばしすぎじゃないのか?」

「うん……そう思う」


 実力以上のことをしようと思えば、きっと彼らは痛い目にあう。でもそれが彼らだけで済めばいいのだけれど。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 数名の酷い叫び声が、響き渡った。そして同時に、いくつもの足音が階層の奥から聞こえてくる。あたしたちは一瞬で、ここが地獄と化したのを知った。

 二人の冒険者が、大量のモンスターたちを引き連れてくる。遠目でも、後ろに連れているモンスターたちが上の階では比較にならないほど強いと分かった。


「ちっ。どうやらやらかしてくれたようだ」

「それにしてもこの数! 尋常じゃないわ」


 どこから引き付けて来たのか。いや、それよりもこの数。逃げている冒険者たちはすでに戦意を喪失しており、使い物になんかならない。

 二人でこの数を捌ききるにしたって、このモンスターたちの終わりはどこにあるのか。

 さすがにここは撤退しないと全滅する。


「退こう、アーザ。このままじゃ全滅するわ!」

「いや……おそらくこの数……」


 アーザは何かを言いかけながら、剣を引き抜きモンスターへ向かう。


「あんたたち、何があったの!」


 アーザの脇をすり抜け、逃げようとする冒険者の首根っこを捕まえた。あたしたちを置き去りにして自分たちだけ逃げるだなんて、絶対に許せない。


「ボス部屋を見つけたんだ! それで入ったはいいけど、他のメンバーがみんなやられてしまって!」

「逃げなきゃ。あんなの勝てないよ。あんたたちも逃げよう。このままじゃ全滅しちゃう」

「ちょっと待って、じゃあ、今ボス部屋の扉は開いたままになっているの?」

「仕方ないだろう! このままじゃ死んでしまうんだぞ」


 ああ。この数のモンスター、おかしいと思ったのよ。アーザがいくら倒しても、永遠とも思えるぐらい溢れてきているから。

 冗談じゃない。自分たちが助かるために、なんてことをしてくれたのよ!


「アーザ、どうしよう。ボス部屋が溢れた!」


 アーザはきっと、あたしが言うよりも前にこのことに気づいていた。だから振り返りもせず、やや小さな声で『ああ』とだけ答えた。


アーザは全てを分かっている。そう思った瞬間、嫌なものが背中を駆け抜けた。


「一旦逃げよう、アーザ! あたしたちだけじゃ、どうにもならない」

「二人を連れて上の階に行ってくれ」

「何言ってるの? アーザを置いてなんて行けるわけないでしょ」

「この数じゃどうにもならない。それなら足の速いユノンがそのまま上の階に行ってこの事態を説明して応援を呼んでもらってくれ」


 アーザはそう言いながらも、襲ってくるモンスターたちを処理していっている。でも数が多すぎる。

 あたしたちは二人で一つのパーティ。いつでもどんな時でも、必ず二人だった。二人だからこそ、ここまで来れたのに、アーザを置いて行くことなんてできない。


「馬鹿なコト言わないで! そんなこと出来るわけないでしょう。どこの世の中に相棒を置きざりにする人間がいるのよ。アーザが行かないならあたしも行かない。ココで一緒に戦う」

「この数は二人では危険すぎる」

「だったら一人でだなんて余計に無理でしょう」

「ユノン聞いてくれ。時間がない。ボス部屋を閉じなければ、下流の村も全て全滅する」


 アーザは一度だけ振り返り、微笑みかけた。嫌だと泣き叫びたかった。だって絶対に間に合わない。いくらあたしの足が速くたって。二階に助けを呼びに行ったらアーザは……。

 でもあの顔を見てしまったら。まだアーザが諦めていないのならば、あたしは諦めることも出来ないじゃない。

 ああ、本当に不便ね。子どものように、泣き叫んでしまいたいよ。傍に居させてって。最後ぐらい……最後の瞬間まで一緒にいたいって言えたらいいのに。

 この関係性がそれを許さない。パーティに恋愛感情を持ち込んでしまったら、きっと何もかもダメになってしまうから。


「行ってくれ、ユノン!」

「すぐ戻るから。絶対にすぐに戻るから! 死んでたりなんかしたら絶対に許さないからね」

「ああ、約束、な」


 あたしは二人を連れて全速力で走り出した。この上には他の冒険者がいる。そこで事情を説明し、その冒険者たちにギルドへ報告してもらって引き返せばいい。

 絶対に間に合わせる。そう誓って、後ろを振り返ることはなかった。
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