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第三章

第四十八話 交わる記憶と思い

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「くまさん! くまさん! くまさん! くまさん!」

「いけません、お嬢様! 川は危険です」


 川へと手を伸ばす私を引き留めようと、ルカが後ろから抱き着いた。

 またあの中に、くまさんが。

 私のせいだ。私が助けたいと望んだから。


「だって!! だって……いやよ。いやだ。また失うなんて」

「また? お嬢様、でもだめです。お嬢様まで失うわけにはいきません」


 ルカの手はしっかりと腰を抱きかかえ、そのまま私を欄干の上から引きずり下ろした。


「ルカ、どうしたらいいの。どうしたら」

「まずは落ち着いてください、お嬢様。とにかく今は……」

「アイリス! 無事か!!」


 馬の嘶きと、足音がしたあと、ふわりと私の体は抱きかかえられる。

 
「キースさま?」


 不安そうなキースの顔が、視界いっぱいに飛び込む。

 どうしてここにキースが?

 でもそれよりも、キースの顔を見てどこかほっとしている自分がいる。


「なにがあったんだ」

「くまさんが」


 私は濁流を指さす。

 キースは泣きながらたどたどしく話す私の説明を、頷きながら真剣な顔で聞いている。


「くまさんが、川に……私のくまさん、あの子が投げて……味方だったのに、たった一人の味方だったのに」

「くまを誰が投げたんだい? あの子、唯奈が、唯奈が投げたの」

「唯奈? 唯奈っていうのは」

「妹……私の双子の妹」

「アイリス、君は……」


 温かな手が、私の頬に触れる。

 キースは何を言おうとしたのか。
 
 私は何の話をしているのか。

 ぐちゃぐちゃになった思考はまとまりをもたない。


「ごっ主人サマーーーーー!! 見つけたリンよ」


 もう一度私が口を開こうとした時、濁流の中からリンが姿を現す。

 まるでしゃぼんの泡のような膜につつまれたリンと幼い男の子。


「くま、さん? くまさん!」


 私は立ち上がると、そのままの勢いでリンに駆け寄った。


「ど、どうしたリンか。ご主人サマ」

「くまさんが、川に落ちて……」

「ああ……大丈夫リン。ちゃんと見てご主人サマ。僕はご主人サマの精霊になったリンょ」

「くまさん……リン……」

「そうリン。落ち着くリン。僕もこの子も大丈夫リン」

「よかった、本当に良かった。私、私……」


 二人の無事を確認すると、そこまで張っていた緊張の糸がプツリと切れた気がした。

 救出への歓声と拍手。

 それをどこか遠くで聞いていた。

 また本当に失ってしまうかと思った。

 私だけの味方。

 本当は分かってる。

 もうくまさん……リンだけが自分の味方じゃなくて、いろんな人が私のことを気遣ってくれていることも。

 でもまだそれを本当に全部素直に受け取れない弱い自分が、確かにそこにはいた。
 
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