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 私は日記をぱたりと閉じた。

 これがアーシエとルドとの出会い。出会ったその次の日には、アーシエを婚約者候補とルドがしたのだ。

 そうだ……。候補者は二人だった。侯爵家の令嬢であったアーシエと、公爵家の令嬢であったユイナ様。

 ある意味三角関係は、あの時から始まっていたんだ。


「……ただ、これ……日記というには……」


 日付も書かれている、普通の日記。

 しかしその内容が、当時子どもだったアーシエが書いていたにしてはずいぶんと大人びている。

 パラパラと数ページめくっても、同じように日にちは飛んでいるものの、その日起きたことを書いているようだっだ。


「ん-、なにかな……さっきから……」


 日記から伝わる、漠然たる違和感。

 その日の出来事とそぐわないような大人びた感想以外にも、もっと根本的ななにか。


「とにかくコレは持って帰らないとね」


 そう言って日記をカバンに入れようとした時、手からするりと日記が落ちる。


「もぅ」


 拾い上げようとした時に、そのページに目が留まった。内容ではない。先ほどから感じていた違和感は、文字だ。


「これ、日本語……」


 日記に書かれていた文字は、この世界の文字ではない。

 全てが日本語で書かれていた。


「まって……これはどういうことなの?」


 アーシエが日本語を使えていた。それが事実ならば、答えはもう一つしかない。しかしそれを答えとするには、問題がある。

 まずは記憶だ。なぜ今、どうして……。

 私は居ても立っても居られなくなり、そのまま日記を抱え走り出した。



     ◇     ◇     ◇


 走る私に使用人たちが驚いた表情で私に道をあける。

 しかし余裕のない私は、それすらも気にかけることなくレオの部屋へなだれ込んだ。


「レオ! 教えて! 私は何だったの」

「どうしたんですか、そんなに慌てて」

「だって、だって日記が! 日本語が!」


 ページを開き、レオに見せるように掲げた。

 レオはちらりと視線を日記に向けたあと、深くため息をつく。


「とりあえず落ち着いて下さい姉上。座って話しましょう」

「……わかったわ」


 言いたい言葉を一度飲み込み、私は促されるままにレオの部屋のソファーへ腰かけた。

 

「まずどこからせつめいした方がいいというか……でも一番はそうですね、姉上は憑依者などではなく、転生者なのですよ」


 憑依者じゃなくて、私は転生者……。それなら私はずっと、初めからアーシエだったってことになる。

 確かにそれなら、日記の文字が日本語であることの説明はつく。だけど、その説明だと私はアーシエに生まれてきて育ってきたということ。

 でも現実今は、私は美奈であってアーシエとしての記憶など欠片もない。ただ体が思えていることだけは、なんとなく分かるレベルなのに。


「私が転生者だなんて……。だって、アーシエとしての記憶も何もないのよ? 私は前世の記憶しか持ち合わせてないし」

「そうですね。確かに、今の姉上は美奈さんであってアーシエ姉さんではない」

「難しいよレオ。もう少し分かりやすく説明して」

「ん-。美奈さんはアーシエとしてこの世界に生まれ変わった。姉上は初めは混乱していたものの、ルド殿下に出会ってアーシエとして、この世界の貴族令嬢としてきちんと生きることを決めた」

「私がアーシエとして?」

「そうです。殿下の婚約者としてふさわしくなるために、過去は封印してアーシエとして生きる道をということです」


 ルドのために、美奈だった過去を封印してアーシエとして生きる。

 ん-。ある意味、ちゃんと第二の人生をって感じだったのかな。ルドのために、貴族令嬢としてきちんとしようとしていたんだ。


「姉上は本当にすごいですよ。過去など振り返ることなく、アーシエそのものとして生きることを決め、実際その通りに生きてきたのですから」

「ねぇ、さっきからその言い方だと……」


 私はやや暗くなったレオの顔を見た。

 過去を思い出すように話しているのに、なんだろう。レオからはまるで、アーシエを羨ましく思っていたように聞こえてくる。

 そう。ずっとおかしいと思っていたのよね。だって、レオはアーシエの過去を知るばかりか、きちんと美奈って発音も出来るのだもの。


もしかして私と同じ転生者なの?」


 私の言葉に、レオはただうつむくように頷いた。
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