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 部屋へ戻っても、寝る気にはなれなかった。寝台へと腰かけて、メイが押し花にと言って紙に折りたたんでくれた先ほどの花を見つめる。

 この城で今までのような生活を続けていくのはもう長くはないとは思ってはいたが、こんなに早いとも思ってはみなかった。

 どうしたら、どうすればいいのかしら。きちんと私が想いを伝えたら、シリルはどう思うかしら。迷惑なのか、喜んでくれるのか。考えたくないことばかりね。

 でも正式に申し込むのならば、兄か父から婚約を申し込んでもらわなけれないけない。私はどうあがいても王女なのだから。

 自分の気持ちだけで、どうにかならないのも分かってはいる。でもそれでも……。嫌だな。このまま何もしないで終わってしまうのは。


 ふいに、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


 誰かしら。ん-。もしかして私が先ほどの父との食事で気を落としていたのを気にしていた、メイが戻って来たのかもしれないわね。


「どうぞ」

「遅くに失礼します、王女殿下」


 部屋を訪ねてきたのは、メイではなくシリルだった。最近は幼い頃とは違い、部屋になど来てくれることはなかったというのに。


「ちょうど寝れなくて暇してたから、いいわ。こちらへ。今侍女を呼んで、お茶を入れさせますわ」


 部屋に置かれたソファーを勧める。


「いえ。このままで」


 そう言ってシリルは扉の前に立ち、座ろうとはしない。もう。真面目だというか、融通が利かないというか。昔なら駄々をこねて大泣きをして、寝るまで側にいてもらうことも出来たのに。

 シリルに近づきたくて早く大人になりたかったのに、大人になったらままならないことの方が多くなった気がする。本当に不便、ね。何もかも。


「いいから座って。そんなとこに立っているなら、話など聞かないわ」


 私がむくれると、シリルは観念したようにソファーへ腰かける。そして私は少し考えた後、シリルの隣へ座った。


「な、な、な、お、王女殿下!」

「何かしら? ソファーはこれしかないのだから仕方ないでしょう」


 隣に座るシリルの顔を見上げる。驚いてはいるものの、少なくとも怒ってはいない。立ち上がろうとするシリルの手を掴み、無言のまま行かないでと告げる。

 今の私にできる、精一杯のアピールだ。

 隣に座るくらい、いいじゃないの。ここには誰も私たちの関係性など咎める人もいない。だからせめて今だけは……。


「……国王様から話は聞かれましたか?」


 シリルは諦めたように大きなため息をつくと、私から視線を外し、真っすぐ前を見ながら話しだした。話とはどれのことかしら。

 先ほどはお兄様が結婚をしてという話はしたのだけれど、そんなことを言うためにわざわざこんな時間にシリルが来るなんて思えないし。

 あーでも、その先の私の輿入れの件で、気を落としていたのをメイから聞いたのかもしれないわね。それでなぐさめにでも来てくれたのならば、嬉しい。

 あくまで嬉しさを顔に出さないように、冷静を装う。


「ええ」


「申し訳ありません。本来でしたら、わたしの口から王女殿下には一番に言わなければいけないことだとは思ったのです。このような形で約束を違えるなど……」

「待って、待って、シリル。一体何の話なのです? 私は先ほど王より、兄の結婚の話をされただけです」


 約束を違える? それはどういう意味?

 だって、私とシリルが交わした約束は、ただ一つだけ。どんな時でも、いついかなる時でも側で護るというあの幼い頃の約束なのに。


「どういうことなの? シリル、私との約束を違えるとは、どういう意味なの!」


 私が父から話を聞いていないことに、シリルは一瞬驚いたような顔をする。そしてシリルは一度下を向いた後、まっすぐ私を見据えた。


「父が足を悪くしまして、爵位を継承することとなりました。次の月には引継ぎを終わらせ、領地へ戻る予定です」

「次の月……」

 次の月まで、あと何日あるというのだろう。先ほどの父の言った期限など、比べ物にならないほど短い。

 父が言いかけた悪い話とは、これのことだったのだと私は理解した。
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