上 下
43 / 52

043

しおりを挟む

 五歳になった今日、初めて父たちに付いて登城した。

 煌びやから王城は、まさにという感じだ。

 私も今日のために、母があつらえたドレスに身を包んだ。

 しかしドレスというのは、どうも慣れない。動きずらい上に、似合わない気がして仕方ないのだ。

 たくさんいる貴族たちは、皆子どもにさえ値踏みするような視線を投げかけて来る。お行儀よく必死に作り笑いをするだけの空間など、一体何が楽しいのだろうか。

 謁見という名の挨拶が終わっても、そこから盛大なパーティが始まってしまった。

 帰りたい。疲れた。もう嫌だ。

 そんな言葉ですら、声に出していいのか私には分からない。


「お母様、中庭を見てきてもいいですか?」


 いい加減このパーティにうんざりした私は、母に声をかけた。


「あなた一人では危ないわ」

「これだけ人が多いので、大丈夫ですよ。それに少し見たら、すぐに帰ってきます」


 にこやかな笑みを母に返す。

 これで着いてくるなどと言われてしまえば、せっかくの一人になる時間がなくなってしまう。

 母はほかのご婦人たちとの会話が忙しいから、ここまで言えばダメとは言わないはずだ。


「ん-。仕方ないわね、ちゃんとすぐ帰って来るのよ? それに道が分からなくなったら、警備に当たっている騎士様たちちゃんと尋ねなさい」

「はい、分かりましたお母様。では、少し行ってきます」


 母とその場にいた婦人たちに丁寧に挨拶をするとはやる気持ちを押さえ、あくまで優雅にその場を離れた。

 私の大人びた作法に感嘆を漏らしつつも、すぐに興味がなくなったのか、また母たちは井戸端会議と言う名の会話を始める。

 そしてそれを確認すると、私は歩く速度を上げた。せっかく自由になる時間なのだ。一分一秒とて、惜しく感じる。

 整備され、この日のためにライトアップされてる中庭には数組のカップルたちがいた。

 私はその人たちを避けるように進み、見つけたベンチに腰をかける。


「はぁ。疲れた……。まったく、こんなに面白くもないことを、あとどれだけ続けるのかしら」


 あんなくだらない会話をするぐらいならば、ここで花たちを見ている方がよっぱど有意義だろう。

 一際大きくため息をついた時、隣に同じ年ぐらいの貴族の男の子がベンチに腰をかけた。


「君も退屈していたのかい? ああ、警戒しないで。僕も中から抜け出して来ただけだから。僕は、ルー。君は?」

「……私はアーシエ」


 私の名を聞くと、彼は嬉しそうに微笑んだ。

 金色の髪にブルーの瞳のルーと名乗った少年は、まるでおとぎ話の中の王子様そのものだ。

 しかしその容姿とは裏腹に、身振り手振りを交えながら、パーティがいかに無駄で意味のないモノかを話してくれている。

 初めは警戒していた私も、彼の話がだんだん楽しくなり、気づけば二人で愚痴の言い合いになっていた。

 こんなにも、誰かと話が弾むのは本当に初めてのことだった。

 友達を作るという概念すら本当はなかったのだが、この先長く生きていくにはやはりそれも必要なのだろう。


「こんなにも楽しく人と話せたのは初めてだよ、アーシエ」

「私もよ? ルー」

「また会えたら、一緒におしゃべりしてくれるかい?」

「もちろんよ。会えたら、ね?」

「大丈夫だよ。きっとすぐ会えるから」

「ふふふ。そーだといいけど。お母様が心配しているといけないから、私そろそろ戻るね」

「ああ、道は大丈夫かい?」


 そう言って、ルーもベンチから立ち上がる。

 今頃になって気付いたのだが、私たちの少し離れた位置に数名の騎士が待機していた。

 おそらく子どもだけでは不用心だと思われたのだろう。気付きもせずに、ずいぶんと長い時間話し込んでしまった気がする。申し訳ないことをしてしまったかな。


「大丈夫よ。真っすぐだもの。またね、ルー」

「ああ、またね、アーシエ」


 ひらひらと手を振りながら、私は中庭を小走りに進み出す。

 ルーと言うのはおそらく愛称かなにかだろう。最後まで彼は本名を名乗りはしなかった。

 しかも、『きっとすぐに会える』だなんて。この国に貴族は一体、何人いると思ってるのかしら。

 私も家名を名乗らなかったし、名乗ったところで子ども同士が勝手に会うことなどできない。

 全ては親たちの判断の上だ。

 私たち貴族は家の付き合いからなにから、本当にそういったところは面倒くさいのだ。すぐになんて、そんなことが無理なコトぐらい子どもの私でも分かるのに。

 彼の眼はとても自信に溢れていた。まるでその言葉に、確証でもあるように。

 会場に戻ると、母たちはまだ会話にいそしんでいた。おかげてかなり長く話していたはずの私はなにも怒られずにすんだのだから、ここはヨシとしよう。

