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010 敵を味方につけてでも手に入れたいモノ
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「それで、私には何をお望みなのですか? 到底差し上げられるモノなどないのですが」
「貴女のその座よ」
まぁ、そうでしょうね。
それは想定内だわ。
だけど一度貴族として結婚してしまった以上、白紙に戻すのは簡単ではないことなどマリアンヌも知っているはず。
「ただ待つということですか?」
「……分かってるわよ。離婚がそんなに簡単には成立しないことぐらい」
「そうですね。最低、三年は必要かと」
「でも貴女だって、タダで離婚する気などないんでしょう?」
なんだろう。
回りくどいというか、なんというか。
三年待って私とダミアンの白い結婚が認められれば、マリアンヌが帳簿を出さなくたって、妻の座につけるのに。
わざわざこんな夜更けに、わざわざ敵であろう私に話を持ちかけるだなんて、何のメリットがあるというの?
先ほどからずっと、引っ掛かってることを私は口にした。
「どうして……」
「え?」
「マリアンヌ様はそのようなコトなどしなくても、妻の座は確約されたようなモノではないですか。なのにどうして私にこんな話をされるのですか?」
「確約なんてどこにもないじゃない! だってそうでしょう?」
マリアンヌはやや肩を震わせ、今にも泣き出しそうな様子だった。
先ほどまでの勝ち気な表情はどこにもない。
あるのはただ漠然とした不安に思えた。
「三年後に、アタシが彼の隣にいられるかなんてわからないじゃない。今だってそうよ。お金を手にした途端、昔のようにまた女遊びをし始めたわ」
髪を振り乱し、マリアンヌはその顔を両手で覆う。
ああ、そうか。
だからさっき、私が父に似てると彼女は怒ったのね。
「マリアンヌ様はそれほどまでに、あの人のことを……」
「愛してるのよ。悪い? さぞ、みっともなく思ったことでしょう。そうよ。どうしようもないくらい、アタシはあの人を愛してるの。あの人じゃなきゃ、ダメなのよ! みじめでもみっともなくても、あの人の愛だけがアタシは欲しいのよ」
それは可哀想になるくらい、悲痛な叫びだった。
こんなにも愛しているのに、ダミアンはお金のために私を選んだ。
マリアンヌにとって、それがどれほどの屈辱的なことだったのか私には推し量ることなど出来ない。
こんな風に、苦しくなるほど誰かを愛したことなどないから。
「もしかして、この男爵家を潰そうとなさっていたのはマリアンヌ様ですか?」
「潰すまではいかないにしても、この男爵家が傾くようにずっと仕向けてきたわ。没落すれば、彼はもうどこにも行けなくなるもの」
「でもそんなことしたら、ご実家である子爵家にはお二人の結婚を反対されるのではないのですか?」
「アタシはね、貴族なんてどうでもいいの。苦しくてもひもじくても、彼さえいれば他に何もいらない。だから家なんて関係ないの。それにもとより、素行の良くない彼との結婚はずっと反対されいて、実家とは絶縁状態よ」
ぽたぽたと頬を伝う涙は、綺麗だった。
もちろんこの方法が全て正しいとは、私も思わない。
でも貴族であり、今まで裕福で幸せに暮らしてきた彼女の出した答えだ。
自分の全てを捨ててでも、ただ彼と二人で生きていきたい。
私にはそれを否定する権利も、それだけの想いもない。
「どうしてダミアン様なのですか? あなたのように美しい方なら、他にいくらでも自分だけを愛してくれる人がいたんじゃないんですか?」
「それでは意味がないのよ。自分が愛した人ではないと、アタシには意味がないの」
愛したことも、愛されたこともない私には、マリアンヌの感情が羨ましい。
いつかマトモに生きていけたら、彼女の半分くらいは誰かを本気で愛することが出来るのかな。
自分の大切なモノを捨てるくらいの愛……を。
「自分でも馬鹿だって分かってるから、笑ってもいいのよ。みっともないでしょう? いい歳して、こんなの」
「いいえ。それほどまでに愛されるあの人が、むしろ羨ましいですわ」
「……そう」
マリアンヌは少し驚いたように目を見開いたあと『ふふふ』と笑った。
「聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あの人のどこが良かったんですか?」
「それ聞いてどうするの?」
「いや、興味本位で。私には一つも良いところなんて、ないとしか思えないので」
きっぱりと言う私に苦笑いをしながらも、マリアンヌは嫌な顔せず全て教えてくれた。
二人の馴れ初めから、恋に落ちた経緯。
人の恋バナを聞くのは初めてのことであり、一瞬自分の夫と愛人の話であるなんてことは忘れてしまうような感覚さえ覚えた。
それほどまでにマリアンヌはただ純粋に、どうしようもないダミアンを愛してきた。
この結婚が二人を割かなければ、没落したダミアンを支えてマリアンヌが望んだ未来が来るはずだった。
質素で何もなく、でも二人だけの世界。
それがお金に目がくらみ、マリアンヌを愛人に据える形でダミアンは裏切った。
ある意味、マリアンヌだってこの結婚の被害者だ。
「私の計画を裏から手伝ってくれるのならば、マリアンヌ様の望む未来を約束しますわ。ただ時間はかかってしまいますが」
「時間なんてどうでもいいのよ。確約された未来さえあれば、アタシはそれでいいの」
敵を味方につけてまでも欲しいくらいの恋がいつか出来るのだろうかと思いながら、私はマリアンヌと手を組んだ。
「貴女のその座よ」
まぁ、そうでしょうね。
それは想定内だわ。
だけど一度貴族として結婚してしまった以上、白紙に戻すのは簡単ではないことなどマリアンヌも知っているはず。
「ただ待つということですか?」
「……分かってるわよ。離婚がそんなに簡単には成立しないことぐらい」
「そうですね。最低、三年は必要かと」
「でも貴女だって、タダで離婚する気などないんでしょう?」
なんだろう。
回りくどいというか、なんというか。
三年待って私とダミアンの白い結婚が認められれば、マリアンヌが帳簿を出さなくたって、妻の座につけるのに。
わざわざこんな夜更けに、わざわざ敵であろう私に話を持ちかけるだなんて、何のメリットがあるというの?
