6 / 7
006
しおりを挟む
王宮内に与えられた自室へ戻ると、夜のために支度を始める。
この日のためにというより、今まで父の命令をただ真面目に聞いていたために着ることのなかったドレスを出した。
そして同時に、ひっつめてメイドキャップの中にしまっていた髪を下ろし、梳いていく。
今日はこの大きな伊達メガネも必要はない。
殿下が嫌わないぐらいの薄さで化粧を施し、前に殿下から頂いた香水をつける。
このまま夜遅く訪ねるのだから、あえて装飾品は必要ない。
鏡に映し出される自分の姿を眺めた。
切れ長で大きなオレンジ色の瞳に水色の長い髪。
髪はグラデーションのように、濃い青から水色へと変化している。
私のこの姿を知っている者は、今や父以外ほどんどいないだろう。
私は殿下の公務が終わる時間より少し遅めに、部屋を後にした。
入室許可をもらい殿下の部屋に入ると、予想した通りに殿下はお酒を飲まれていた。
そしていつもとは違う格好の私に酒を飲む手を止め、心底驚いたようにその場に立ち上がる。
「殿下、今日は貴重なお時間をいただいてしまって申し訳ございません」
「い、いや……。そんなことはいいのだが……シアラ、君は……」
「どうかされました? 殿下」
殿下は開いた口が塞がらないと言わんばかりに、ただ私を見つめていた。
それはそうだろう。
三年間ずっと一緒にいたはずの私を、やっと一人の女性として認識したのだから。
「いや、なんというかその……。ああ、そうだ話をということだったな」
「はい、殿下……」
「そこではなんだ。とにかく座りなさい」
私はその言葉を聞くと、やや悲しげな笑みを浮べながら殿下の座るソファーの隣に腰を掛けた。
本来ならば、対面に座るのが貴族令嬢としては正解だ。
しかし思惑のある私からすれば、対面ではなんの効果もないことを知っている。
だからこその隣。
いきなり隣に座られ、やや照れながらも戸惑いを隠せない殿下が少し可愛らしく思える。
「の、飲むか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、その方が話しやすかろう」
自分が飲んでいたワインをもう一つのグラスに、殿下自らが注ぐ。
こんなコトをしてもらえる人間は、この国でもそうはいないだろう。
「まぁ、殿下の手ずからなど……。申し訳ありません」
「いや、いいのだ。君には常日頃からずっと感謝している」
「そんな。私はただ職務を全うしてきただけ。それに、殿下のお側にいられるのです。こんなに幸せ……、あ、光栄なことはないでしょう」
言い間違えたふりをしつつ、私は一気に差し出されたワインを飲みほした。
そしてやや赤くなった顔で、殿下を見上げる。
「そ、そうか……。ところで話というのは……」
「父が私の婚約者を決めてきたようなのです。それで家に入り、子を産めと……」
私はグラスを置き、そのまま下を向く。
「なんと、急な」
「私は貴族令嬢としては売れ残りです。結婚適齢期もすでに迎えているのに、婚約者もおりません。父はお家のために、格下の男爵家の次男と結婚させるつもりなのです」
「急すぎるだろう、そんなこと。だいたいシアラに何の相談もなく決めることではないはずだ」
「父はあの性格です……。女である私の意見など、聞くことはないでしょう」
「馬鹿な」
まるで自分のことのように怒る殿下に、私は更に言葉を続けた。
「このままだとこの職務の任も解かれ、殿下とお会いすることももう出来なくなるでしょう。殿下、殿下、私は……」
瞳に涙をいっぱい溜め込み、そのまま殿下の胸に飛び込んだ。
殿下はそんな私を優しく抱きとめる。
私の髪が、白いシーツの上に海の波を描いていた。
この日のためにというより、今まで父の命令をただ真面目に聞いていたために着ることのなかったドレスを出した。
そして同時に、ひっつめてメイドキャップの中にしまっていた髪を下ろし、梳いていく。
今日はこの大きな伊達メガネも必要はない。
殿下が嫌わないぐらいの薄さで化粧を施し、前に殿下から頂いた香水をつける。
このまま夜遅く訪ねるのだから、あえて装飾品は必要ない。
鏡に映し出される自分の姿を眺めた。
切れ長で大きなオレンジ色の瞳に水色の長い髪。
髪はグラデーションのように、濃い青から水色へと変化している。
私のこの姿を知っている者は、今や父以外ほどんどいないだろう。
私は殿下の公務が終わる時間より少し遅めに、部屋を後にした。
入室許可をもらい殿下の部屋に入ると、予想した通りに殿下はお酒を飲まれていた。
そしていつもとは違う格好の私に酒を飲む手を止め、心底驚いたようにその場に立ち上がる。
「殿下、今日は貴重なお時間をいただいてしまって申し訳ございません」
「い、いや……。そんなことはいいのだが……シアラ、君は……」
「どうかされました? 殿下」
殿下は開いた口が塞がらないと言わんばかりに、ただ私を見つめていた。
それはそうだろう。
三年間ずっと一緒にいたはずの私を、やっと一人の女性として認識したのだから。
「いや、なんというかその……。ああ、そうだ話をということだったな」
「はい、殿下……」
「そこではなんだ。とにかく座りなさい」
