上 下
5 / 31

005

しおりを挟む
 急激になにもかも変わり始める、屋敷内。

 装飾品や絨毯だけではなく、まさか使用人たちまでだなんて。

 いくらなんでもおかしい。

 まだ叔父はここを正式に継いだわけではない。

 いえ、もし正式に継いだとしてもこんなこと認められるわけがなかった。

 今まで父たちと一緒にここを守り抜いてきた使用人たちを、こんなに急に解雇するだなんて。

 そんなバカげた話がどこにあるのだろう。

 なんとしても説得しなきゃ。きっと取り返しのつかないことになるわ。



「叔父様!」


 私は勢いよく、執務室のドアを開けた。

 本来ならば、令嬢として許されるような行為ではない。

 でも今はそんなことに構っている余裕はなかった。

 中には叔父と叔母の前に、執事長と侍女長が立たされていた。


「お嬢様!」


 私を見た執事長たちがホッとしたように声を上げる。


「行儀が悪いぞ、ティア。君の父はどういう教育を行ってきたんだ」

「そんなことよりもです。これは一体どういうことなのですか? まだ喪もあけていなければ、正式に爵位の継続が終わったわけでもないというのに」

「ティア、それがどうしたというの?」


 叔母は私の言葉を鼻で笑った。

 今の言葉だけでは、意味が通じないのかしら。


「ですから……」

「まだ爵位を継承していないといっても、どうせ継承するのだから同じことでしょう? それならどのみち結果は同じじゃないの」

「ですが!」

「いちいちそんな細かいことを言って、あなたはどうしたいの?」

「どうして急にこんなことを始められたのです? どうして私に何も聞いてもらえないんですか」

「あはははは」


 何を言ってるのかと言わんばかりに、叔母が笑い出した。

 なんで叔母さんは笑っているの?

 私はこんなに怒っているのに。

 叔母はひとしきり笑ったあと、蔑むような冷たい目で私を見た。

 そう、まるで虫けらでも見るかのように。


「叔母様?」

「まだ自分の立ち位置が分かっていないようね。うちの人がここを継げば、ティアあなたはただのお荷物にしか過ぎないのよ? それをわざわざ置いてあげるのよ。お荷物を、ね」

「な、お、お嬢様はこの男爵家のご令嬢なのですよ。そんな言い方がどこにあるというのです。たとえ旦那様が亡くなって、新しい旦那様がここを継承されたとしてもお嬢様の称号がなくなることはないではないですか」


 執事長の言う通りだ。

 たとえどれだけお荷物と思われたって、私の身分がなくなるわけではない。

 どこまでいっても、私はこの男爵家の令嬢なのだ。


「馬鹿ね。これだから貴族は使えないって言うのよ」

「それはどういう意味ですか、叔母様!」


 元々、ご自分だって貴族だったというのにその身分を馬鹿にするだなんて。



「身分だけでは食っていけないという意味だよ、ティア」

「叔父様、それは……。でも領地があるではないですか」

「それはこの男爵家をぼくが継いだら、お前の金にはならないだろう」

「わ、私もお父様が残してくれたものが」

「そんなはした金で、ココに住めると思っているのか? 使用人たちのお給金はいくらかかると思っている。それにお前の食費は?」

「そ、それは」

「みんなココをぼくがここを継いだ以上、お前のものなんてほとんどなにも残ってないんだよ」


 叔父様がここを継いだら、なにも残っていない。

 確かに、お金としては父が私の名前で貯めていてくれたものだけ。

 物も誕生日とかにもらった宝石やドレスだけ。

 食べていく……。

 確かにそれにはお金がかかるのは分かる。

 今までは父が生きていたから当たり前のように出来て来たことが、父たちが亡くなったことで出来なくなっていく。

 うっすらと分かってはいたけれど、ご飯や家は当たり前のようにここにあって生活できるものだと思っていた。

 それに父が残してくれた財産だってあるのに。

 でもそれも全部叔父が受け継ぐのだとしたら、私は……。


「ようやく少しは立場が分かったようなだ。お金も何もないお前を善意で置いてあげるんだよ、ぼくたちは」

「そうよ。でもなんでも生きていくためにはお金がかかるのよ」

「ですが私は」

「そうね、お貴族様で箱入り娘だったあなたにお金が稼げるわけがないものね」


 まだ私は成人もしてはいないし、後ろ盾がなければいくら貴族の令嬢といえど働くことも出来ない。

 それに、もし私のお金を全て使い切ってしまったら?

 持参金がなければ、貴族は結婚すら出来ない。

 今はまだ男爵家の令嬢としての肩書きも、自分のお金もある。

 だけどこのお金がなくなってしまったら、私はカイル様の元へ嫁ぐことも出来なくなってしまうんじゃないのかしら。

 そうなったら、私はどうなってしまうのだろう。

 今までに感じたこともなかった不安が私の中を支配していった。


「お嬢様……」


 侍女長が私の肩を抱いた。

 私はただ泣き出しそうになるのを、必死に堪える。


「ただ叔母様、使用人たちを全て辞めさせるという話を先ほど聞きました。この屋敷はとても広く、管理などにはとても人手がかかります。彼らは先代より仕えてくれる者も多く、この屋敷を運営していくには不可欠です」

「別にいなくてもなんとかなるでしょう、ティア」

「そんな無理です!」

「無理じゃないでしょう? この家には働かない者はいらないわ」

「え? それはどういう意味ですか?」

「あなたが使用人として働けばいいってことよ」


 叔母の言葉に、私は固まった。

 私が使用人として働く。

 その意味は、この時に私には全く理解できないのもだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

決めたのはあなたでしょう?

みおな
恋愛
 ずっと好きだった人がいた。 だけど、その人は私の気持ちに応えてくれなかった。  どれだけ求めても手に入らないなら、とやっと全てを捨てる決心がつきました。  なのに、今さら好きなのは私だと? 捨てたのはあなたでしょう。

両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした

朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。 わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...