37 / 38
034 本当の夫婦なら
しおりを挟む
「まったくどこからそんな話が漏れたんだ……」
ランドは片手で頭を押さえながら、横に振る。
確かに、こんなデリケートな話、どこからもれたのかしら。
って、今はそこは重要じゃないんだけど。
「一度戻ったら、使用人たちも精査しなければな」
「ランド様……、私も聞きたいです」
答えようとしないランドの服の裾を、私は掴む。
はしたなくたって、知りたかった。
そしてそこに、今回の答えがある気がした。
「それは……」
「愛していないからでしょう⁉」
まだこの期に及んで、口を挟むんだシルビアは。
さすがに頭に来て、大きな声を出そうとした私をランドが制止する。
「ミレイヌのことは誰よりも愛しているし、彼女以外とは結婚しないと言ったのは俺だ。それに彼女の元に早く帰りたいがために、戦争終わらすことも躍起になった」
「ではなぜ」
「それは、俺が不甲斐ないからだ」
言葉の意味が分からず、その場にいたみんなが『ん?』という顔をしていた。
どこをそどうしたら、不甲斐ないことと初夜が関係あるのかしら。
「結婚式、彼女を抱きかかえることが出来なかった」
「えっと、それとこれとはどう関係が……」
「一生に一度の結婚式で、俺はミレイヌに恥をかかせてしまったんだ。俺が不甲斐ないばかりに」
抱きかかえるって……。
ああ、確かバージンロードをランド様が私を抱きかかえて馬車まで向かうって手順だったっけ。
でもあれは私が重すぎたせいで、抱っこ出来なかっただけじゃない。
どうしたらそれと不甲斐ないってことが繋がるのかしら。
「英雄だなんだともてはやされたところで、俺は愛する人を持ち上げることさえできないようなヤツなんだ」
「いやそれって……ランド様……」
「君がどこまでも傷ついたことは知っているんだ」
くるりとランドは私に向き直る。
いや、傷ついたの……かな。
そうだったかな。
うん、そうかな。
むしろ私のせいだって、自覚したつもりだったんだけどなぁ。
「だから今度こそは君をベッドまで抱きかかえて行けるまではダメだと思ったんだ!」
「えええ」
そこ?
そこなの?
私が初夜を迎えられなかった理由って。
ある意味、全部私のせいじゃないの。
「もしかして、会う度に私を持ち上げたりするのっていうのは……」
「鍛えた成果がどれほどか、こっそり確認していたんだ」
アレはそういう意味だったのね。
なんだ……なんだ……。
「私はずっと愛されていないのかと思っておりました」
「なっ! どこをどうしたら、そうなるんだいミレイヌ」
「だってそうでしょう? 愛してるとも言ってもらえず、初夜もない。普通、そう思うではないですの」
「ああ、すまない。そんなつもりはなかったんだ」
ランドはどこまでも優しくて、その愛はそこはかとなく伝わってはいた。
でも圧倒的に私たちは夫婦として欠落していた。
きちんと思いを伝えるってことが。
「愛してるの言葉も、初夜がない理由もずっとお聞きしたかった……でも、私も怖くて聞けなかったんです。聞けずに勝手に傷ついて……ホント、ダメですね」
「ダメではない。俺が悪いんだ」
「いいえ。二人とも悪かったんです。夫婦なら、ちゃんと会話をしないと。人は言葉を交わさねば、態度だけでは思いは中々通じません」
「ああ、そうだな」
「ですから、私はもっとランド様とたくさん会話がしたいです。そして……たまにで良いので、今みたいに愛を囁いて欲しい」
もっと早くちゃんと伝えられていたら、こんなにもこじれることはなかったんだ。
私が臆病になりすぎて、ダイエットが成功したらとか、これが出来たらなんて先延ばしにしてしまった。
だからシルビアのような人に付け込まれることになってしまったのよね。
せっかく夫婦になったのだもの。
離れていた時間も長い分、私たちはちゃんと会話をすべきだったんだわ。
遠回りしすぎね。
「もちろんだ、ミレイヌ。君の愛を失いたくないからね」
ランドは私をギュッと抱きしめる。
数日ぶりのその香りに、私はどこまでもホッとした。
ずっとこのままいたいと思えるくらいに。
「ゴホン」
そんな私たちを、わざとらしく咳をしたシェナが止めた。
何よ、もう。
せっかくいい感じだったのに。
そう非難の声を上げようと、チラリと後ろを見ると、シェナはドアの向こうを指さしていた。
「あ」
たくさんの観客たちと目が合う。
そうね。すっかり忘れていたわ。
ドア、開いてたんだ……。
「ランド様は、ランド様はワタクシのものだったはずなのにぃぃぃぃぃ」
大声で泣き出すシルビアは、駆け付けた父親によって回収され、浮気という自作自演はすぐに国中の者が知ることになった。
あまりに大きくなった事態の収拾は公爵が役職を降りることと、公女が修道院へ行くということで収まった。
ただ最後まで、公女が私に謝ることはなかった。
でも私はそんなことはどうでも良かった。
だってキチンとした夫婦になるきっかけを作ってくれたのは彼女だったから。
幸を願ってあげるほど優しくはないけど、でも健やかに過ごしてくれればいいと心より思ったのは本当だ。
ランドは片手で頭を押さえながら、横に振る。
確かに、こんなデリケートな話、どこからもれたのかしら。
って、今はそこは重要じゃないんだけど。
「一度戻ったら、使用人たちも精査しなければな」
「ランド様……、私も聞きたいです」
答えようとしないランドの服の裾を、私は掴む。
はしたなくたって、知りたかった。
