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第四章

第五十九話 胸を占める想い

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 バツの悪そうに、グレンは打たれた頬を撫でる。

 そして打った方のチェリーは、下を向きながらぼとぼとと大粒の涙を流していた。

 よほど悔しかったのか、涙を拭うこともなく、床にこぼれ落ちていく。


「まったく、こんなとこで何してるの? 痴話喧嘩ならよそでやってちょうだい」

「ずいぶんな言い様だね、アイリス」

「だってそうでしょ、グレン。私にはあなたたちが仲違いをしようが何をしようがまったく関係ないもの」


 そう関係ない。

 私にとって二人は自分を断罪した元婚約者と、それを奪い盗った妹にしかすぎない。

 なんでそんな二人の仲を私が取り持たなければいけないのよ。

 馬鹿じゃないの。

 心の底からそう言いたい。

 だいたい、こんなやりとりすら、本当は見たくもない。

 でも、こんな風に泣くこの子を初めて見た気がする。

 私にとっては、涙は当たり前のようなものだった。

 今、どんな気持ち?

 さすがにそう聞くほど、私も性格は悪くないつもりだ。

 そう関係ない。と、もう一度自分に言い聞かせる。

 なのに、ため息とともに言葉があふれ出す。


「前から思っていたけど、自分と似ているからって、自分と同じではないのよ。あくまで自分以外は全て他人」

「それは……」

「分かってないでしょ。自分ならココまでなら大丈夫。自分はコレでは傷つかない。だとしても、それが他人に当てはまるわけではないんだから」


 どこまでいったって、言い方は悪いけど自分は自分。

 他人とは違う生き物だと私は思っている。

 だからこそ、最低限として自分がやられて嫌なことは人にはしない。

 前の人生で私が学んだことだ。

 でもそれ以上に、自分と他人との境界線はしっかりさせないと。

 グレンにも唯奈にも、これはずっと私が二人に言いたかっこと。

 私が傷ついたフリをしていなくたって、傷つかないわけじゃないんだから。

 自分中心に物事を考えないでよ。


「他人の気持ちを思いやれない以上、最低と言われても仕方ないわね。でもだからと言って、私にとってはどっちもどっちよ」


 グレンもチェリーも、私にとってはどちらが味方でどちらが敵というわけではない。

 今までしてきたことを考えれば、どっちもどっちよ。

 
「それよりも、私はこの状況をキース様にも説明していただきたいのですが」


 先ほどの王妃の態度。

 そして聞いていた話と全く異なる点。

 少なくとも、父から聞いた話では国王と王妃は二人とも退位した後、療養をするという話だったはず。

 でも先ほどの態度を見ていると、王妃は自分の退位に納得などしていない。

 それどころか、このまま居座る気満々だったし。

 キースへの接し方を見ていると、居座る以上のことを考えていそうなのは私だけではないはず。

 
「王妃のこと、だね」

「他に何かあるとお思いですか?」

「いや、うん。まぁ、そうだね」

 
 キースは何とも歯切れの悪い言葉を返した。

 その曖昧な態度が、私の胸をもやもやさせる。

 言いたいことはあるのに、上手く言葉が出てこない。

 イライラとは少し違うなにか。

 ただはっきりと分かるのは、なんか嫌だという思いだけだった。
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