上 下
10 / 14

010 敵を味方につけてでも手に入れたいモノ

しおりを挟む
「それで、私には何をお望みなのですか? 到底差し上げられるモノなどないのですが」
「貴女のその座よ」

 まぁ、そうでしょうね。
 それは想定内だわ。
 だけど一度貴族として結婚してしまった以上、白紙に戻すのは簡単ではないことなどマリアンヌも知っているはず。

「ただ待つということですか?」
「……分かってるわよ。離婚がそんなに簡単には成立しないことぐらい」
「そうですね。最低、三年は必要かと」
「でも貴女だって、タダで離婚する気などないんでしょう?」

 なんだろう。
 回りくどいというか、なんというか。
 三年待って私とダミアンの白い結婚が認められれば、マリアンヌが帳簿を出さなくたって、妻の座につけるのに。

 わざわざこんな夜更けに、わざわざ敵であろう私に話を持ちかけるだなんて、何のメリットがあるというの?

 先ほどからずっと、引っ掛かってることを私は口にした。

「どうして……」
「え?」
「マリアンヌ様はそのようなコトなどしなくても、妻の座は確約されたようなモノではないですか。なのにどうして私にこんな話をされるのですか?」
「確約なんてどこにもないじゃない! だってそうでしょう?」

 マリアンヌはやや肩を震わせ、今にも泣き出しそうな様子だった。
 先ほどまでの勝ち気な表情はどこにもない。

 あるのはただ漠然とした不安に思えた。

「三年後に、アタシが彼の隣にいられるかなんてわからないじゃない。今だってそうよ。お金を手にした途端、昔のようにまた女遊びをし始めたわ」

 髪を振り乱し、マリアンヌはその顔を両手で覆う。
 ああ、そうか。
 だからさっき、私が父に似てると彼女は怒ったのね。

「マリアンヌ様はそれほどまでに、あの人のことを……」
「愛してるのよ。悪い? さぞ、みっともなく思ったことでしょう。そうよ。どうしようもないくらい、アタシはあの人を愛してるの。あの人じゃなきゃ、ダメなのよ! みじめでもみっともなくても、あの人の愛だけがアタシは欲しいのよ」

 それは可哀想になるくらい、悲痛な叫びだった。
 こんなにも愛しているのに、ダミアンはお金のために私を選んだ。

 マリアンヌにとって、それがどれほどの屈辱的なことだったのか私には推し量ることなど出来ない。
 こんな風に、苦しくなるほど誰かを愛したことなどないから。

「もしかして、この男爵家を潰そうとなさっていたのはマリアンヌ様ですか?」
「潰すまではいかないにしても、この男爵家が傾くようにずっと仕向けてきたわ。没落すれば、彼はもうどこにも行けなくなるもの」

「でもそんなことしたら、ご実家である子爵家にはお二人の結婚を反対されるのではないのですか?」
「アタシはね、貴族なんてどうでもいいの。苦しくてもひもじくても、彼さえいれば他に何もいらない。だから家なんて関係ないの。それにもとより、素行の良くない彼との結婚はずっと反対されいて、実家とは絶縁状態よ」

 ぽたぽたと頬を伝う涙は、綺麗だった。
 もちろんこの方法が全て正しいとは、私も思わない。

 でも貴族であり、今まで裕福で幸せに暮らしてきた彼女の出した答えだ。
 自分の全てを捨ててでも、ただ彼と二人で生きていきたい。

 私にはそれを否定する権利も、それだけの想いもない。

「どうしてダミアン様なのですか? あなたのように美しい方なら、他にいくらでも自分だけを愛してくれる人がいたんじゃないんですか?」
「それでは意味がないのよ。自分が愛した人ではないと、アタシには意味がないの」

 愛したことも、愛されたこともない私には、マリアンヌの感情が羨ましい。

 いつかマトモに生きていけたら、彼女の半分くらいは誰かを本気で愛することが出来るのかな。
 自分の大切なモノを捨てるくらいの愛……を。

「自分でも馬鹿だって分かってるから、笑ってもいいのよ。みっともないでしょう? いい歳して、こんなの」
「いいえ。それほどまでに愛されるあの人が、むしろ羨ましいですわ」
「……そう」

 マリアンヌは少し驚いたように目を見開いたあと『ふふふ』と笑った。
 
「聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あの人のどこが良かったんですか?」
「それ聞いてどうするの?」
「いや、興味本位で。私には一つも良いところなんて、ないとしか思えないので」

 きっぱりと言う私に苦笑いをしながらも、マリアンヌは嫌な顔せず全て教えてくれた。
 二人の馴れ初めから、恋に落ちた経緯。
 
 人の恋バナを聞くのは初めてのことであり、一瞬自分の夫と愛人の話であるなんてことは忘れてしまうような感覚さえ覚えた。

 それほどまでにマリアンヌはただ純粋に、どうしようもないダミアンを愛してきた。

 この結婚が二人を割かなければ、没落したダミアンを支えてマリアンヌが望んだ未来が来るはずだった。
 質素で何もなく、でも二人だけの世界。

 それがお金に目がくらみ、マリアンヌを愛人に据える形でダミアンは裏切った。
 ある意味、マリアンヌだってこの結婚の被害者だ。

「私の計画を裏から手伝ってくれるのならば、マリアンヌ様の望む未来を約束しますわ。ただ時間はかかってしまいますが」
「時間なんてどうでもいいのよ。確約された未来さえあれば、アタシはそれでいいの」

 敵を味方につけてまでも欲しいくらいの恋がいつか出来るのだろうかと思いながら、私はマリアンヌと手を組んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

旦那様のお望みどおり、お飾りの妻になります

Na20
恋愛
「しょ、初夜はどうするのですか…!?」 「…………すまない」 相手から望まれて嫁いだはずなのに、初夜を拒否されてしまった。拒否された理由はなんなのかを考えた時に、ふと以前読んだ小説を思い出した。その小説は貴族男性と平民女性の恋愛を描いたもので、そこに出てくるお飾りの妻に今の自分の状況が似ていることに気がついたのだ。旦那様は私にお飾りの妻になることを望んでいる。だから私はお飾りの妻になることに決めたのだ。

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~

Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。 「俺はお前を愛することはない!」 初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。 (この家も長くはもたないわね) 貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。 ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。 6話と7話の間が抜けてしまいました… 7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

白い結婚の王妃は離縁後に愉快そうに笑う。

三月べに
恋愛
 事実ではない噂に惑わされた新国王と、二年だけの白い結婚が決まってしまい、王妃を務めた令嬢。  離縁を署名する神殿にて、別れられた瞬間。 「やったぁー!!!」  儚げな美しき元王妃は、喜びを爆発させて、両手を上げてクルクルと回った。  元夫となった国王と、嘲笑いに来た貴族達は唖然。  耐え忍んできた元王妃は、全てはただの噂だと、ネタバラシをした。  迎えに来たのは、隣国の魔法使い様。小さなダイアモンドが散りばめられた紺色のバラの花束を差し出して、彼は傅く。 (なろうにも、投稿)

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

処理中です...