 パーティは結局、日付が変わるぐらいの時間まで続いた。すっかり疲れ果てた私は、ルーのことを両親に話す前に馬車の中で寝てしまっていた。

 そして次の日、朝と言うにはかなり遅くなった頃、まだベッドの中にいた私の部屋に父が飛び込んでくる。


「アーシエ、昨日はなにがあったんだい」

「お父様おはようございます。昨日ですか? ん-。ああ、中庭でルーと名乗る男の子に会いましたよ。それがどうかしましたでしょうか」

「ルー、そうか……。昨日お会いになったのか。それで、なにかその時にいわれたのかい?」

「会話が楽しかったと。あと、それにまたきっと会えるからと言われました」


 父はうなだれるように、片手でこめかみを押さえる。

 そんな約束など勝手にしてはいけなかったのだろうか。子どもの口約束だからと、私は油断してしまったのかもしれない。


「お父様、私なにかいけないことでもしてしまったのでしょうか」


 さすがにまずいと思い、私はベッドから這い出た。

 怒られるだけで済めばいいのだが……。

「これが届いたんだ。あとでアーシエもゆっくり読むといい。分かりやすく説明すると、ルドルフ殿下の婚約者候補の一人に、アーシエも選ばれたってことだよ。下には、殿下からのお花やお菓子の贈り物が届いている。それを読んだら、着替えて下に来なさい」

「ルー? 彼がルドルフ殿下……」


 きっとすぐに会えるという意味はこういうことだったのか。それならば、あの数名の騎士が近くにいたことも頷ける。

 でもそれにしても、昨日の今日で婚約者候補に挙がるなんて……。

 でも貴族は親同士が決めた結婚のみだ。相手がルーだったら、きっと毎日が楽しいのかもしれない。そう思えば今のこの状態も、少しは夢を見れる気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

推しの悪役令嬢を幸せにします!

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
ある日前世を思い出したエレナは、ここは大好きだった漫画の世界だと気付いた。ちなみに推しキャラは悪役令嬢。推しを近くで拝みたいし、せっかくなら仲良くなりたい! それに悪役令嬢の婚約者は私のお兄様だから、義姉妹になるなら主人公より推しの悪役令嬢の方がいい。 自分の幸せはそっちのけで推しを幸せにするために動いていたはずが、周りから溺愛され、いつのまにかお兄様の親友と婚約していた。

恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~

めもぐあい
恋愛
 公爵令嬢として皆に慕われ、平穏な学生生活を送っていたモニカ。ところが最終学年になってすぐ、親友と思っていた伯爵令嬢に裏切られ、いつの間にか悪役公爵令嬢にされ苛めに遭うようになる。  そのせいで、貴族社会で慣例となっている『女性が学園を卒業するのに合わせて男性が婚約の申し入れをする』からもあぶれてしまった。  家にも迷惑を掛けずに一人で生きていくためトップであり続けた成績を活かし官僚となって働き始めたが、仕事内容は第二皇子の無茶振りに付き合う事。社会人になりたてのモニカは日々奮闘するが――

モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。 でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。 果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

申し訳ないけど、悪役令嬢から足を洗らわせてもらうよ!

甘寧
恋愛
この世界が小説の世界だと気づいたのは、5歳の頃だった。 その日、二つ年上の兄と水遊びをしていて、足を滑らせ溺れた。 その拍子に前世の記憶が凄まじい勢いで頭に入ってきた。 前世の私は東雲菜知という名の、極道だった。 父親の後を継ぎ、東雲組の頭として奮闘していたところ、組同士の抗争に巻き込まれ32年の生涯を終えた。 そしてここは、その当時読んでいた小説「愛は貴方のために~カナリヤが望む愛のカタチ~」の世界らしい。 組の頭が恋愛小説を読んでるなんてバレないよう、コソコソ隠れて読んだものだ。 この小説の中のミレーナは、とんだ悪役令嬢で学園に入学すると、皆に好かれているヒロインのカナリヤを妬み、とことん虐め、傷ものにさせようと刺客を送り込むなど、非道の限りを尽くし断罪され死刑にされる。 その悪役令嬢、ミレーナ・セルヴィロが今の私だ。 ──カタギの人間に手を出しちゃ、いけないねぇ。 昔の記憶が戻った以上、原作のようにはさせない。 原作を無理やり変えるんだ、もしかしたらヒロインがハッピーエンドにならないかもしれない。 それでも、私は悪役令嬢から足を洗う。 小説家になろうでも連載してます。 ※短編予定でしたが、長編に変更します。

処理中です...