先ほどからずっと、引っ掛かってることを私は口にした。
「どうして……」
「え?」
「マリアンヌ様はそのようなコトなどしなくても、妻の座は確約されたようなモノではないですか。なのにどうして私にこんな話をされるのですか?」
「確約なんてどこにもないじゃない! だってそうでしょう?」
マリアンヌはやや肩を震わせ、今にも泣き出しそうな様子だった。
先ほどまでの勝ち気な表情はどこにもない。
あるのはただ漠然とした不安に思えた。
「三年後に、アタシが彼の隣にいられるかなんてわからないじゃない。今だってそうよ。お金を手にした途端、昔のようにまた女遊びをし始めたわ」
髪を振り乱し、マリアンヌはその顔を両手で覆う。
ああ、そうか。
だからさっき、私が父に似てると彼女は怒ったのね。
「マリアンヌ様はそれほどまでに、あの人のことを……」
「愛してるのよ。悪い? さぞ、みっともなく思ったことでしょう。そうよ。どうしようもないくらい、アタシはあの人を愛してるの。あの人じゃなきゃ、ダメなのよ! みじめでもみっともなくても、あの人の愛だけがアタシは欲しいのよ」
それは可哀想になるくらい、悲痛な叫びだった。
こんなにも愛しているのに、ダミアンはお金のために私を選んだ。
マリアンヌにとって、それがどれほどの屈辱的なことだったのか私には推し量ることなど出来ない。
こんな風に、苦しくなるほど誰かを愛したことなどないから。
「もしかして、この男爵家を潰そうとなさっていたのはマリアンヌ様ですか?」
「潰すまではいかないにしても、この男爵家が傾くようにずっと仕向けてきたわ。没落すれば、彼はもうどこにも行けなくなるもの」
「でもそんなことしたら、ご実家である子爵家にはお二人の結婚を反対されるのではないのですか?」
「アタシはね、貴族なんてどうでもいいの。苦しくてもひもじくても、彼さえいれば他に何もいらない。だから家なんて関係ないの。それにもとより、素行の良くない彼との結婚はずっと反対されいて、実家とは絶縁状態よ」
ぽたぽたと頬を伝う涙は、綺麗だった。
もちろんこの方法が全て正しいとは、私も思わない。
でも貴族であり、今まで裕福で幸せに暮らしてきた彼女の出した答えだ。
自分の全てを捨ててでも、ただ彼と二人で生きていきたい。
私にはそれを否定する権利も、それだけの想いもない。
「どうしてダミアン様なのですか? あなたのように美しい方なら、他にいくらでも自分だけを愛してくれる人がいたんじゃないんですか?」
「それでは意味がないのよ。自分が愛した人ではないと、アタシには意味がないの」
愛したことも、愛されたこともない私には、マリアンヌの感情が羨ましい。
いつかマトモに生きていけたら、彼女の半分くらいは誰かを本気で愛することが出来るのかな。
自分の大切なモノを捨てるくらいの愛……を。
「自分でも馬鹿だって分かってるから、笑ってもいいのよ。みっともないでしょう? いい歳して、こんなの」
「いいえ。それほどまでに愛されるあの人が、むしろ羨ましいですわ」
「……そう」
マリアンヌは少し驚いたように目を見開いたあと『ふふふ』と笑った。
「聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あの人のどこが良かったんですか?」
「それ聞いてどうするの?」
「いや、興味本位で。私には一つも良いところなんて、ないとしか思えないので」
きっぱりと言う私に苦笑いをしながらも、マリアンヌは嫌な顔せず全て教えてくれた。
二人の馴れ初めから、恋に落ちた経緯。
人の恋バナを聞くのは初めてのことであり、一瞬自分の夫と愛人の話であるなんてことは忘れてしまうような感覚さえ覚えた。
それほどまでにマリアンヌはただ純粋に、どうしようもないダミアンを愛してきた。
この結婚が二人を割かなければ、没落したダミアンを支えてマリアンヌが望んだ未来が来るはずだった。
質素で何もなく、でも二人だけの世界。
それがお金に目がくらみ、マリアンヌを愛人に据える形でダミアンは裏切った。
ある意味、マリアンヌだってこの結婚の被害者だ。
「私の計画を裏から手伝ってくれるのならば、マリアンヌ様の望む未来を約束しますわ。ただ時間はかかってしまいますが」
「時間なんてどうでもいいのよ。確約された未来さえあれば、アタシはそれでいいの」
敵を味方につけてまでも欲しいくらいの恋がいつか出来るのだろうかと思いながら、私はマリアンヌと手を組んだ。
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