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「ちょっと、本当に困るんですけど?」

「行く宛もないならいいではないですか」

「でも」

「でも?」


 明らかにくぐってはいけないだろうと思われる朱塗りの門の前まで私たちは来た。

 おそらくココは裏口なのだとは思う。しかし朱塗りの門の中には明らかに屋敷とは思えない建造物がある。帝国の町の中心。朱塗りの門ってさぁ、どう考えてもいい予感はしない。

 どこかいい育ちの娘とは思ったけど、後宮の女官か何かって感じかしら。どっちにしても私はそういった権力系に関わりたくないのよ。ただでさえ、危うい悪役ポジなんだから。こんなところで巻き返されても困るの!


「ココ、後宮ではないの?」

「んー。まぁ、そうなるかな」

「許可なく余所者はここには入れないわ」

「大丈夫、大丈夫。許可、するから」

「は?」


 今、なんて言った? 許可を取るじゃなくてするって言ったわよね。

 後宮に入る許可を出来る人間なんて、そうそういるわけではない。しかも私はただの旅人であり、悪う言えば身元不明人。

 そんなどこの馬の骨とも分からぬ者に許可を出しても怒られない人間ってさぁ……。


「どこに行かれていたのですか春蕾チュンレイ! ワタシどもがどれだけ探したというのです!」


 艶やかな紅色の長い漢服を身に着け、黒くやや長めの髪を靡かせながら一人の宦官が駆け寄ってきた。

 宦官は娘の腕を無造作に掴んだあと、その後ろにいた私をジッと上から下まで確認するように嫌そうな目で見てくる。

 そんな目で見られなくたって、別に私が無理やりついてきたワケでも何でもないのよ。だいたい助けた相手にする目つきじゃないし。

 それに春蕾だっけ。ちゃんと説明しなさいよね。


「んんん? 春蕾?」

「ああ、名前言ってなかったね」


 しなやかな動きで宦官が掴んだ手を振りほどいたかと思うと、春蕾はこちらに向き直った。そして満面の笑みで私の両手を取る。


「ちょっと待って。春蕾って、男の名前なんじゃないの? しかも……」


 そう。この名前は女の名前というよりは男の名前。しかも兄の口から一度だけこの名前を私は聞いたことがあった。

 前帝の弟であり、病死した兄に変わってつい最近今帝となったそのお方だ。


「待って待って待って待って。なんで女装!」

「ん-、趣味?」

「辞めてよ紛らわしい!」

「ダメかな」

「ダメでしょう。何考えてんの! い、いえ。仮にいいかもしれないけど、私を巻き込まないで下さい」

「でも助けてくれたんでしょう」

「それはそれ、これはこれ。お礼とか本当にいらないので、ココで失礼します」


 なんで皇帝が女装なんてして町中フラフラ歩いてるのよ。どんなフラグなの。絶対に危ないヤツじゃないの。付いてなんて行かないわよ。

 ある意味、入り口で宦官が声かけてくれて良かったわ。まぁまぁなんて言われて着いて行ったら、大変なことになっていた。

 明らかに宦官が怪訝そうな顔をしているけど、むしろ私は被害者なのよ。


「待ってくれ。騙していたことは謝るが、君にはお願いしたいことがあるんだ」

「おやめください。そんなどこの者とも分からぬ者を中に入れようなどと」

「どこの骨とか言われるつもりもなければ、こちらからも願い下げです」


 陛下のために言ってるのは分かるけど、この宦官は大概ね。私だって好きでココにいるわけじゃないっていうのに失礼にもほどがあるわ。
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