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 五歳になった今日、初めて父たちに付いて登城した。

 煌びやから王城は、まさにという感じだ。

 私も今日のために、母があつらえたドレスに身を包んだ。

 しかしドレスというのは、どうも慣れない。動きずらい上に、似合わない気がして仕方ないのだ。

 たくさんいる貴族たちは、皆子どもにさえ値踏みするような視線を投げかけて来る。お行儀よく必死に作り笑いをするだけの空間など、一体何が楽しいのだろうか。

 謁見という名の挨拶が終わっても、そこから盛大なパーティが始まってしまった。

 帰りたい。疲れた。もう嫌だ。

 そんな言葉ですら、声に出していいのか私には分からない。


「お母様、中庭を見てきてもいいですか?」


 いい加減このパーティにうんざりした私は、母に声をかけた。


「あなた一人では危ないわ」

「これだけ人が多いので、大丈夫ですよ。それに少し見たら、すぐに帰ってきます」


 にこやかな笑みを母に返す。

 これで着いてくるなどと言われてしまえば、せっかくの一人になる時間がなくなってしまう。

 母はほかのご婦人たちとの会話が忙しいから、ここまで言えばダメとは言わないはずだ。


「ん-。仕方ないわね、ちゃんとすぐ帰って来るのよ? それに道が分からなくなったら、警備に当たっている騎士様たちちゃんと尋ねなさい」

「はい、分かりましたお母様。では、少し行ってきます」


 母とその場にいた婦人たちに丁寧に挨拶をするとはやる気持ちを押さえ、あくまで優雅にその場を離れた。

 私の大人びた作法に感嘆を漏らしつつも、すぐに興味がなくなったのか、また母たちは井戸端会議と言う名の会話を始める。

 そしてそれを確認すると、私は歩く速度を上げた。せっかく自由になる時間なのだ。一分一秒とて、惜しく感じる。

 整備され、この日のためにライトアップされてる中庭には数組のカップルたちがいた。

 私はその人たちを避けるように進み、見つけたベンチに腰をかける。


「はぁ。疲れた……。まったく、こんなに面白くもないことを、あとどれだけ続けるのかしら」


 あんなくだらない会話をするぐらいならば、ここで花たちを見ている方がよっぱど有意義だろう。

 一際大きくため息をついた時、隣に同じ年ぐらいの貴族の男の子がベンチに腰をかけた。


「君も退屈していたのかい? ああ、警戒しないで。僕も中から抜け出して来ただけだから。僕は、ルー。君は?」

「……私はアーシエ」


 私の名を聞くと、彼は嬉しそうに微笑んだ。

 金色の髪にブルーの瞳のルーと名乗った少年は、まるでおとぎ話の中の王子様そのものだ。

 しかしその容姿とは裏腹に、身振り手振りを交えながら、パーティがいかに無駄で意味のないモノかを話してくれている。

 初めは警戒していた私も、彼の話がだんだん楽しくなり、気づけば二人で愚痴の言い合いになっていた。

 こんなにも、誰かと話が弾むのは本当に初めてのことだった。

 友達を作るという概念すら本当はなかったのだが、この先長く生きていくにはやはりそれも必要なのだろう。


「こんなにも楽しく人と話せたのは初めてだよ、アーシエ」

「私もよ? ルー」

「また会えたら、一緒におしゃべりしてくれるかい?」

「もちろんよ。会えたら、ね?」

「大丈夫だよ。きっとすぐ会えるから」

「ふふふ。そーだといいけど。お母様が心配しているといけないから、私そろそろ戻るね」

「ああ、道は大丈夫かい?」


 そう言って、ルーもベンチから立ち上がる。

 今頃になって気付いたのだが、私たちの少し離れた位置に数名の騎士が待機していた。

 おそらく子どもだけでは不用心だと思われたのだろう。気付きもせずに、ずいぶんと長い時間話し込んでしまった気がする。申し訳ないことをしてしまったかな。


「大丈夫よ。真っすぐだもの。またね、ルー」

「ああ、またね、アーシエ」


 ひらひらと手を振りながら、私は中庭を小走りに進み出す。

 ルーと言うのはおそらく愛称かなにかだろう。最後まで彼は本名を名乗りはしなかった。

 しかも、『きっとすぐに会える』だなんて。この国に貴族は一体、何人いると思ってるのかしら。

 私も家名を名乗らなかったし、名乗ったところで子ども同士が勝手に会うことなどできない。

 全ては親たちの判断の上だ。

 私たち貴族は家の付き合いからなにから、本当にそういったところは面倒くさいのだ。すぐになんて、そんなことが無理なコトぐらい子どもの私でも分かるのに。

 彼の眼はとても自信に溢れていた。まるでその言葉に、確証でもあるように。

 会場に戻ると、母たちはまだ会話にいそしんでいた。おかげてかなり長く話していたはずの私はなにも怒られずにすんだのだから、ここはヨシとしよう。

 パーティは結局、日付が変わるぐらいの時間まで続いた。すっかり疲れ果てた私は、ルーのことを両親に話す前に馬車の中で寝てしまっていた。

 そして次の日、朝と言うにはかなり遅くなった頃、まだベッドの中にいた私の部屋に父が飛び込んでくる。


「アーシエ、昨日はなにがあったんだい」

「お父様おはようございます。昨日ですか? ん-。ああ、中庭でルーと名乗る男の子に会いましたよ。それがどうかしましたでしょうか」

「ルー、そうか……。昨日お会いになったのか。それで、なにかその時にいわれたのかい?」

「会話が楽しかったと。あと、それにまたきっと会えるからと言われました」


 父はうなだれるように、片手でこめかみを押さえる。

 そんな約束など勝手にしてはいけなかったのだろうか。子どもの口約束だからと、私は油断してしまったのかもしれない。


「お父様、私なにかいけないことでもしてしまったのでしょうか」


 さすがにまずいと思い、私はベッドから這い出た。

 怒られるだけで済めばいいのだが……。

「これが届いたんだ。あとでアーシエもゆっくり読むといい。分かりやすく説明すると、ルドルフ殿下の婚約者候補の一人に、アーシエも選ばれたってことだよ。下には、殿下からのお花やお菓子の贈り物が届いている。それを読んだら、着替えて下に来なさい」

「ルー? 彼がルドルフ殿下……」


 きっとすぐに会えるという意味はこういうことだったのか。それならば、あの数名の騎士が近くにいたことも頷ける。

 でもそれにしても、昨日の今日で婚約者候補に挙がるなんて……。

 でも貴族は親同士が決めた結婚のみだ。相手がルーだったら、きっと毎日が楽しいのかもしれない。そう思えば今のこの状態も、少しは夢を見れる気がした。
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