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 熱くなった頬を撫でる夜風はどこまでも心地良い。私たちはあの後、不貞腐れたマルクに手を引かれる形で陛下の執務室を後にした。

 手を引かれるまま、無言で歩く二人だけの長い廊下。でも不思議とこの無言すら、苦痛ではない。むしろたった二人だけという空間自体に、今まで感じたことのないような感情を覚える。

 こういうのって、なんて言うのかしら。そわそわみたいな、ざわざわざみたいな、なんか落ち着かなくて、でもそれなのに嫌いではない。

 引かれる手も頬も、耳までも熱くて、マルクの顔を見上げることも出来ずただ歩いた。そしてそのまま夜会の会場をすり抜ける。

 先ほどまで夜会が開かれ賑やかな音や色、人で溢れていた空間は、後片付けをする侍女や使用人たちだけになっていた。

 何もココを通り抜けなくてもいいのに。マルクは全然気にもしてないけど、みんな手を止めてぽかんとした表情で私たちを見ていますけど。

 先ほど貴族たちには私とマルクの関係は伝わったけど、そのほかの人たちはまだ知らないものね。でもこれで城中に私たちの会話が溢れるのはほぼ決定事項じゃないの。

 陛下もあんなだったし。絶対にしばらく登城なんてしないんだから。


「今日はうちの馬車で送らせてもらえないだろうか」


 会場を抜け、城のエントランスまで来たマルクが立ち止まり、私に声をかけた。マルクの馬車で家まで帰るって……。

 確かにマルクと話したいことはたくさんあるし、この時間は別に嫌ではない。

 だけどマルクの馬車で家に帰ったら、大騒ぎになることは目に見えている。だいたい、ただでさえシーラが家で怒りくるってそうだし。


「いえ、今日はこのまま自分の馬車で帰ります」


 そうこれがきっと今の最善の答え。マルクがまるで捨てられた子犬のように寂しそうな顔をしたとしても、ダメ。っていうか、私の前でのマルクの表情って違いすぎない?

 なんか幻覚だとは分かっていても、耳とかしっぽが見える気がするんですけど。


「あ、あの馬車に侍女を待たせているんです。その……会話はもっとゆっくりしたかったのですが……今日はいろんなことが一気にたくさんあったので、いっぱいいっぱいになってしまって」

「それについては俺も反省しています。オリビア、君にもっとキチンと説明するべきだったと思うのです」

「ああでもそれはあんな状況でしたし。仕方ないと思いますよ」

「全然仕方なくなどないし、伝わらなければ意味がないと今日切実に思いましたよ」

「そんな……私は大丈夫ですちゃんと分かっていますから」

「うん……、それが多分全く分かってないんだろうな」

「え」

「すぐに婚約の申し込みは書状にして送らせる。でもその前にちゃんと一言だけ言わせてくれ」

「きっかけも形も少し歪にはなってしまったが、昔から君を思っていたということだけは本当のことなんだ。それだけは分かって欲しい」


 真っすぐな瞳と、真っすぐな言葉。そのどちらからも、嘘は感じ取れない。

 思っていた。思っていたって、もしかしなくても好きだったってことよね。でもだって。あんなに仲悪かったのに。普通の貴族の関係以上に仲が悪いほど、ずっと。

 虫投げられたり、穴に落とされたり。そしてそれ以上に私も仕返ししちゃっていたけど。

 でも思ってくれていたって。

 ううう。なんだろう。やっぱり今日はもう、このまま逃げてしまいたい。とにかく、ユノン、そうユノンに縋りつきたいそんな気持ちでいっぱいだった。

 
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