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第三話 自称ぽんこつ令嬢の実力

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 扉を勢いよく開けると、ちょうど王様が先ほどと同じクッキーを口にされる瞬間でした。

 匂いも全く同じそれは、傍目からは毒入りだということは分かりません。

 そして毒見役も気づかれなかったということは新種の遅延性の毒か、毒見役自体がこの件に関与しているかです。


「国王様」


 私は行儀など構うことなく、王様の腕に抱きつくように飛び込む。

 呆気に取られながらも、国王様は私を受け止め、代わりに持っていたクッキーを落としました。

 そしてリオン様が紅茶を手にしていた王妃様のカップを叩き落とす。

 パリンという大きな音が部屋に響き渡り、何が起きたのかと兵たちも部屋に入って来ました。


「これはどういうことだ、リオン」

「毒ですよ、父上。先ほどこれと同じものが僕たちの部屋に運ばれてきて、ディアナがすぐに毒だと気付いたのです。もし、父上たちにも同じものが振る舞われているといけないと思い、急ぎ参った次第です」

「無作法、申し訳ござません、国王陛下」


 国王様を見上げると、ややお顔が赤くなっております。

 もしかして、もう口にされてしまった後だったのでしょうか。


「あの……」


 大丈夫でしょうかと言いかけた時、後ろから抱え込むように国王様から引き離されました。

 振り返ると、眉間にやや皺を寄せたリオン様の顔があります。

 そうですね、いつまでも国王様に寄りかかるなど、失礼でしたね。


「すみません、リオン様」

「いや、いい」


 その声はやはりどこか不機嫌です。


「そなたのお陰か。全く、その能力は大したものだな」


 国王様は感心そうにそう言いましたが、別に大した能力ではないのです。

 ただ他の人より、鼻がよく利くのです。

 だからといって、これは褒められた力ではありません。

 令嬢が犬と変わらない嗅覚の持ち主など、何の意味があるというのでしょう。

 どうせなら、もっと他の能力なら良かったのにといつも思います。

 鼻がいいというのも困ったものなのです。

 その人がそれまで誰と会っていたのかすら、分かってしまうから。

 まだ幼かった頃、国王様が側妃様とお会いになっていたことを口に出してしまい、大目玉を食らったこともあります。

 それ以来、王妃様には可愛がられましたが、国王様には思ったことを口に出さないようにと口酸っぱく言われたものです。


「いえ、少しでも陛下のお役に立てたのでしたら幸せです」

「そんなに畏まらなくてもいいのよ、ディアナちゃん。貴女のおかげで、わたしも命拾いしたんですから」


 王妃様が私の肩をぽんっと叩きながら、ふわりと笑いました。

 そう、この毒は新種だったとしても毒に慣らされているリオン様と国王様はまず効かなかったでしょう。

 そうなると、さも何ともないというように微笑んでいる王妃様か私。

 もしくは側妃様の誰か、または全員がターゲットだったのかもしれません。

 考えただけでもぞっとします。


「ディアナ、大丈夫かい? 顔が青いよ」

「ええ、大丈夫です。ただこれをどれだけの人が口にしたのかと想像したら……」

「すぐに城の者を集めるんだ」


 国王様の招集により、謁見の間には城にいたほとんどの人間が集められた。

 ほどんどというのは、毒味役の数名とコック、そしてお下がりとしてそれを食べた侍女数名が意識のない状態で別室に運び込まれたからだ。


「これはどういうことなのだ」


 毒を口にした人間があまりに多すぎる。

 誰か特定の人間をというより、これでは無差別に近い。

 今までの権力争いでさえ、その相手のお茶などに毒を入れられることはあっても皆が口にするものにまで入れるなんて。


「先ほどリオン殿下の命によって捕らえた侍女も同じ毒を口にしたようです」


 捜査の指揮に当たっている騎士団長の報告は最悪なものです。

 彼女が今一番、あの毒に近い人物だったというのに、これでは糸口が……。


「陛下……、わたくしも死ぬのでしょうか?」

「側妃様?」


 国王様の左下の椅子に腰かけていた側妃様が、真っ青な顔でカタカタ震えていた。

 側妃様が息をするたびに、あの毒と同じ匂いが漂ってくる。

 ああ、これはいけない。


「側妃様、あの毒をお召しになられたのですか!」


 私の問いに、震えて言葉にならぬまま涙を流す。


「教えて下さい。あの侍女は……。リオン様の元へお菓子を持って行った侍女は、側妃様の侍女ですよね。側妃様と同じ香の匂いが、彼女の髪からしました」

「……そうよ。わたくしの侍女よ。前任者が国に帰るということで、国から新しく送られたばかりの侍女だったの。とても賢い子で、この国でのわたしの息子の立場を嘆いて力になってくれるって言ったのよ。でも、でもこんなことになるなんて」

「そなた、なんということを」


 この側妃様は隣国の王女です。

 国王様と王妃様の間に子が出来ず、一年が経過した頃、側妃にと望まれこの国へ来ました。

 しかし、側妃様がお見えになったのと同時期に王妃様がご懐妊。

 自分こそは国母になると意気込んできたのに、現実は自分の息子は王位継承権第二位。

 嫉妬と、怒りといろんな感情がどちらの側妃様にもある。

 だからこそリオン様は、生涯側妃を持たないと公言しているのです。


「王、今は追及も言及も後です。すぐに使用された毒を探し当て、解毒剤を作ることが先決のはずです」

「正妃様……」

「あなたもその毒を口にしたのならば、あなたが加害者であるわけはありません」

「正妃様、わたくしは…わたくしは……。申し訳…もうし……わけ、あ……りません」


 側妃様は顔を覆いながら、深々と王妃様へ頭を下げました。

 たぶん、これまでのことも全て……。

 そんな気がしました。


「ディアナ、宮廷医と薬師とで毒の選別を頼めるかい?」

「すまぬが、頼めるか」

「はい、もちろんですわ。国王陛下、リオン殿下」

「では、ディアナ様こちらへ」


 遅延性の毒で、まだ死者が出ていないのならば間に合うかもしれません。

 いえ、絶対に間に合わせます。

 私は急ぎ二人に続き謁見の間を出ました。

 毒は側妃様の国で使われている強い睡眠効果のあるお薬と、体の臓器を損傷させるという毒が混合されたものでした。

 側妃様が自分の国ということを告白して下さらなければ、きっと間に合わなかったことでしょう。



     ◇     ◇     ◇



 すっかり日も暮れた頃、やっと全員に薬師の作った解毒剤を飲ませることが出来ました。

 数日は寝たり起きたりを繰り返し、傷ついた臓器はすぐには良くならないだろうということです。

 しかし宮廷医は危機的状況は脱したと言っていたのでひとまずは安心です。


「ディアナ、今日は本当にお疲れ様。みんながさすが僕の婚約者だと、口々に言っていたよ」

「こ、今回はたまたまお役に立てただけです」

「ディアナはもっと自信持った方がいいよ。君には君にしかない力があるのだから」

「しかし……」


 日が暮れて、帰るわけにもいかなくなった私はリオン様の隣のお部屋を使うように通されました。

 そこまではまだ良かったのです。

 リオン様が私が寝付くまで心配だからと、今私の部屋へやってきて私と一緒にベッドの縁に腰かけるまでは。


「父上も、今回のことで年内に結婚の日取りを決めるように大臣たちに通達を出していたからね。ああ、長かった。やっとだね、ディアナ」

「ね、年内……。こんなにぽんこつなのに」


 今年はあと何か月残っていたでしょうか。

 及第点しか取れないぽんこつが、そんな短い時間でどうにかなるとでも思っているのでしょうか。


「ん-とね。なんでも及第点としか取れないということは、全てにおいてちゃんと出来てるってことなのに。ああ、本当は今日だって、僕の部屋で寝て欲しかったんだけどな」

「い、いえ、それはさすがに」


 緊張して寝れません。リオン様の匂いのするベッドなんて。


「そうだね。それはこの先の楽しみに取っておこうね。気づいてた? ディアナ。僕の部屋が君の瞳の色と同じだって」

「な、なななん、瞳? 私の色……」


 薄いブルーでしたね、部屋も私の瞳も。

 まさか、そんな風に色を決められていたなんて知りませんでした。

 落ち着くのは、同じ色だったからなんですね。


「僕の好きな色だよ」


 そう言って、私に手を伸ばしたリオン様は、そのまま瞼にキスをした。


「!」

「今日はここまでね、ディアナ。じゃ、また明日」


 何事もなかったような涼しい顔で、リオン様が部屋を出て行く。

 私はそのままベッドに倒れ込んだ。いろんなことがありすぎて、グルグルと回っていた思考が一瞬で固まる。


「……今ならこのまま記憶を失くせそう……。うん、失くしたい」



 恥ずかしすぎて、それなのに嬉しいと思う自分がいて、33回目の記憶喪失になれそうな気がしました。

 もうこれは、寝たら記憶を失くすんだ。

 そう心に決めたのです。
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