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第四話 従者と殿下
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時間の経過がこれほど早く思えたのは初めてでした。
王女様の歓迎パーティが今夜始める。
すでに王女様を乗せた馬車が城内に入ったとの報せを侍女たちからこっそりともらいました。
聞きたいようで聞きたくなかった。
この気持ちはなんなのでしょうね。
自分でもまだそれが分からないのです。
「まーだぼんやりなさっているのですか?」
「ああ、アレン」
部屋をノックした音すら私は気づきませんでした。
従者……彼は、リオン様が私のために配備して下さった執事。
少し経緯が特殊なのですが、リオン様が私を守るために彼を置いて下さっています。
彼は元暗殺者であり、とても有能な私の護衛なのです。
察知能力や人を見分ける能力を買われ、刑をなしにする代わりに護衛となったのでした。
「私ぼんやりしてます?」
「元からかなりぼんやりしてますが、昨日からかなーりひどいですよ。だいたい昨日の夕飯覚えてます?」
「えええ。それぐらい……なんでしたっけ」
昨日の夕飯、昨日の夕飯。
まさか覚えていないとか、そんなことあるのかしら。
老化現象で記憶がだんだんと曖昧になっていくというのは聞いたことがあるのですが、こんなに早くくるものなのですか?
「ほら、覚えてない」
「アレン、正解はなんでしたの」
「はぁ。食べてない、が正解ですよ」
「え」
食べてない。
私は自他ともに認める食いしん坊さんなのです。
それこそご飯を食べた後でも、デザートのいい匂いがしたらお腹が空いてしまうというのに。
「殿下んとこから帰って来るなり、ご飯はいらない。休みたいって言ったのはどこの誰でしたか?」
「ああ、確かに。そう言った気が気もしますね」
「ほらまた、そんな浮かない顔。原因が分かってるんだから潰してしまえばいいじゃないですか」
「つ、潰す!?」
相変わらず、元暗殺者なだけあって言っていることが過激です。
相手は隣国の王女。
そんなことをすれば外交問題になるというのに。
言うことがさらっと怖すぎますわ。
「もぅアレン。冗談でもそんなコト言ってはダメですよ。誰が聞いてるかも分からないのに」
「大丈夫ですよお嬢。ここの屋敷の人間だったら、みんな同意見ですから」
「えええ。それはもっとダメすぎます」
「そうですか~? 公爵様も若様も潰していいって言ってたんですけどねぇ」
「もーーーー。あの方たちはなにを考えているのですか」
お父様もお兄様も私に激甘なのは知っていましたが、さすがに不敬罪すぎます。
なんで私の周りはこんなにも過激なのかしら。
でも、うん……。
どこかホッとしている自分がいるのも確かです。
ああ、なんか私は嫌な子です。
「みんなお嬢のことしか考えてないですよ。あの腹黒殿下なんて、オレたちが可愛くなるほどのことを考えてるに決まってますからね」
「まぁ。殿下はそんな方では……なくもないですけど」
否定できなところがなんとも言えません。
でもそんな殿下ですら、国益を考えれば無下にも出来ないハズ。
「まーた、そうやってどうせありもしないことを考えてるんじゃないですか」
「ありもしないって。ありそうなと言って欲しいですわ」
「じゃあ一度そのありそうなコトを口に出して言ってくださいな」
「それは……。殿下が……私と婚約を破棄されて、王女様と婚約を結びなおすんじゃないかって。だって……。王女様は私よりもお綺麗だし。何よりもメリットがある。王女様と婚約をなされば、ひいては国益のために……」
「だ、そうですよ殿下」
「んんん?」
アレンは今、なんと言いましたでしょうか。
殿下、殿下って。
この国には一人しかいないですわよね。
私は恐る恐る、ドアの入り口に視線を移す。
そのドアにもたれかかるように、そこには確かにリオン様がいた。
もしかして、全部今の会話を聞かれていたんじゃあ。
ああ、絶対にあの顔は聞かれている。
私だけではなく、露骨にご機嫌ナナメな表情のリオン様。
あんなに怒った顔は初めて見るかもしれません。
って、そんな悠長なことを思っていてはダメよ。
「リオン様……、王女様の歓迎をなさっているのではなかったのですか?」
「それは夜だろう? 先ほど挨拶だけは形式で済ませてきたよ」
「ですが、ですが」
「婚約者を今日の歓迎会のために、エスコートをしに来たんだが?」
「ああ、それは嬉しいのですが」
そう言って、私はアレンに視線を移す。
リオン様が来ているのを知っていたのね。
それならそうと、言ってくれればいいのに。
目でアレンに訴えかけても、まったく素知らぬ顔をしている。
これではどっちの味方か分からないわ。
「ディアナ、まだ時間もあることだしたーっぷり話し合おうか」
その目がまったく笑っていません。
しかもいい予感もしないですし。
ご遠慮願いたいのですが。
「リ、リオン様。女には支度に時間がかかるものなのですよ」
「もちろん分かっているよ。でもこのまま夜会に参加したら、大変なことになりそうだからね。その点だけはしっかり話し合わないと」
「あ、あの。その」
「お嬢、諦めた方が早いと思いますよ」
「裏切者ぉぉぉぉぉぉ」
私の叫び声など誰も気にすることなく、楽しい楽しい……お茶会が始まりました。
王女様の歓迎パーティが今夜始める。
すでに王女様を乗せた馬車が城内に入ったとの報せを侍女たちからこっそりともらいました。
聞きたいようで聞きたくなかった。
この気持ちはなんなのでしょうね。
自分でもまだそれが分からないのです。
「まーだぼんやりなさっているのですか?」
「ああ、アレン」
部屋をノックした音すら私は気づきませんでした。
従者……彼は、リオン様が私のために配備して下さった執事。
少し経緯が特殊なのですが、リオン様が私を守るために彼を置いて下さっています。
彼は元暗殺者であり、とても有能な私の護衛なのです。
察知能力や人を見分ける能力を買われ、刑をなしにする代わりに護衛となったのでした。
「私ぼんやりしてます?」
「元からかなりぼんやりしてますが、昨日からかなーりひどいですよ。だいたい昨日の夕飯覚えてます?」
「えええ。それぐらい……なんでしたっけ」
昨日の夕飯、昨日の夕飯。
まさか覚えていないとか、そんなことあるのかしら。
老化現象で記憶がだんだんと曖昧になっていくというのは聞いたことがあるのですが、こんなに早くくるものなのですか?