私はその言葉を聞くと、やや悲しげな笑みを浮べながら殿下の座るソファーの隣に腰を掛けた。
本来ならば、対面に座るのが貴族令嬢としては正解だ。
しかし思惑のある私からすれば、対面ではなんの効果もないことを知っている。
だからこその隣。
いきなり隣に座られ、やや照れながらも戸惑いを隠せない殿下が少し可愛らしく思える。
「の、飲むか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、その方が話しやすかろう」
自分が飲んでいたワインをもう一つのグラスに、殿下自らが注ぐ。
こんなコトをしてもらえる人間は、この国でもそうはいないだろう。
「まぁ、殿下の手ずからなど……。申し訳ありません」
「いや、いいのだ。君には常日頃からずっと感謝している」
「そんな。私はただ職務を全うしてきただけ。それに、殿下のお側にいられるのです。こんなに幸せ……、あ、光栄なことはないでしょう」
言い間違えたふりをしつつ、私は一気に差し出されたワインを飲みほした。
そしてやや赤くなった顔で、殿下を見上げる。
「そ、そうか……。ところで話というのは……」
「父が私の婚約者を決めてきたようなのです。それで家に入り、子を産めと……」
私はグラスを置き、そのまま下を向く。
「なんと、急な」
「私は貴族令嬢としては売れ残りです。結婚適齢期もすでに迎えているのに、婚約者もおりません。父はお家のために、格下の男爵家の次男と結婚させるつもりなのです」
「急すぎるだろう、そんなこと。だいたいシアラに何の相談もなく決めることではないはずだ」
「父はあの性格です……。女である私の意見など、聞くことはないでしょう」
「馬鹿な」
まるで自分のことのように怒る殿下に、私は更に言葉を続けた。
「このままだとこの職務の任も解かれ、殿下とお会いすることももう出来なくなるでしょう。殿下、殿下、私は……」
瞳に涙をいっぱい溜め込み、そのまま殿下の胸に飛び込んだ。
殿下はそんな私を優しく抱きとめる。
私の髪が、白いシーツの上に海の波を描いていた。
36
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
その婚約破棄本当に大丈夫ですか?後で頼ってこられても知りませんよ~~~第三者から見たとある国では~~~
りりん
恋愛
近年いくつかの国で王族を含む高位貴族達による婚約破棄劇が横行していた。後にその国々は廃れ衰退していったが、婚約破棄劇は止まらない。これはとある国の現状を、第三者達からの目線で目撃された物語
くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。
音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。>
婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。
冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。
「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
※完結まで毎日更新です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。
音爽(ネソウ)
恋愛
結婚間近だった彼が使用人の娘と駆け落ちをしてしまった、私は傷心の日々を過ごしたがなんとか前を向くことに。しかし、裏切り行為から3年が経ったある日……
*体調を崩し絶不調につきリハビリ作品です。長い目でお読みいただければ幸いです。
冤罪により婚約破棄されて国外追放された王女は、隣国の王子に結婚を申し込まれました。
香取鞠里
恋愛
「マーガレット、お前は恥だ。この城から、いやこの王国から出ていけ!」
姉の吹き込んだ嘘により、婚約パーティーの日に婚約破棄と勘当、国外追放を受けたマーガレット。
「では、こうしましょう。マーガレット、きみを僕のものにしよう」
けれど、追放された先で隣国の王子に拾われて!?
「地味でブサイクな女は嫌いだ」と婚約破棄されたので、地味になるためのメイクを取りたいと思います。
水垣するめ
恋愛
ナタリー・フェネルは伯爵家のノーラン・パーカーと婚約していた。
ナタリーは十歳のある頃、ノーランから「男の僕より目立つな」と地味メイクを強制される。
それからナタリーはずっと地味に生きてきた。
全てはノーランの為だった。
しかし、ある日それは突然裏切られた。
ノーランが急に子爵家のサンドラ・ワトソンと婚約すると言い始めた。
理由は、「君のような地味で無口な面白味のない女性は僕に相応しくない」からだ。
ノーランはナタリーのことを馬鹿にし、ナタリーはそれを黙って聞いている。
しかし、ナタリーは心の中では違うことを考えていた。
(婚約破棄ってことは、もう地味メイクはしなくていいってこと!?)
そして本来のポテンシャルが発揮できるようになったナタリーは、学園の人気者になっていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる