上 下
5 / 5

第四話 従者と殿下

しおりを挟む
 時間の経過がこれほど早く思えたのは初めてでした。

 王女様の歓迎パーティが今夜始める。

 すでに王女様を乗せた馬車が城内に入ったとの報せを侍女たちからこっそりともらいました。

 聞きたいようで聞きたくなかった。

 この気持ちはなんなのでしょうね。

 自分でもまだそれが分からないのです。


「まーだぼんやりなさっているのですか?」

「ああ、アレン」


 部屋をノックした音すら私は気づきませんでした。

 従者……彼は、リオン様が私のために配備して下さった執事。

 少し経緯が特殊なのですが、リオン様が私を守るために彼を置いて下さっています。

 彼は元暗殺者であり、とても有能な私の護衛なのです。

 察知能力や人を見分ける能力を買われ、刑をなしにする代わりに護衛となったのでした。

 
「私ぼんやりしてます?」

「元からかなりぼんやりしてますが、昨日からかなーりひどいですよ。だいたい昨日の夕飯覚えてます?」

「えええ。それぐらい……なんでしたっけ」


 昨日の夕飯、昨日の夕飯。

 まさか覚えていないとか、そんなことあるのかしら。

 老化現象で記憶がだんだんと曖昧になっていくというのは聞いたことがあるのですが、こんなに早くくるものなのですか?


「ほら、覚えてない」

「アレン、正解はなんでしたの」

「はぁ。食べてない、が正解ですよ」

「え」


 食べてない。

 私は自他ともに認める食いしん坊さんなのです。

 それこそご飯を食べた後でも、デザートのいい匂いがしたらお腹が空いてしまうというのに。


「殿下んとこから帰って来るなり、ご飯はいらない。休みたいって言ったのはどこの誰でしたか?」

「ああ、確かに。そう言った気が気もしますね」

「ほらまた、そんな浮かない顔。原因が分かってるんだから潰してしまえばいいじゃないですか」

「つ、潰す!?」


 相変わらず、元暗殺者なだけあって言っていることが過激です。

 相手は隣国の王女。

 そんなことをすれば外交問題になるというのに。

 言うことがさらっと怖すぎますわ。


「もぅアレン。冗談でもそんなコト言ってはダメですよ。誰が聞いてるかも分からないのに」

「大丈夫ですよお嬢。ここの屋敷の人間だったら、みんな同意見ですから」

「えええ。それはもっとダメすぎます」

「そうですか~? 公爵様も若様も潰していいって言ってたんですけどねぇ」

「もーーーー。あの方たちはなにを考えているのですか」


 お父様もお兄様も私に激甘なのは知っていましたが、さすがに不敬罪すぎます。

 なんで私の周りはこんなにも過激なのかしら。

 でも、うん……。

 どこかホッとしている自分がいるのも確かです。

 ああ、なんか私は嫌な子です。


「みんなお嬢のことしか考えてないですよ。あの腹黒殿下なんて、オレたちが可愛くなるほどのことを考えてるに決まってますからね」

「まぁ。殿下はそんな方では……なくもないですけど」


 否定できなところがなんとも言えません。

 でもそんな殿下ですら、国益を考えれば無下にも出来ないハズ。


「まーた、そうやってどうせありもしないことを考えてるんじゃないですか」

「ありもしないって。ありそうなと言って欲しいですわ」

「じゃあ一度そのありそうなコトを口に出して言ってくださいな」

「それは……。殿下が……私と婚約を破棄されて、王女様と婚約を結びなおすんじゃないかって。だって……。王女様は私よりもお綺麗だし。何よりもメリットがある。王女様と婚約をなされば、ひいては国益のために……」

「だ、そうですよ殿下」

「んんん?」


 アレンは今、なんと言いましたでしょうか。

 殿下、殿下って。

 この国には一人しかいないですわよね。

 私は恐る恐る、ドアの入り口に視線を移す。

 そのドアにもたれかかるように、そこには確かにリオン様がいた。

 もしかして、全部今の会話を聞かれていたんじゃあ。

 ああ、絶対にあの顔は聞かれている。

 私だけではなく、露骨にご機嫌ナナメな表情のリオン様。

 あんなに怒った顔は初めて見るかもしれません。

 って、そんな悠長なことを思っていてはダメよ。


「リオン様……、王女様の歓迎をなさっているのではなかったのですか?」

「それは夜だろう? 先ほど挨拶だけは形式で済ませてきたよ」

「ですが、ですが」

「婚約者を今日の歓迎会のために、エスコートをしに来たんだが?」

「ああ、それは嬉しいのですが」


 そう言って、私はアレンに視線を移す。

 リオン様が来ているのを知っていたのね。

 それならそうと、言ってくれればいいのに。

 目でアレンに訴えかけても、まったく素知らぬ顔をしている。

 これではどっちの味方か分からないわ。


「ディアナ、まだ時間もあることだしたーっぷり話し合おうか」


 その目がまったく笑っていません。

 しかもいい予感もしないですし。

 ご遠慮願いたいのですが。


「リ、リオン様。女には支度に時間がかかるものなのですよ」

「もちろん分かっているよ。でもこのまま夜会に参加したら、大変なことになりそうだからね。その点だけはしっかり話し合わないと」

「あ、あの。その」

「お嬢、諦めた方が早いと思いますよ」

「裏切者ぉぉぉぉぉぉ」


 私の叫び声など誰も気にすることなく、楽しい楽しい……お茶会が始まりました。
 
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

芹香
2023.02.05 芹香

え~?!面白いのに、途中で止まってるんでしょうか??

先が知りたいです~~!
更新プリーズぅぅ~~~!!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
2023.02.05 美杉。節約令嬢、書籍化進行中

芹香さま

この度はお読みいただきありがとうございました。
また過分なるご感想ありがとうございます。

今はエタって更新止まってしまっておりますが、必ず更新させていただきますので、お待ちいただければ幸いです。

解除

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の涙。

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
  父と母が事故で亡くなり、叔父たちの元で慎ましく生きてきたティア。しかし、学園の夏休みに一日早く帰宅すると、父たちの死が叔父たちによって計画されたものだと知った。  そして今度は自分が公爵であるカイルの元へ嫁いだあと、今度はカイルを殺害するという計画を知ってしまう。  大好きなカイルを守るために、悪役令嬢になることで円満に婚約破棄をしてもらおうと決意するティア。  泣きたくなる気持ちを押さえ、断罪シーンへと向かった。

【完結】婚約破棄されたらループするので、こちらから破棄させていただきます!~薄幸令嬢はイケメン(ストーカー)魔術師に捕まりました~

雨宮羽那
恋愛
 公爵令嬢フェリシア・ウィングフィールドは、義妹に婚約者を奪われ婚約破棄を告げられる。  そうしてその瞬間、ループしてしまうのだ。1年前の、婚約が決まった瞬間へと。  初めは婚約者のことが好きだったし、義妹に奪われたことが悲しかった。  だからこそ、やり直す機会を与えられて喜びもした。  しかし、婚約者に前以上にアプローチするも上手くいかず。2人が仲良くなるのを徹底的に邪魔してみても意味がなく。いっそ義妹と仲良くなろうとしてもダメ。義妹と距離をとってもダメ。  ループを4回ほど繰り返したフェリシアは思った。  ――もういいや、と。  5回目のやり直しでフェリシアは、「その婚約、破棄させていただきますね」と告げて、屋敷を飛び出した。  ……のはいいものの、速攻賊に襲われる。そんなフェリシアを助けてくれたのは、銀の長髪が美しい魔術師・ユーリーだった。  ――あれ、私どこかでこの魔術師と会ったことある?  これは、見覚えがあるけど思い出せない魔術師・ユーリーと、幸薄め公爵令嬢フェリシアのラブストーリー。 ※「小説家になろう」様にも掲載しております。 ※別名義の作品のストーリーを大幅に改変したものになります。 ※表紙はAIイラストです。(5/23追加しました)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

無人販売令嬢 スイーツ販売で幸せしかない

桜井正宗
恋愛
 田舎令嬢キリエは、一応貴族でありながらビジネスがしたかった。なにか面白いことはないかと思案する毎日。そんな気持ちに寄ったせいか、婚約者から婚約破棄された。  少しショックを受けたけど、キリエは無人販売をはじめた。  これが物凄く受けて帝国中の話題に。  美味しいと絶賛の甘々のスイーツは毎日、飛ぶように売れ大儲け。  それを聞きつけた国中の貴族がキリエに接近。  ついには皇帝からも目をつけられ、人生が大きく変わる。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

もうすぐ、お別れの時間です

夕立悠理
恋愛
──期限つきの恋だった。そんなの、わかってた、はずだったのに。  親友の代わりに、王太子の婚約者となった、レオーネ。けれど、親友の病は治り、婚約は解消される。その翌日、なぜか目覚めると、王太子が親友を見初めるパーティーの日まで、時間が巻き戻っていた。けれど、そのパーティーで、親友ではなくレオーネが見初められ──。王太子のことを信じたいけれど、信じられない。そんな想いにゆれるレオーネにずっと幼なじみだと思っていたアルロが告白し──!?

君を自由にしたくて婚約破棄したのに

佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」  幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。  でもそれは一瞬のことだった。 「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」  なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。  その顔はいつもの淡々としたものだった。  だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。  彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。 ============ 注意)ほぼコメディです。 軽い気持ちで読んでいただければと思います。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。