「ほら、覚えてない」
「アレン、正解はなんでしたの」
「はぁ。食べてない、が正解ですよ」
「え」
食べてない。
私は自他ともに認める食いしん坊さんなのです。
それこそご飯を食べた後でも、デザートのいい匂いがしたらお腹が空いてしまうというのに。
「殿下んとこから帰って来るなり、ご飯はいらない。休みたいって言ったのはどこの誰でしたか?」
「ああ、確かに。そう言った気が気もしますね」
「ほらまた、そんな浮かない顔。原因が分かってるんだから潰してしまえばいいじゃないですか」
「つ、潰す!?」
相変わらず、元暗殺者なだけあって言っていることが過激です。
相手は隣国の王女。
そんなことをすれば外交問題になるというのに。
言うことがさらっと怖すぎますわ。
「もぅアレン。冗談でもそんなコト言ってはダメですよ。誰が聞いてるかも分からないのに」
「大丈夫ですよお嬢。ここの屋敷の人間だったら、みんな同意見ですから」
「えええ。それはもっとダメすぎます」
「そうですか~? 公爵様も若様も潰していいって言ってたんですけどねぇ」
「もーーーー。あの方たちはなにを考えているのですか」
お父様もお兄様も私に激甘なのは知っていましたが、さすがに不敬罪すぎます。
なんで私の周りはこんなにも過激なのかしら。
でも、うん……。
どこかホッとしている自分がいるのも確かです。
ああ、なんか私は嫌な子です。
「みんなお嬢のことしか考えてないですよ。あの腹黒殿下なんて、オレたちが可愛くなるほどのことを考えてるに決まってますからね」
「まぁ。殿下はそんな方では……なくもないですけど」
否定できなところがなんとも言えません。
でもそんな殿下ですら、国益を考えれば無下にも出来ないハズ。
「まーた、そうやってどうせありもしないことを考えてるんじゃないですか」
「ありもしないって。ありそうなと言って欲しいですわ」
「じゃあ一度そのありそうなコトを口に出して言ってくださいな」
「それは……。殿下が……私と婚約を破棄されて、王女様と婚約を結びなおすんじゃないかって。だって……。王女様は私よりもお綺麗だし。何よりもメリットがある。王女様と婚約をなされば、ひいては国益のために……」
「だ、そうですよ殿下」
「んんん?」
アレンは今、なんと言いましたでしょうか。
殿下、殿下って。
この国には一人しかいないですわよね。
私は恐る恐る、ドアの入り口に視線を移す。
そのドアにもたれかかるように、そこには確かにリオン様がいた。
もしかして、全部今の会話を聞かれていたんじゃあ。
ああ、絶対にあの顔は聞かれている。
私だけではなく、露骨にご機嫌ナナメな表情のリオン様。
あんなに怒った顔は初めて見るかもしれません。
って、そんな悠長なことを思っていてはダメよ。
「リオン様……、王女様の歓迎をなさっているのではなかったのですか?」
「それは夜だろう? 先ほど挨拶だけは形式で済ませてきたよ」
「ですが、ですが」
「婚約者を今日の歓迎会のために、エスコートをしに来たんだが?」
「ああ、それは嬉しいのですが」
そう言って、私はアレンに視線を移す。
リオン様が来ているのを知っていたのね。
それならそうと、言ってくれればいいのに。
目でアレンに訴えかけても、まったく素知らぬ顔をしている。
これではどっちの味方か分からないわ。
「ディアナ、まだ時間もあることだしたーっぷり話し合おうか」
その目がまったく笑っていません。
しかもいい予感もしないですし。
ご遠慮願いたいのですが。
「リ、リオン様。女には支度に時間がかかるものなのですよ」
「もちろん分かっているよ。でもこのまま夜会に参加したら、大変なことになりそうだからね。その点だけはしっかり話し合わないと」
「あ、あの。その」
「お嬢、諦めた方が早いと思いますよ」
「裏切者ぉぉぉぉぉぉ」
私の叫び声など誰も気にすることなく、楽しい楽しい……お茶会が始まりました。
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