そしてそこに、今回の答えがある気がした。
「それは……」
「愛していないからでしょう⁉」
まだこの期に及んで、口を挟むんだシルビアは。
さすがに頭に来て、大きな声を出そうとした私をランドが制止する。
「ミレイヌのことは誰よりも愛しているし、彼女以外とは結婚しないと言ったのは俺だ。それに彼女の元に早く帰りたいがために、戦争終わらすことも躍起になった」
「ではなぜ」
「それは、俺が不甲斐ないからだ」
言葉の意味が分からず、その場にいたみんなが『ん?』という顔をしていた。
どこをそどうしたら、不甲斐ないことと初夜が関係あるのかしら。
「結婚式、彼女を抱きかかえることが出来なかった」
「えっと、それとこれとはどう関係が……」
「一生に一度の結婚式で、俺はミレイヌに恥をかかせてしまったんだ。俺が不甲斐ないばかりに」
抱きかかえるって……。
ああ、確かバージンロードをランド様が私を抱きかかえて馬車まで向かうって手順だったっけ。
でもあれは私が重すぎたせいで、抱っこ出来なかっただけじゃない。
どうしたらそれと不甲斐ないってことが繋がるのかしら。
「英雄だなんだともてはやされたところで、俺は愛する人を持ち上げることさえできないようなヤツなんだ」
「いやそれって……ランド様……」
「君がどこまでも傷ついたことは知っているんだ」
くるりとランドは私に向き直る。
いや、傷ついたの……かな。
そうだったかな。
うん、そうかな。
むしろ私のせいだって、自覚したつもりだったんだけどなぁ。
「だから今度こそは君をベッドまで抱きかかえて行けるまではダメだと思ったんだ!」
「えええ」
そこ?
そこなの?
私が初夜を迎えられなかった理由って。
ある意味、全部私のせいじゃないの。
「もしかして、会う度に私を持ち上げたりするのっていうのは……」
「鍛えた成果がどれほどか、こっそり確認していたんだ」
アレはそういう意味だったのね。
なんだ……なんだ……。
「私はずっと愛されていないのかと思っておりました」
「なっ! どこをどうしたら、そうなるんだいミレイヌ」
「だってそうでしょう? 愛してるとも言ってもらえず、初夜もない。普通、そう思うではないですの」
「ああ、すまない。そんなつもりはなかったんだ」
ランドはどこまでも優しくて、その愛はそこはかとなく伝わってはいた。
でも圧倒的に私たちは夫婦として欠落していた。
きちんと思いを伝えるってことが。
「愛してるの言葉も、初夜がない理由もずっとお聞きしたかった……でも、私も怖くて聞けなかったんです。聞けずに勝手に傷ついて……ホント、ダメですね」
「ダメではない。俺が悪いんだ」
「いいえ。二人とも悪かったんです。夫婦なら、ちゃんと会話をしないと。人は言葉を交わさねば、態度だけでは思いは中々通じません」
「ああ、そうだな」
「ですから、私はもっとランド様とたくさん会話がしたいです。そして……たまにで良いので、今みたいに愛を囁いて欲しい」
もっと早くちゃんと伝えられていたら、こんなにもこじれることはなかったんだ。
私が臆病になりすぎて、ダイエットが成功したらとか、これが出来たらなんて先延ばしにしてしまった。
だからシルビアのような人に付け込まれることになってしまったのよね。
せっかく夫婦になったのだもの。
離れていた時間も長い分、私たちはちゃんと会話をすべきだったんだわ。
遠回りしすぎね。
「もちろんだ、ミレイヌ。君の愛を失いたくないからね」
ランドは私をギュッと抱きしめる。
数日ぶりのその香りに、私はどこまでもホッとした。
ずっとこのままいたいと思えるくらいに。
「ゴホン」
そんな私たちを、わざとらしく咳をしたシェナが止めた。
何よ、もう。
せっかくいい感じだったのに。
そう非難の声を上げようと、チラリと後ろを見ると、シェナはドアの向こうを指さしていた。
「あ」
たくさんの観客たちと目が合う。
そうね。すっかり忘れていたわ。
ドア、開いてたんだ……。
「ランド様は、ランド様はワタクシのものだったはずなのにぃぃぃぃぃ」
大声で泣き出すシルビアは、駆け付けた父親によって回収され、浮気という自作自演はすぐに国中の者が知ることになった。
あまりに大きくなった事態の収拾は公爵が役職を降りることと、公女が修道院へ行くということで収まった。
ただ最後まで、公女が私に謝ることはなかった。
でも私はそんなことはどうでも良かった。
だってキチンとした夫婦になるきっかけを作ってくれたのは彼女だったから。
幸を願ってあげるほど優しくはないけど、でも健やかに過ごしてくれればいいと心より思ったのは本当だ。
78
お気に入りに追加
290
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
【完結】全力告白女子は、今日も変わらず愛を叫ぶ
たまこ
恋愛
素直で元気が取り柄のジュディスは、無口で武骨な陶芸家ダンフォースへ、毎日飽きもせず愛を叫ぶが、ダンフォースはいつだってつれない態度。それでも一緒にいてくれることを喜んでいたけれど、ある日ダンフォースが、見たことのない笑顔を見せる綺麗な女性が現れて・・・。
今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて
nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる